第6話
自由登校になって数日後のある日。
なんとなく教室に寄りたくなって、上履きに履き替えたその足で向かう。
しんと静まった空間になんだか違和感を覚える。少し前まではクラスメイトがいて賑やかだったのに、誰もいない教室が寂しく思えた。下級生の教室は別の階ということもあって、時折聞こえる笑い声が聞こえるからか、余計にそう感じてしまうのだろう。
今となっては朧気だけど、とても仲の良いクラスだったと思う。何人かで集まって飲みに行っていることも人伝で聞いてはいるが、上京したこともあってタイミングが合わず、私は一度も参加していない。皆は元気だろうか。
自分の席に座って思いふけていると、教室の入り口ががらりと開いた。
入ってきたのは川瀬さんだった。もう校則を気にしていないのか、ハートの形をしたゴールドのピアスを耳に付けている。
「いた、椎野さんだよね?」
「え?」
つかつかと入ってきた彼女は私に一直線に向かってくると、ドンッ!と机に鞄を叩きつけた。茫然とする私に、むすっとした剣幕でじっとこちらを見つめてくる。
「あ、あの……何か……?」
「裕のことなんだけど」
裕――呼び捨てられた名前に思わず反応してしまった。
それに気付いたのか、川瀬さんはにんまりと嬉しそうな表情を浮かべて、私の隣の席から椅子を引っ張ってきて話し始める。
「率直に聞くけど、椎野さんって裕のことどう思ってるの?」
「え……っ?」
「もちろん、幼馴染ってことは知ってるよ? 家族ぐるみで仲が良いのも聞いてる。二人でいると出来上がっている空気とか、他人の私にはひしひしと伝わってくるんだけどさ」
「よ、よくわからないけど……」
「それはそうでしょう! 一緒にいたらわからなくなるのと同じ!」
ビシッと人差し指でさされる。そんな名探偵みたいなことしなくてもわかるって。
「でもね、最近のアンタたち見ているとじれったいの! だから私が、わざわざ聞いてあげてるわけ!」
「はぁ……」
熱量が違いすぎて思わず気の抜けた声で相槌を打つ。川瀬さんの荒ぶっている様子から、やけになっているような気もする。
「それで? 実際のところどうなの?」
「裕は……幼馴染だよ。家族みたいな存在。それ以上でも、それ以下にもならない」
本心に蓋をするのは簡単だ。息を吐くように嘘をつけばいい。平然な顔をして、頭の中はなにも考えないようにして、綺麗事を並べればいい。
「川瀬さんが裕のことを名前で呼ぼうが、一緒にいようが構わない。付き合っていてもいい。裕が、生きていてくれてさえいれば――」
そう、生きていてくれたらいい。
五年後も、その先もずっと――
「……そんな顔するまで、嘘つかなくてもいいんじゃない?」
川瀬さんが先程とは打って変わって、落ち着いた口調で言うと、私の頬に触れて涙を親指で拭った。
気付いてしまったときには遅かった。知らぬ間にこぼれた涙は留まることを知らない。
やっぱり、裕が好きだ。
勝手にいなくなった後も、上京して別の人と一緒にいても、この五年間、ずっと忘れられなかった。
顔を伏せて泣き出した私に、川瀬さんは落ち着くまで、優しく背中を擦ってくれた。
「……やっぱりだめだ。裕に口止めされていたけど、椎野さんは知っておくべきだと思う」
そっと顔を上げると、川瀬さんは先程と変わって神妙な顔で教えてくれた。
「裕ね、最近いろんなことが思い出せないんだって。物忘れが激しいとか、そういうレベルじゃない。一部分だけごっそり記憶が抜けているみたいなの」
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