正義代理サークル

@dan555

第1話 西崎祥

「見過ごせ…ってことですか?」


皺一つ無く、まだ型崩れもしていない、教員試験の合格祝いに両親に買って貰った紺青のスーツに身を通した僕は、座り心地の良さそうな真紅のベルベットの椅子に腰掛けている目の前の男…佐藤義光校長に疑問をぶつける。


「見過ごせ…って、君ねえ?ありもしない事をでっちあげられたら困るって事だよ。」

「ありもしないって…!僕のクラスの生徒が“虐められた“と、証言していたんです。事実じゃないですか!」

「それは、その子が勝手に言ってたことだろう?ほら、よくあるじゃないか。子供が親に構って貰いたくて嘘を吐くこと…“あいつに虐められた“だの、“怪我させられた“とか。それと一緒だよ。」

「…中村くんは今でも心に深い傷を負ってるんですよ?それなのに、構って貰いたくて嘘吐いたんだろうって…。もしかして、主犯が九条だからですか?親が政治家だからって黙っているんですか?校長、あなたは世間体ばっかり気にして生徒のこと何だとー」

「君、立場を弁えたまえ。」


“言わせない”と言わんばかりの目力に、圧倒されそうになる。

これ以上口を開いてしまったらここには居られなくなる、そう頭で分かってはいるものの腑に落ちずに立ち尽くす。


「西崎先生。」

「…はい。」

「敬称略。“くん“じゃなく、“さん“だからね?今の世の中、こう言うことにうるさいんだからー。」

「……はい。」

「さ。もう要件は済んだろう?分かったら出て行きなさい。」


察しろ。

と、無言の圧力を感じた僕はこれ以上話しても意味が無いと諦め、ドアノブをゆっくりと回し静かに出ていった。

扉を閉め、3歩歩いた所でため息を吐く。


「はあ…。」


校長室を後ろにし前を向いて左から三番目の席が、西崎祥…僕の席だ。

席に着いてまず最初に取る行動は、机の上に散乱としている書類や教科書、読みかけの本に猫の置物…等を出来るだけ邪魔にならない範囲で前やら横やらに寄せて隙間を作り出すこと。で、その隙間に顔を突っ伏し現実逃避。

…これもあいつが用意した物なんだよな…と、顔を埋めた机の冷たさが頬にじんわり伝わってくるのを感じながら、校長が僕に泣いて懇願するための方法を模索していく。するとー


「やけに長い間、叱られてたな。」


右隣から、コンと音が鳴る。

音の発生源に顔を向けると、視界いっぱいに缶コーヒーが写る。僕が苦手なブラックを置いた奴の顔を見てやろうと、声の方に顔を向ける。

するとそこには、全てを見透かすような切れ長の眼にスッと通った鼻筋。少し型崩れはしているものの新品同様の黒い背広に、決して似つかわしくない花柄のネクタイを身に付けた“青年“。…いや、年齢で言えば世間一般的に言われる“中年“に近いんだがー


「やっぱ若いよなー…。」

「え?もう今年で38だけど。」

「おかしいな…僕の方が若いはずなのに若くない…!」

「さっきから何言ってんだ?」

「あなたには一生理解して貰えないことですよ…片岡先生。」


頭に疑問符を浮かべた表情を10秒くらいした後、思考を放棄したのか、いつもの真顔に戻り僕の横に座る。

彼は四つ上の先輩で、教師歴も僕より長い。先ほど表現した通りやけに顔が良く、女性と女子に人気が高い。だが、クールな見た目に関わらず、人当たりも良いし頼り甲斐もあるため同性からの人気も高く、老若男女に好かれている人たらし。

ここまで非の打ち所がないと、怒りすら湧いてこない。だから僕も、彼のことは好印象だ。好印象なんだが…


「…片岡先生。」

「ん?」

「そのネクタイって…」

「ああ、これか。この間、商店街に行った時に一目惚れしたんだ。しかも値段も安くてなあ…500円で買えてね。」


誰も買ってくれないから値下げしまくったんだろうな…と内心思ったが、笑顔でネクタイの魅力を話す彼に野暮なことは言えなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

正義代理サークル @dan555

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ