命売りの少年

喜島 塔

第1話

「ちょっと、そこのお姉さん、『命』買っていただけませんか?」


 今しがた、母方の祖父が理事長、院長を兼務している二葉総合病院ふたばそうごうびょういんで余命宣告を受けた、九賀野 七菊くがの なぎくは、『命』という言葉に無条件に反射し、足を止め、おそるおそる振り返った。街路灯の薄灯りに照らされながら、音もなくひらりひらりと舞い墜ちる粉雪に白く染められ、今にもその存在が消え失せてしまいそうな、いや、そもそも、その存在自体が虚無であるかのような陶器のように透き通った肌をした美少女が、いつの間にか、七菊の背後に立っていた。


「貴女、『命』欲しいんでしょう? 貴女は今、喉から手が出るほど『命』が欲しい。貴女にはその命尽き果てるまでに成すべき使命がある、そうでしょう?」


 ああ、この少女は、頭がおかしいに違いないと思い、七菊は肩に置かれた少女の手を払いのけた。その手はマネキンのようにひんやりとしていて、生命の鼓動を微塵も感じとることができなかった。


「三大財閥の一角を担う、九賀野財閥くがのざいばつの現当主であり九賀野 牡丹くがの ぼたん氏の長女である九賀野 七菊様は容姿端麗・頭脳明晰。特に、男顔負けの経営手腕は高い評価を得ている。長子である、九賀野 直理くがの すぐり 様は重いご病気を患い、長子相続が不可能な状態。歴史ある九賀野財閥の存続のためならば、例外的に長女である七菊様を跡目にすることも厭わないというのが、現当主である牡丹様のお考えなのでは? そして、今、九賀野財閥の命綱である貴女の『命』も脅かされているという最悪な状況……違いますか?」


 身体の中を循環しているすべての血管が一瞬にして凍り付いたような気がして、七菊は氷像のように、其処から動くことができなかった。そんな七菊を、実験動物を観察するような冷淡な目で眺めながら、少女は、


「図星のようですね。豪胆で冷静な御方だと思っておりましたが、存外、人間臭い一面もあるようですね」

 と言って、ふふっと笑った。

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