最強無比ならスローライフ?
スネタリウス
初めての神界生活はチート授与式!?
第1話
俺の青春は大学から。そう自分に言い聞かせて生きてきた。
けれど、それは失敗だった。
中高の六年間をバイトに捧げ、何とか大学の入学費用を工面したまでは良かった。
返済必須とは言え、奨学金を受給する事が出来たのも、狭くて小汚くて交通の便も良くはないが、相場よりは断然安いアパートを契約出来たのも幸運だった。
しかし、大学入学直後に現実を味わった。
六年間、バイト以外でまともにコミュニケーションを取ってこなかったツケを払わされたのだ。
トレンドが分からない。あるあるに共感できない。内輪乗りに馴染めない。
バイト歴が長いせいで、なまじっか事務的なやり取りには苦労しないせいか、日常での浮きっぷりが際立ってしまったのだ。
結果、俺は裏でキョロ充だのコミュ症だのと馬鹿にされる事となった。
そしてそれらを払拭しようと躍起になった結果、イジられ役のネタキャラポジションさえ失ってしまい、本格的に絡みにくいだけの地雷として、その場に居ないものとして遠巻きにされてしまったのだ。
中高の六年間を、貴重な青春時代を、その全てを捧げてまで手にした大学生活はこうして幕を閉じ、またしてもバイト漬けの日々に消費され、残すは就活のみとなってしまっていた。
だけならまだ救いもあったのかも知れない。
度重なる体調不良から検査に行ったところ、告げられたのは末期癌だった。
最早手の施しようもないと評されたソレの治療、否、僅かな延命にかかる時間や苦痛、何より金銭を思えば、俺に選べたのは残された時間を過ぎ行くまま穏やかに過ごす事だけだった。
筈なのだが……。
「此処は、一体……」
呆然と立ち尽くした俺の呟きに、答えてくれる人は誰も居ないらしい。
視界に広がるのは黄金色の景色。
何が在るわけじゃない。匂いさえ感じられない。ただ、だだっ広い空間の隅々までもが、黄金色に染まっているだけなのだ。
しかし嫌な感じは受けない。成金の豪邸特有の悪趣味な内装に滲み出る隠しきれない傲慢さが、一欠片も感じられないからだろうか。
それはさながら、豊作に沸く小麦畑のような、水田の隅々にまで頭を垂れる稲穂を望む田園風景のような、心に強い郷愁を掻き立てる光景だ。
何もないのに、何もかもを内包している。漠然とだが、そんな考えが脳裏を過る。
「いやいや、田んぼなんて小学校の社会科見学で一回行ったきりだぞ……」
確かに、作付け体験をした数ヶ月後に精米された米が届いた時はそれなりに嬉しかったし、炊き上がった米は人生で一番美味しかったと作文にも書いて提出した。
が、それはあくまでも教師への点数稼ぎの一環であり、農作業にも田畑にも大して思い入れなんか芽生えなかった。それが偽らざる本心だ。
にも関わらず、胸を締め付けるかのような郷愁が止まらない。
有りもしない望郷の念に魂まで呑み込まれそうになる。
「何だよこれ。訳わかんねぇ。頭が変になりそうだ……っ」
心の中で荒れ狂う馴染みのない感情を落ち着けようと、俺は膝を抱えて座り込む。
両目をきつく閉じて、夢なら醒めてくれ! と声にならない叫びを上げた。
それが、今の俺にできる唯一の抵抗だった。
そうしてどれだけの時間が過ぎ去っただろうか。
閉じた瞼の裏側に変化は無いが、ほんの少しだけ心が穏やかさを取り戻していく気がする。
コンクリートに囲まれて育った俺が、田舎のあぜ道を懐かしむような奇妙な感傷は、幾分か和らいでいるように思えた。
そろそろ両目を開けてみようかと、そんな自問が沸き上がる。
だけどまたあの風景を見てしまったら、今度こそ心がナニカに囚われて消えてしまうのではないか、そんな疑心が鎌首をもたげる。
俺は両膝に額を擦り付けながら、うんうんと唸るばかりで、決断を先伸ばしにする事しかできないでいた。
そんな優柔不断な俺に業を煮やしたのか、はたまた単なる偶然か。
変化は何の前触れもなく、突如として、突発的に巻き起こる。
「ぬぉおおおっ!? な、何じゃお主は!? い、一体何処から入り込ん――」
「うわぁああっ!! だ、誰ですか!? め、目を開けても大丈夫なんですか!?」
絶叫が完全に被ってしまった。
お互いに驚愕している事だけは何とか理解できたが、その後に何を言ったのかは一言たりとて聴こえなかった。自分の声が邪魔すぎて。
「「………………」」
気まずい沈黙が場を支配している。
多分お互いに顔が真っ赤になっているんじゃないだろうか。
だって、俺の顔あっついもん。なら相手の顔だってホッカホカじゃないとフェアじゃない。俺だけが馬鹿みたいになるじゃん。
「「………………」」
沈黙が重たい。
聞きたい事は沢山あるし、話したい事も同様にある。
異常事態においては、情報共有が最優先かつ必須だろうと確信さえしている。
だというのに俺は、もし次も声が被ってしまったらと考えただけで、途端に声は喉の奥底へと引っ込んでしまうのだ。
余りの気まずさに、この場に留まることさえ耐えられなくなるんじゃないかと、疑心を募らせてしまうのだ。
羞恥心が心臓を激しくノックしやがる。
何て、言い訳に満ちた思考をぐるぐると巡らせるだけで黙りを決め込む俺の鼓膜が、一歩先んじて心を整えたのであろう先の声の主が息を吸い込む僅かな音を捉えた。
「ぅおっほん! 少し良いかな少年。……いや青年、かの?」
大袈裟な咳払いに続いて、その印象すら掻き消す程の威厳に満ちた声が耳朶を打つ。間の抜けた後半の言葉にさえ、抗い難い重みが宿っていた。
少なくとも、これまでの人生で耳にしたあらゆる声の中で、ぶっちぎりで最高のバリトンヴォイスだった。
これ程の美声と比較してしまうと、JK相手にダンディを気取るバイト先の店長の声なんて、絞められた鶏の断末魔と大差ない。
これは心して返答しなくては。
向こうも絶叫したという事は、互いに不測の事態に巻き込まれているのは確かだろう。
ならば、俺が情けない声を出しただけで互いの格付けが済まされてしまうかもしれない。
こんな訳の分からない状況下で、格下扱いまで受ける訳にはいかない!
俺は最低でも対等の立場を確保すべく、下っ腹に力を入れて可能な限り低い声色を意識しながら、気の利いたセリフを繰り出そうと息を吸い込み――。
「如何かな、青年?」
「あっはい。大丈夫です」
追撃はズルくない? 会話ってターン制じゃないの? 連続行動はチートだろ!?
しかし、不本意ながらも返答してしまった以上、格付けの火蓋は切って落とされた。いや、賽は投げられてしまったの方か? いや、うーん……。
「青年よ。少々話を聞きたいのじゃが、顔を上げてはくれんかね?」
「あっ、はい」
またしても先手を!? ズルくない!? 何て思いはしても声には出せない。格付けはもう済んでしまったから。
俺は乞われるままに顔を上げようとして――。
「っ! あ、あの俺っ、目を開けたら変な気分になるんですけど! って、変な意味じゃなくって。いや、変にはなるんですけどっ。いや、そうじゃなくって!」
これ何て言ったら良いの!? 上手く言葉にできないんだけど! ド級の変態だと思われてないよね!?
「ぬっ? ……あぁ、原風景の影響を強く受けておるのか。ならば……」
社会的信用の急落に震える俺を余所に、声の主は一人で納得した後にボソボソと呟きを漏らした。
それはまた奇妙な声音だった。
ギリギリ聞こえるか聞こえないかと言った、隣家のテレビの音のような、聞こえているのに聞き取れない外国語の会話のような、そんな不思議な印象を受ける呟き声だった。
「……うむ、これで良かろう。青年よ、もう目を開けても大丈夫じゃよ」
「えっ、でも……」
「ホッホッホ。そう心配せずとも良い。じゃが、どうしても不安なら素早く瞬きをすれば良いのではないかのう」
「い、幾ら何でもそれは。でも成る程。それじゃあ……」
極上のバリトンヴォイスから繰り出された間抜けな提案に背中を押され、俺はゆっくりと顔を上げながら瞼を開いていく。
途端に、暗闇を切り裂くように黄金色の光が視界に射し込まれる。と、同時に呼び起こされる郷愁の念。
それに危機感を抱いたのか、瞼は本能に従って視界を閉ざそうと動く。
「ホッホ。大丈夫。大丈夫じゃよ」
まるで耳元で囁かれたのかと錯覚してしまうほど、その声は間近で響いた。
「うわぁあっ!? ……っ!?」
だからだろう。俺は、反射的に目を見開き声の発生源へと顔を向けてしまった。
「ホッホッホ。ようやく顔を合わせる事ができたのぅ青年」
「ジ……っ、お、おじいさん?」
座り込んだまま間抜け面を晒す俺の目の前には、白髪と白髭を蓄え過ぎて顔の全容がいまいち把握できない、推定おじいさんが立っていた。
い、一体、何が始まろうと言うんです!?
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