過去の私から未来の君へ

@soranisiyuito

過去の私から未来の君へ

ーー後悔。

あの時、こうしていれば良かったのに。

選択を間違えた自分が嫌いだ。憎い。

消えてしまいたい。

全部、自分のせいだ。

本当だったら、あの子は今、私と一緒に笑っていたかもしれない。

冷たい風が、頬を撫でる。

私は、今、マンションの屋上に立っている。

転落防止の安全柵を乗り越え、下の景色が見渡せる場所まで来る。

私、真澄ますみは、これから死ぬ。

自分には"生きている価値"などないから。

あの子がいないと、意味がないのだ。







三ヶ月前のこと。

私は、友達だったそうと喧嘩をした。

颯は中学からの幼馴染で、よく家に遊びに来るような仲なのだが、今回の喧嘩は、本当に大した理由じゃなかった。

私の部屋に隠しておいたお菓子がなくなっていたことで、私は颯を犯人だと決めつけてしまったのだ。

それで怒った颯は、家を出て行ってしまった。


そして、そのすぐ後のことだった。町中に響き渡るように、凄まじい音が鳴ったのは。

「誰かが轢かれたみたいだぞ!」

「交通事故だ!救急車を呼べ!」

外で騒ぐ人の声が聞こえ、私も気になって様子を見に、外へ出た。

なんとなく、嫌な予感はしていた。

運の悪い宝くじを引くように、その予感は当たってしまったのだ。

車に轢かれたその人の顔には、見覚えがあった。

さっき怒ったまま家を飛び出した、颯だった。



そこからはよく覚えていない。

血まみれになって転がっている颯を眺めて唖然とする私を、誰かが支えてくれていたような気もする。

どちらにせよ、颯はもうこの世界にいないということを悟った私は、それから、全くと言っていいほど部屋から出なくなってしまった。


カウンセラーの先生は私に、あなたは悪くないよ、と言った。私は先生の話に一切耳を貸さなかった。だってあの時、颯を犯人だと決め付けなければ、事故は起こらなくて、颯は生きていたはずなのだから。





颯の部屋から見付かったノートによると、颯は私のことが好きだったらしい。私も颯のことが大好きだった。そう、私と颯はお互いに想い合っていた。でもなかなか勇気を出せず、結局付き合うことはなかったのだが。

中学生の時に、同じクラスで席が隣同士だった私達は、趣味が同じであることに気が付き、色々話しているうちに、次第にお互いのことを意識するようになっていた。

趣味と言うのが、ミステリー小説だった。

私達は、お互いに好きな本を紹介し合った。

巧妙なトリック、意外な犯人。どの本も面白かった。颯は、アガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」が好きなんだと言った。とても有名な小説で、私も読んだことがある。

しかし、いつからか颯は本を読むのをやめた。



ちょうどそのくらいの時期だったか。私は小学校からの続きで、中学校でもいじめられていた。でも私は、颯に会うためだけに学校へ頑張って通い続けた。しかし、私と仲が良かった颯にまで、クラスの人達はちょっかいを出すようになった。それから少しして、颯は学校を休みがちになった。私も学校へ行く理由がなくなり、不登校となってしまった。


私が学校に行かなかった間、当時いじめの主犯格だった男子が死んだ。飛び降り自殺だった。古びたマンションだったため、防犯カメラはなかったが、屋上には靴と手紙が添えられていたことから、警察は自殺として捜査を進めた。手紙には、私が学校に来なかったことで、いじめについて言及され、自分もクラスからいじめの標的になってしまった、と書いてあったという。私をいじめてきたくせに、図々しいというか、なんとも自分勝手だな、と思った。




そして私も今、屋上にいる。彼はこんな気分だったのだろうか。

颯がいない中、私はよく三ヶ月も耐えたと思う。

勇気を出して前へ一歩踏み出す。

もう後戻りは出来ない。

覚悟を決めて、私は空へ身体を投げ出した。



その時だった。

「「本当にそれでいいのですか?」」

誰もいないはずの屋上でそんな声が聞こえた気がした。え?と思って振り返ろうにも、もう遅い。

私の身体は既に宙を舞っていた。心の内側にしまったはずの、死ぬことへの恐怖によって、私の意識はだんだん消えていった。

仕方ないな、どこか遠くの方でそう聞こえた気がした。





目を覚ますと、私は、自分の部屋の布団で横になっていた。夢だったのか。でも、あれは確かに現実だった。自殺に失敗したのかもしれない。

「私が助けました」

どこからともなく声がした。誰!?私は周りを見渡した。

ここです、と、目の前から声がした。

「なんで助けたの」

私はソイツを睨んだ。生きている方が辛いのに、軽々しく"助けた"なんて言わないでほしい。背が高く、キッチリとしたスーツを着た若い男性だった。

「あなたは後悔しているのでしょう?」

「だからなに」

「私はあなたを助けたいのです」

この人は何を言っているのか。

「申し遅れました。真澄さんを担当することになりました、志木です」

そう言うと、彼は名刺を胸ポケットから取り出し、渡してきた。

時間救出隊タイムレスキューチーム?」

「えぇ。人間の皆様が自殺する理由の大半は、過去の出来事が原因なのです。我々は皆様に過去を変える権利を与え、今を満足に生きて頂く、というお仕事をしております」

はぁ。過去を変える?この人は何を言っているの?

「もちろん、無料ただでというわけにはいきません。過去を一回変える毎に、真澄さんの寿命から一年分を頂戴します」

この人が言っていることに理解が追い付かないが、死んだはずの身、迷う理由がなかった。

「やらせていただきます。颯を助けたいんです!」

「そうですか。ではこちらの契約書にサインをお願いします」

彼は分厚い契約書を机の上にボンと置いた。私は力いっぱい自分の名前を書いた。絶対に颯を生き返らせる。そう強く願った。




「こちらの時計を押して頂くと、好きな時間に戻れます。しかし、過去での滞在可能時間は三十分です。詳しい説明書はこちらにありますので、どうぞ」

てっぺんに大きなボタンの付いた、時針が曲がったヘンテコな時計を渡された。

私はボタンを押した。行こう。最後に颯と会った、あの日、あの時間へ。






「いやー、暑いねぇ」

道ですれ違う人の話し声が聞こえる。夏。セミがミーンミンミンミンとうるさい。スマホには7月28日と書いてあった。この日だ。颯が交通事故にあったのは。


ここは事故の起こった場所。もうすぐ颯がやって来るはずだ。颯を追いかけた形にするため、私の家の近くで待ち伏せをした。


「なんなんだ、真澄のやつ。僕じゃないって言ってるのに!」

私と喧嘩して怒った颯が、家から出てきた。私は颯を久しぶりに見たことで、泣きそうになって身体が動かない。

だめっ。動いて。早くしないと颯が⋯。

何とか気持ちを持ち直して、颯に駆け寄った。

「颯!ごめん、私の勘違いだったみたい。お兄ちゃんがこっそり私のお菓子を食べてたの」

「真澄。なんで泣いてるの」

「え?」

私は自分が泣いていることにさえも気付かなかった。颯が今ここにいる。それがどれだけ嬉しいことか。

「ゔぇーん。良かったよぉぉ。颯。颯!」

私は泣き崩れた。汚れるのなんて気にせず、膝を地面に着け、颯に抱き着く。

「どうしたのさ、真澄。僕こそあんなことで怒っちゃってごめんね」

颯は私の頭を優しく撫でる。

「うん!」

私は、泣きじゃくった声でそう答えた。


ドーーーン!!!

二人だけの時間を壊すように、大きな音が鳴った。

車が車道を外れて歩道に突っ込んだのだ。原因は飲酒運転。私は目の前にいる颯の存在を何度も確かめる。生きている。良かった。


「真澄!何か事故があったみたい。行ってみよ!」

この角を曲がったところなので、颯はそう言うと行ってしまった。

私の身体が徐々に薄くなっていく。もう時間だ。未来でまた颯に会えるんだ。とにかくそれだけが嬉しかった。

「颯。また未来で会おうね」










ーーー何も変わっていなかった。

未来で颯はまた死んでいるのだ。

「なんで!私はあの時ちゃんと助けたのに!どうして。どうして…」

おかしい。この目で颯が生きているのを確かに見た。


「運命はなかなか変えるのが難しいんですよ」

スーツの男はそう言った。

「どういうこと?」

「運命とは、言わば決められたゴールのようなものなのです。例えば、家から学校に行くとして、電車で行ったとしても、バスで行ったとしても、歩いて行ったとしても、結局は学校へ着くのです。手段を変えたところで、"死ぬ"という運命からそう簡単には逃れられない、というわけです」

「なんだよそれ。私は颯を助けられないってこと?」

「いいえ、運命を変えられないとは言っていません。颯様に運命的な出来事を与えれば良いのです」

「運命的な出来事?」

「はい。それを見付けられるかは真澄さん次第ですよ」



そういうわけで、私は颯を助けるために色々と調べた。

今回の颯の死亡理由は、電車での人身事故だった。

近くにいた証言者によると、何者かに押された可能性が高いらしく、他殺として捜査されていたが、結局何の手がかりも掴めずに、お蔵入りとなったらしい。


颯。今度こそ助けに行くからね。時計に付いたボタンを押した。





場所は渋谷駅。颯はここで電車に轢かれて死んだ。

電車が来るまであと五分しかなかった。颯を探さなければならない。どこにいるのか。私は颯を必死に探した。今ここで見付けなければ、颯はまた死んでしまう。


ーーいた。人混みの中に姿がちょっと見えた。私は早く颯の元へ行きたいのに、人が多すぎてなかなか進まない。早くして。私が颯に近付けたのは、電車が来る直前だった。

颯の身体が線路の方へ傾いていく、すんでのところで、私は手を掴んで引っ張りあげた。

目の前を通る電車の風は、颯の髪の毛を勢いよくなびかせる。

「颯!大丈夫!?」

「真澄!?どうしたのこんなところで」

「どうしたの、じゃないよ。颯。危なかったじゃん」

今度こそ確かに助けた。スーツ男の言う、"運命的な出来事"のため、私は颯をベンチに座らせた。

「颯、あのね。私、颯のことがずっと好きだったの」

颯が驚いたような顔で私を見る。

「実は僕も真澄のこと、好きだったよ。ずっと前から」

私達は笑った。そして付き合う約束をした。二度と颯を死なせないために、ちゃんと私はやってみせた。そろそろ次の電車が来る。私は颯を見送ったあと、未来へ戻った。









今度こそ颯と会える。

そう思っていたのに、なぜ。

「私は颯に告白した!付き合う約束もしたのに!あれは"運命的な出来事"じゃなかったって言うの!?」

未来でも颯は死んだままだった。

そして今回の死因は首吊り自殺。

何かがおかしい。なぜ颯は自殺なんかしたんだ。



「気付いているんでしょう?真澄さん」

スーツの男がどこからともなく現れた。

「気付いているって何に?」

「とぼけないでください。颯様が、あの電車での事故の時、自殺を図っていたことにですよ」

そうだ。颯はあの時、自分から身体を投げ出しているように感じた。それに、颯は、助けられたことに対して、"ありがとう"とは言わなかった。そう、自分が死ぬ寸前だったことに気付かないフリをしたのだ。

私は、心のどこかでそれを分かっていながらも、そんなはずはない、と勝手に否定していた。

でもなぜ?颯が自殺する理由はどこにある?



スーツの男が言っていた言葉を思い出した。

「「人間の皆様が自殺する理由の大半は、過去の出来事が原因なのです」」

そうだ。過去だ。颯の過去に何かがあったに違いない。私は颯が過去に何をしたのか調べることにした。




「な、何も出てこない」

颯の過去にこれといって、自殺するような理由になりそうなものは、一切見当たらなかった。

私は家に帰ると、教科書やノートでいっぱいになった机の上に、知らないノートがあることに気が付いた。なんだろう?と思って開いてみる。

そのノートに書かれていた事実に目を疑った。








真澄へ


あなたがこのノートを見る時には、僕はもうこの世にいないと思います。

僕が電車に轢かれて自殺しようとした時、真澄はなんの迷いもなく止めてくれました。

まるで僕が死ぬことを知っていたかのような顔をしていました。

あの時に、真澄と両想いであったことを知れて、とても嬉しかったです。

でも、僕にはその資格がないんです。

中学生の時の事件、覚えていますか?

男子が飛び降り自殺したあの事件。

実は、あれは自殺じゃないんです。

そして殺した犯人は僕です。

キッカケは小学生の時。

僕はあなたに初めての恋をしました。

公園で小説を読んでいたあなたに、何か惹かれるものを感じていたのです。

その時、あなたが読んでいた本は、「そして誰もいなくなった」でした。

そう、僕が好きな本は、真澄との出会いの本なのです。

それから僕は、真澄と話してみたいと思い、話の話題として、ミステリー小説を読むようになりました。

中学校で同じ学校になった時は、運命だと思いました。

しかし、真澄は学校でいじめられていました。

真澄のことが好きだった僕は、それがどうしても許せなかったんです。

当時、真澄をいじめていたあの子をマンションの屋上に呼び出し、適当な理由を付けて靴を脱がせ、そのまま突き落としました。

そして僕は手紙が風で飛ばないように、彼の靴で抑えました。

手紙というのは、僕が彼の字を真似して書いたフェイクです。

紙は、休み時間中に彼のノートをこっそりとちぎって使いました。

そうすれば、紙の切れ目が一致し、手紙は彼の書いたものだ、と思い込ませられると思ったからです。

案の定、警察は自殺としてこの事件の捜査を終わらせました。

僕は、人殺しなんです。

それを今までずっと一人で抱えて生きてきました。

こんなことをしたところで、僕は真澄に振り向いてもらえるわけがなかったのに。

僕には生きる価値も生きる意味もないのです。

だから、せめてもの償いとして死ぬことにしました。

ミステリー小説でも、犯人が死ぬことはよくありますし、これが普通なのかもしれません。

今まで黙っててごめんね。

こんな私を好きになってくれてありがとう。











ーーなんだよそれ。

颯が人殺し?嘘だ。嘘だ。嘘だ。

そうだ。過去に戻って颯が人殺しするのを止めよう。

私は時計を取り出した。これで過去に戻れる。

「いけません。真澄さん」

スーツ男の声がした。私は慌てて目に浮かべた涙を拭った。

「いけないって何が?」

「真澄さんが過去へ戻って、殺人を止めた際、真澄さんは未来で自殺してしまうんです」

「私が未来で自殺?」

「えぇ。正確には、今よりも過去の真澄さんが、エスカレートしたいじめによって自殺をするんです。そうなったら、今の真澄さんがいなくなる。そうすると過去を変えた真澄さんはいなかったことになる。つまりパラドックスが起きてしまうのです」

何を言っているのか、難しくてよく分からないが、つまり、この過去を変えると今の未来が劇的に変わってしまうということだろうか。

「そのパラドックスによって、何が起きるっていうの?」

「そもそもタイムリープは物理法則に反しています。言わば、神に逆らうようなものなのです。そこで絶対にありえないことが起こってしまったら、どうなるか分かりますか?」

分からない。そもそも、三次元止まりの人間、ましてや私のような一般人には、到底理解出来るような話ではないのだ。

「パラドックスはゲームで言う"バグ"だと思ってください。行けるはずのない場所に行けたり、アイテムが無限に増殖したり。あなたがやろうとしていることは、このバグを生み出すことなんです。そしてバグの生まれた世界は、成り立たなくなる。つまりこの世界は消えてしまうのです」

世界が消える?そんなことがありえるのか。

「じゃあ、どうしろって言うの!?私が颯を助けたところで、颯は一生、"人殺し"として生きていかなきゃならないじゃないか!」

「それは真澄さんの考えることです。選択を間違えないでくださいね」

そう言うと男は消えた。



ーー選択。

私の嫌いな言葉だ。

違う方を選べば一生後悔することになるかもしれない。




颯は人殺しをした。

私のために自分が犠牲になった。

それを一人で背負って生きるのに後ろめたさを感じ、自殺を決意した。

颯はまだ生きていたかった。


私は自殺をしようとした。

颯が自分を犠牲にして、いじめから守ってくれた私の命を捨てようとした。

そして辛い過去を変える方法を手に入れた。

私は颯を救いたかった。




私の生きる理由は、颯と一緒にいられること。

颯さえ生きていればいればそれでいい。



ーーー颯が生きる理由は?



そうだ。私は覚悟を決めた。今度は必ず颯を助け出してみせる。時計のボタンを押した。颯が自殺する、その前へ。







「颯!」

私はロープを手に持った颯の肩を掴んだ。

「真澄!?」

誰もいないはずの家に、突然私が現れたのだからそれは驚くだろう。


「颯。自殺なんてしちゃダメ!私は颯を助けたいの」


「助けたい、だなんて軽々しく口にするものじゃないよ。僕は生きている方が辛いのに」


私のセリフだ。私が初めてスーツ男に出会った時に思った言葉だ。

でも、今は違う。生きていたからこそ今があるんだ。


「私、颯の過去のこと全部知っちゃった。信じてもらえないかもしれないけど私ね、未来から来たんだよ」


私が颯に言いたかったことを、一つ一つ丁寧に伝える。


「信じるさ。真澄のことだもん。きっとあのノートを未来で見てくれたんだよね」


「うん。颯、私ね、颯がいなくなってから生きる意味を見失って、自殺しようとしたの。そしたら、変な怪しい男が出てきて、過去に戻る力を手に入れた」


颯が驚いた顔をしていたが、気にせず続けた。


「だからね。私の生きる理由が颯であるように、颯の生きる理由を私にしてくれないかな」


「でも、僕は人殺しだよ?真澄はそんな人と一緒にいたくなんてないでしょ?」


「ううん。関係ない。私のためにやったことなんでしょ?私は颯のこと、受け入れるよ」


「真澄⋯。ごめんね。本当にごめんなさい」


颯はしばらく泣いていた。今までずっと一人で抱え込んで来たんだ。当時中学生だった颯には、かなり辛いことだったに違いない。


「僕、警察に自首するよ。僕のしたこと、全部話す。刑務所を出たら、また僕と仲良くしてくれる?」


「もちろん!颯のこと、ずっと待ってるよ」


「じゃあ、これはもういらないね」

颯はノートを持ってきた。

私が未来で読んだノート。

過去の颯と未来の私を繋いだ大切なノート。

颯はそれをビリビリに破いた。

そして、全てから解放されたように、スッキリしたような顔をしていた。



そろそろ時計の効果が切れる。身体がどんどん薄くなってくる。


「また未来で会おうね!真澄!」


「次死んだら許さないんだからね!颯!」


私達は笑顔で別れた。

未来での再会を願ってーーー。











私は一時保護所の前で颯を待っていた。

颯が殺人をしたのが13歳だったこともあり、刑事処分の対象にならなかった。

今日は、二ヶ月の児童相談所による一時保護を終えて戻ってくる日だ。

颯はとても反省しているらしく、保護期間を延長する必要はないという。


「真澄!」


颯が門の向こうで手を振った。


「颯!」


私は嬉しかった。全部上手くいったんだ。


颯が走ってきて私に抱き着いた。

私も精一杯の力で抱き着いた。颯の温もりを感じる。颯が生きているんだ、という実感がした。


「あらあら。二人とも仲良しなんだね」

職員の人がそう言った。

「いえ、恋人です!」

私は大きな声でそう答えた。

職員さんがちょっとびっくりした顔をしている。

なぜなら、私も、颯も、"女の子"だから。

颯は僕っ子なのだ。そういうところもかわいいと思う。







もうすぐ、今年が終わる。

ーーーピンポーン。

「はーい」

私は、家のチャイムがなるやいなや、階段を駆け下り、家のドアを開けた。

目の前には私の恋人がいる。

さぁ入って入って、と、私は中へ促す。


「「かんぱーい!」」

今日はパーティーだ。



スーツの男は、用が済んだからと、時計を回収して、さっさとどこかへ去ってしまった。彼は、別れる前に、自分のことを"悪魔"だと言った。でも、私にとっては"天使"だ。この目の前の幸せな世界が、全て物語っている。

彼は今もどこかで、誰かを救っているのだろうか。



ずっとやりたかったことがある。私はそう言うと、颯の耳元まで近付いた。

ちょっと恥ずかしかったけど、私は勇気を出して言う。


ーーキス してもいい?



除夜の鐘が全国で鳴り響く。窓の外には真っ白な雪が降っていた。

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