17話 神という悪魔



「サンタクロースに鈴虫やひぐらし、蟹や鴉や馬や小鳥やファルサ・コルウス。時には愉悦の化身シャーデンフロイデとして登場してきた。あの時もあの時もあの時も――全て見てきたよ」



 そう語る愉悦の神、段々と着実にサンタクロースの姿から猫のような鼠のような形容し難い異様な姿に変わっていく。声もビスの溌溂とした声色から、鼓膜をうるさく喧しく刺激する声色へと変化を遂げた。俺は初めて見る存在に神秘と恐怖を感じる。神のような……または悪魔。あるいはそれを大きく上回るこの世界の言葉では言い表せない者。

 俺はシャーデンフロイデと共にビスの家に入った。家の中には誰も居らず、ただ1人の人間と神がテーブルを挟んで互いに見つめあっていた。

 


「……お前は神なのか?」

 



「ああ、そうだよ~。僕は君たちが崇め、慕い、慄き、信じ、縋ってきた神様だ……!!フリー・コルウス、そんな上位の、神聖で神秘的な存在に出会ってどう感じた?僕の言葉一つ一つの意味や一句一句の発音、それらが成す大きな意味に感銘を受けたか?――僕を崇め讃えたいか?」



 

「――なあ……神様」

 



「どうしたフリー?」

 



「もしお前が神様なら、今まで何してた?」

 



「うーん、僕は愉悦の神様だからなぁ……ただ単純に"愉悦"をこの世界に提供してきただけさ。今までもこれからもただそれだけさ!」




「……じゃあ何で俺の故郷が何もかも潰れて平らになったこともソルやファルサにビスにベラが死ぬことも見過ごしてるんだよ!?ふざけるのも大概にしろよ!!シャーデンフロイデ!!」




「はあ、醜い醜い。君は僕の名前の意味を考えなかったのかい?……記憶の鳥核を持っている君でもわからないのかい?」




「お前は……悪魔だ」




「言ってくれるじゃないか!フリー・コルウス!だがフリー、僕に言わせればこの世界には価値がない。もう、オリジナルではないんだ。この世界は――この世界全体が現実改変されているんだよ。例えば鈴虫は夏には鳴かないし、クリスマスローズは毒があるから食べることなんてできないものだった。だが!世界中のあらゆるものが改変されたことでこの世界は虚偽に満ちたものになってしまった。そんな世界で生きるペラッペラの人間様が死んだところで価値はないんだから!どうだっていい!どうでもいいんだよ!君たちは僕たち神の玩具なんだよ!はは!」




 シャーデンフロイデは勢いよくテーブルを叩き割る。テーブルの置いてあった緑の花瓶が粉々に。それと同時に地面が揺れ、がたがたと家中の家具と軋み動く。ぐったりと地面の揺れに合わせてゆらゆらと神は体をその場で動かしていた。神はフリー・コリウスを睨みつける。

 この不気味な神の姿を助長させるように鼠色の淀んだ雲から雨がポツポツ降り出してきた。初めて俺の故郷が潰れたあの時のような光景が窓から見える。ビスの家以外の全ての家屋はアマデウスによって潰されたのだ。瓦礫と血溜まり、悪夢の始まり。




「何をしてる……?」




「わかんないのか?今君の愛しい故郷は潰れたんだ。僕が今アマデウス・シルウィウス・コリウスにそうさせた」




「何で……何でなんだよ!何で俺はこんな目に!!ベラもファルサもソルもビスもいつも通りに過ごせれたはずなのに!何でお前は!!」




「はは!ははは!こうやってフリーを不幸のどん底に引き摺り下ろすのはやめられないし、やめたくないよ。フリー、何で僕が君に執着するのかわかるかい?僕は君に不幸になって欲しいんだ。君じゃないと駄目なんだよフリー。だから、僕は君の故郷を"ひもうす"から来たアマデウスに潰させ、ファルサの家では残りの人間を殺させた。全部僕がやったんだよ!」




「ははは、何だそれ……」




「はははこれが神だよ。神なんだよ!フリー・コルウス!!お前ら人間が崇め称えてきたなぁ!!」




「そうか!そっかそうなんだ!はははは、ははは……」



 

――俺はそばにあった花瓶の破片を手に取り奴に思いっきり振り翳す。シュッとシャーデンフロイデはかわし、俺は勢い余ってその場に倒れ込む。



「いいねいいね。鳥核を使わずに自分の手でやろうとするなんて」



シャーデンフロイデを見つけては必死になって花瓶の破片を振り翳し、そのたびに奴は消え俺を嘲笑い蹴り飛ばす。何度も何度も殺そうとしたけど所詮俺は人間だ……だんだん視界がぼやけて目眩がしてきてついでに息切れまでしてきた。今回はここまでここまでなのか?




「くそ、死ね死んでくれよ!」




「はあ、駄目だねー君は。まったく……僕が死ぬことを全然イメージ出来てないじゃないか。あーあ終わりにしよう。つまらなくなってきたよフリー」


 


 俺は奴を睨みつけ、声を枯らし、涙を浮かべ、ただ必死に。「死ね!!死ね!!死んじまえ!!」とそいつに言う。神は死ぬのか、死なないのか、どっちが正解だなんてどうでもよかった。俺が今ここでシャーデンフロイデを殺すことが最適解なんだ!!今ここでこの悪魔を殺さなきゃ駄目なんだ!俺はただ心の中で奴が死ぬことを強く願い、想像をした。

 そんなことをずっとしていると奴は悲痛の表情をし始めた。顔が歪み、爪で部屋の壁を引っ掻き始める。そう、確実に愉悦の化身シャーデンフロイデは苦しんでいた。

 勝てるかもしれない、殺せるかもしれない。こいつを今殺せば俺の故郷を救える。時間が戻り続け12月25日が繰り返される中でこいつを殺し続けられるんだ!何度も何度も繰り返しこいつを……!!



「――神を殺せられる!!なんて思っているのかい?フリー・コルウス!」



 そう簡単にはいかなかった、奴は死なない――シャーデンフロイデは俺の真上にぶら下がっていた。ニタっと笑う愉悦の化身は消え、木造の家に残ったのは静寂だけだった。

 俺は逃した、全ての元凶シャーデンフロイデを殺すチャンスを逃したのだった――



 

 その後、俺はビスと合流し、裏山の空き地にある自転車の空気を入れ、ファルサの家に行く準備をすることにした。ビス曰く、シャーデンフロイデは"愉悦の化身"という神のような存在で俺たちの故郷が壊滅したのもアマデウスが俺たちを殺しに来るのも奴の仕業らしい。



「――どうしてビスはそう確信を持って言えるんだ?化身って何なんだよ?何でこんなに詳しいんだ?」


 

俺は前から気になっていた事を聞いた。ビスは古びた自転車の空気を入れながら答える。




「……フリー、俺は永劫の化身イーオンと契約して、未来からやって来た」




「未来?んな馬鹿な……だが、ありえなくも無いか……」




「やろ?シャーデンフロイデや今までの事を見てきたら尚更や」




「で……ビスは何で未来から来た?未来で何があった?」




ビスは手を止め、深いため息を吐く。


「未来では愉悦の化身"シャーデンフロイデ"と不幸の化身"不幸鳥"が世界を滅ぼそうとしていたんや。まあ、化身っていうのは神と同じものと思っていていい。その2体の神が戦争を起こしたり、陸と海の割合を逆にしたり、都市では大虐殺と大飢饉が起きたり、台風が100個同時に発生した時もあった。とにかくこの2体の神は好き放題にやっていたんや。……何もかも、あの戦争がきっかけでな」




「あの戦争ってのは……」




「ひもうすと神聖帝国の戦争――俺たちの故郷が壊滅したのが火種となって本格的に始まった戦争や……。だから俺は戦争のきっかけになった故郷の壊滅を防ぐために戻ってきた。長い長い悪夢を終わらせるためにな。そやけど、今は何が正解なんてわからん。ただ模索していくだけや。フリー、俺はお前たちを救いたい。協力してくれ――」




答えはもちろんYESしかない――



「ああ……!やろうかビス!」



 俺たちは自転車に乗り、夕日でオレンジに染まった雲を眺め、ファルサの家に向かう。この先の未来がハッピーエンドで終わることを信じて――


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