召喚勇者~現代日本から、何かワケアリの中年男を勇者として呼び出して~

XX

第1章:勇者の旅立ち ヘブンロード王国

第1話 勇者召喚

「……では、はじめます」


 王城の中。

 最下層に設けられた儀式の間。


 石の部屋。


 そこで私はたった1人だったけど、覚悟を決めるためそう宣言し。


 儀式をはじめた。


 この世界の人間の未来を守るための切り札……

 それを今日、呼び出すための儀式を。



 今日のこの日のため、この国に逃げて来た世界中の人間が、毎日魔力を捧げて来たのだ。

 5年もの時間トキを掛けて。


 その魔力を集めた魔力結晶。

 それは、この赤い魔術塗料で描かれた大きな円形魔法陣の中央に、据え付けられている。

 あの青い結晶に、魔力が込められているんだ。


 この世界に勇者を呼び寄せるために要求される、膨大な魔力が。


 失敗は許されない。

 何が何でも成功させる。


 私はタンザナイト・トリストー。

 この国の、このヘブンロード王国の宮廷魔術師。


 私はこの国で一番優れた魔法使いだ。

 だから私は任されたんだ。


 この、勇者召喚の儀式を行う術者を。


 私はねじれた木製の杖……魔術師の杖を振るいながら、真言を一心不乱に唱える。

 真言とは、世界に呼びかける言葉。

 真言魔法を使用するときに欠かせない魔法語だ。


 私の真言に反応し、魔法陣が輝きを帯びる。

 魔力結晶がさらに強く発光する。


 精神を集中する。


 勇者召喚を成功させれば、全てが解決するわけではない。

 だけど、今だけはそんな後に続く山積みの問題は全て忘れた。


 真言を唱えることに集中した。


 そして最後の真言を高らかに唱えた瞬間。


 魔力結晶が爆発し、凄まじい光を発した。


 その輝きに耐えられず、私は手で顔を庇う。


 ……閃光が収まった。


 そこには、1人の男性がいた。




 私が召喚した勇者は、黒い服を着た中年の男性だった。

 ただ、一般的なオジサンでは無くて。


 ガッシリした体格で、分厚い身体をしていた。

 多分、相当訓練を積んだ人だ。


 城の兵士でトップレベルの人間が、こういう身体つきをしてた。

 この勇者、ただものではない。


 顔つきは所謂美形では無かったんだけど、目つきがメチャメチャ鋭くて。

 特に少し四白眼気味で、おおよそ慈悲があるように見えない眼。

 そのせいで……不細工という印象は全く受けなかった。


 受けるのは冷たい印象。

 髪は少し長くて、色は黒。

 長いと言っても、肩につくほどじゃ無い。


 そんな彼はこの部屋をゆっくり見回していた。

 召喚の事実に心が追い付いて無いんだろう。


「……ここはどこだ? お嬢さん、知ってるなら教えてくれ」


 その声は低くて、力強くて。

 強い人、ということが一瞬で分かるものがあった。




「ここはヘブンロード王国の王都・テンジョーにある王城の地下施設です」


「ヘブンロード王国?」


 私の言葉に、勇者はそう不思議そうに訊き返してくる。


「建国2000年に迫る、この世界で最も古い人間の王国です」


「そうか。それは凄いな」


 全然凄いと思って無さそうな言い方だった。

 けど、それについては今話すことでもないし、流す。


「あなたは私が呼び出した勇者です」


 流して、本題に踏み込んだ。

 一番最初に伝えないといけない言葉を。


「……勇者?」


 勇者は不可解な顔をした。

 この言葉では本質は伝わらないか。


 だから、言い直したんだ。


「この世界を魔族から守るために戦う戦士です」


 じっと彼を見ながら


 ……この言葉が理不尽なのは分かってる。

 アッサリ、ハイそうですかと私の言うことを聞いてくれるとは思ってない。


 だから当然見返りは用意する。

 成功報酬じゃない。


 今すぐに差し出せるものを、だ。


 ……たった今、勇者の真実を彼に伝えた。

 そんな彼からどういう言葉が返って来るのか。


 私は震えながら待つ。


「なるほど」


 勇者は私をじっと見る。

 そして


「……詳しく話を聞こうか」


 そんなことを言ったんだ。

 それは予想外の言葉で


「へ……?」


 思わず、そんな変な声が出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る