④
駿河が駐車場に入ったところでスマートフォンが振動した。電話だった。駿河は歩きながらその電話に出る。相手は皇宮警察の加藤であった。
-駿河さん、手短にご報告します。駿河さんが調べてほしいとおっしゃられていた方、警察庁を通じて判明しました。傭兵上がりの、言わば「殺し屋」です。半年前にスリランカで起きた陸軍高官射殺事件の被疑者と目されており、当局とICPOが国際手配の準備を進めています。
「わかりました。ありがとうございます」
通話を終えた駿河は、自身の車の運転席に乗り込んだ。
片側二車線の道路。駿河の車が赤信号の手前で止まる。隣の車線に止まっていた車の運転手の男がふと、その駿河の車に目を遣ると、思わず二度見してしまう。それは無理もなかった。窓ガラスはひび割れ、車体は穴だらけである。ここに警察にいたら、職務質問をかけられてもおかしくない状態だ。むしろ、これでよく動いているなというほうが不思議であった。信号が青になり、駿河の車が走り出す。男はその後ろ姿を呆然と眺めるのだった。
伏見真帆の会社の手前で車を降りた駿河は、上着からスマートフォンを出し、片手で画面を操作すると、受話口を耳に当てた。
さほど広くはないコンサルティング会社の社内。会社というより事務所といった様相だが、インテリアは洗練されている。ブラウンのスーツ姿の真帆は、自席でデスクトップパソコンに向かい、業務を行っていた。そこへ玄関の呼び鈴が鳴った。特に来客の予定はない。新規の相談者だろうか。真帆は席を立って移動すると、インターフォンの画面越しに相手を確かめた。男が立っている。その男の顔を見て少し動揺した真帆は、それでも声をかけた。
「はい」
-駿河探偵事務所の駿河と申します。二、三お伺いしたいことがありまして。
駿河は偽ることなく、堂々と自身の身分を明かした。
「少々お待ちください」
真帆はドアを開け、駿河を招き入れた。
「どうぞ」
駿河が室内へ入ると、真帆は奥へ戻りながら問いかけた。
「コンサルティングに関するご相談でしょうか?」
「いえ、違います」
真帆が自席に腰掛ける。
「では、どんなご用で?」
駿河は真帆からやや離れた場所で足を止め、ズバリと訊いた。
「時間がないので単刀直入にお伺いします。伏見真帆さん。あなた、フィアーという犯罪グループのリーダーですね?」
その言葉を受け、真帆は鼻で笑った。
「急になんですか?私には存じ上げないことです。それだけでしたらお引き取りください」
真帆は視線をパソコンに移した。駿河は真帆の声を聞いて確信していた。音声データと同じ声だったからだ。
「あんたがある人物に殺しを依頼した音声が、俺の手元にあります。なんなら警察に持っていって声紋鑑定させますか?絶対に一致しますよ」
「脅しですか?そんなものあるわけないでしょう」
真帆は少しの疑問も持たずにパソコンを操作している。どうやらあり得ないと思っているらしい。
「それがあるんですよ。でしたら、今すぐ警察にそれを・・・」
駿河は踵を返そうとした。そのとき、真帆は手を止め、駿河を見ると呼びかけた。
「待ってください。その音声っていうの、今持ってるんですか?」
「はい。あります」
ズボンのポケットからSDカードを取り出した駿河は語を継ぐ。
「これに入っています。よかったら聞いてみますか?」
掲げられたSDカードに目を遣った真帆は、どかっと椅子に背を預けた。そして、先ほどまで丁寧だった口調がガラリと変わった。
「わかっちゃったんだ・・。まさか探偵に暴かれるなんて・・。意外・・・」
駿河はSDカードをポケットに戻した。
「認めるんだな?あんたがフィアーのリーダー、つまりアンノウンだってこと」
「ええ、そうよ。アンノウンは私」
白状した真帆に、駿河が問うた。
「最初から俺の顔知ってたんだよな?」
「知ってたわよ。あなたに懸賞金をかけたのは私だもの。今来たときにもしやと思ったけど、当たっちゃったわね」
「懸賞金をかけたのは俺だけじゃないだろ」
「ああ・・、あの子ね」
駿河は声を大にして、さらに問いただす。
「なんでそこまでして彼女を殺そうとした?会話を聞かれたからか?」
おそらく相手の口から漏れたのだろう。そう感じた真帆は、冷静に答え出した。
「それもあるけど、私の顔を見られたのが一番の問題だった。アンノウンは不明の存在。知ってるのは佐野さんだけ。ほかのメンバーは誰も知らない。あの子と目が合ったとき、私は不安になった。話の内容を聞かれたのなら、私の正体にも気づくんじゃないかって。あの小娘のせいで刑務所行きなんて御免だわ。だから、懸賞金をかけてまであの子を始末しようとした。そんなときにあなたが現れた。あの子と一緒にいるだけじゃなく、フィアーを嗅ぎ回ってるって情報を聞いて、それならあなたもって考えたの。結局失敗しちゃったけどね」
駿河は以前から気になっていた。自分ならともかく、なぜ幸子の居場所まで特定できたのか。その点の疑問を真帆に訊いた。
「そもそも情報っての、どっから仕入れてるんだ?」
「もちろんメンバーからよ。私が号令をかければ、たちまち組織内に拡散する。標的が外出すれば、必ずメンバーの目に留まるわ。フィアーのネットワークはまだ小さいけれど、その分緻密性がある。それらを佐野さんが精査して、私に教え、新たな手段を講じるって仕組み」
真帆の説明を聞いた駿河は、次なる疑惑に話題を変じた。
「その佐野っていう奴、それに杉村や鎌田、末延の四人が殺されたのは当然知ってるよな。あれはあんたが指示したのか?」
「杉村さんは末延さん。鎌田さんは佐野さんが処分したわ。あのふたり、ルールをちゃんと把握してなかったみたい。プランに失敗したらどうなるかってことを。けど私の指示じゃないわ。杉村さんは佐野さんが指示を出して、鎌田さんは佐野さん自身が手を下した」
「じゃあ、末延と佐野本人は?」
「さあね。誰でしょう」
シラを切る様子の真帆に、駿河が自信をもって言った。
「とぼけんな。あんたが雇った殺し屋にやらせたんだろ。俺もそいつに襲われた。わかってんだよ」
「確かにそうだったわね。知らないふりは意味なさそうだから話すわ。佐野さんを殺すよう頼んだのは私。あの人は組織に尽くしてくれる補佐役だった。でも真面目過ぎた。私のプランに反対したの。フィアーが摘発されるのを助長するようなものだって。私はグループの創立者よ。盾突くような人間は必要ない。ただ邪魔なだけ。だからよ」
真帆のワンマンな気質が垣間見えた言葉だった。その真帆は先を進める。
「末延さんのほうは私にもわからないのよ。頼んだわけでもない。向こうが勝手にやったのよ。理由は知らないけど」
駿河は推察した。真帆の口ぶりに嘘はなさそうだ。本当に身に覚えがないようである。
「あんた、今日その殺し屋に仕事させようとしてるな。SDに入ってたやつだ。来日するフランスの首相を撃ち殺そうとしてるだろ」
真帆は近くに置いてあるテンキー式の中型金庫をチラと見た。その中には拳銃が一丁入っている。今は自分と駿河のふたりきり。逃げるチャンスを伺っていたのだ。
「そのとおりよ。もう準備に取りかかってるころでしょうね」
答えた真帆は腕時計に目を遣る。
「ずいぶんリスクの高いことするよな。なんでだ?あの首相に恨みでもあんのか?」
駿河が動機を問い詰めようとした。
「恨みなんてないわ。オフィスの移転先に首相が来るっていうから考案したのよ。それに、今回のプランはグループの発展に繋がるわ。私はね、フィアーをもっと大きい組織にしたいの。フィアーの名を出さずに陰でコソコソやってたのは、地盤固めってところかしらね。これが成功したら、政府や警察、メディアに犯行声明を出すつもりよ。大々的にフィアーの存在を世に知らしめるの。日本の犯罪組織としてね。当初はウチのメンバーにやらせようとしたけど、そこまでできる腕利きがいなかった。だから、私がじかに外部委託したの。佐野さんが反対したのはこのプランのことよ」
真帆は席から離れて窓辺に立つと、異様な目つきで語を継いだ。
「フランスの首相が国内で暗殺されたらどうなるかしらねえ。しかも総理大臣の目の前で。その暗殺に日本人の私たちが関与してるとわかれば、日本とフランスの国交関係が悪化するのは明白よ。来年の日仏国際条約も暗礁に乗り上げるわ。世界中にだって、日本の安全神話が崩れたことが広く伝わる。この一件で、フィアーという組織が歴史に残るのよ。私は社会の革命者に生まれ変わる。最高のプランよ」
駿河には真帆の意図が微塵も理解できなかった。狂っているとしか思えない。
「わかんねえ・・。あんた、なんでフィアーなんて組織作ったんだ?」
「私の能力を裏の世界で発揮してみたくなったの。表の仕事は決まり切っててつまんなかったから。あとは、考えたプランがどう実現されるのかも見たかった。七節区はうってつけだったわ。想像以上にメンバーが集まった。お金なんかよりも犯罪がしたいって人たちがほとんどよ。そんなぶっ飛んだ人、世の中には多いのね」
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