駿河が外に出る。空は暗くなり、夜になっていた。由樹によれば、七節町に幸子の知り合いはいないと聞いている。だが本当は知人がいて、そこに身を寄せているのかもしれない。一瞬頭をよぎったが、即刻思い直した。仮にいれば、最初からその知人のもとへ行っているし、わざわざ町中を移動する必要はない。ではどこだろう。駿河が歩きながら考えていると、ふと一枚の看板が目に入った。カラオケ店の看板だった。そこでピンときた。

「あー、そうか。ここがあったか。なんで気づかなかったんだ」

駿河は自分の頭の後頭部を叩いた。カラオケ店ではフリータイムで長時間いることができる。料金も安い。店舗によっては七時間近く利用できる。いくら自分がここ一年、カラオケで歌っていないとはいえ、この存在を忘れていたのは不覚だった。駿河は自らを戒め、希に連絡を取った。

「幸子さんは今も五丁目?」

―うん。いるにはいるんだけど、飛び飛びに映るから、正確な場所がわかんないんだよねえ。でも、もう少しでスマホの位置が特定できそうだから、そしたら完璧に追尾できるよ。それともうひとつ、彼女のSNSのアカ見つけた。投稿はしてない。『見る専』みたいだね。

「そうか。じゃあ希さん、ここら辺って、カラオケボックスいくつある?」

―えーっと・・。五軒かな。

「その中でさ、一番安くて長くいられる店は?」

―んー・・。一番だと、≪カラオケサバイブ≫じゃないの。結介が立ってるとこ。

希は駿河の位置情報もきちんと把握していた。

「なんだここか。わかった。特定できたらしらせて。よろしく」


 通話を終えた駿河は、上着からスマートフォンを取り出した。

「カラオケボックスも追加だな」

そう呟くと、カラオケ店へ入っていった。


 聞き込みの成果はあった。幸子は三時間利用して、一時間前に店を出たという。これで裏は取れた。この辺りにいるのは間違いない。あとは希から連絡を待つのと並行して、町中を周って捜してみよう。駿河は運転席に乗り込み、エンジンをかけたとき、ふと後ろを振り返った。なんだか視線を感じる。誰かに見られているようだが、特に不審な人物は見当たらない。気のせいかと思い、ハンドルを握った、


 車が走り出すと、その後を一台の黒塗りの車が追いかける。駿河の直感は当たっていた。その謎の車は、駿河が調査に出かけたときからずっと尾行を続けていたのだ。


 希が幸子のスマートフォンの位置を特定した。駿河は送られてきた情報を頼りに、幸子がいる場所へと車を飛ばしていた。その車中、ヘッドセットに連絡が入る。

―対象者が店に入った。

「どこ?」

―そっから二百メートル先のゲーセン。

車が信号で止まる。駿河が道の向こうに目を遣ると、ライトアップされたゲームセンターの突きだし看板が見えた。

「あそこか」

信号が青になり、車を進めた駿河はゲームセンター前の路肩に駐車した。

「ここ?」

駿河がヘッドセット越しに訊いた。

―そう。そこ

希が返す。車を降りた駿河は店内へと入った。そのゲームセンターは二階建ての広い店舗だった。天井にはドーム型の防犯カメラが設置されている。

「希さん、店にカメラがあるけど、そっちで見ることってできない?」

これがネットワーク式ならば、希の腕で覗くことができる。それができれば、捜す時間が短縮できるのだが、結果は期待に反していた。

―無理。この店のカメラは個人で付けてるやつだから、店の人間じゃなきゃ見れない。

駿河はもう一度、幸子の写真を確認する。

「そんな甘くないか・・。わかった。こっちで捜してみる。なにか動きがあったら教えて」

まず一階のフロアから捜索を始めた。ちょうど混雑する時間帯だ。人がたくさんいる。ゲーム機によっては姿が隠れてしまう物もあるので、そこが難点となる。警察のように強引な手で捜すなんてことはできない。駿河はじっくりと辺りを見回しながらフロアを一周したが、顔が識別できる人物の中に幸子はいなかった。しかし、俗に言うプリクラといったプリントシール機のカーテンの下から、青いジーンズと白いスニーカーが覗いているのが目に入った。脇にはピンクのキャリーケースが置かれている。幸子の所持品と一緒、服や靴も同じだ。その場から離れた駿河は、希に連絡を入れた。

「見つけた。顔は見えないけど、幸子さんかもしれない」

―顔は見えないって、どういう意味?

「ひとりでプリクラ撮ってる」

―ピンプリしてるってこと?

「そう・・。出てきた」

カーテンを開けて現れたのは、まぎれもなく幸子だった。印刷された写真を取り出し、リュックに入れる。そして、キャリーケースを引きながら歩き出した。次に遊ぶゲーム機を選んでいるようだ。

「やっぱり幸子さんだった」

駿河は希に伝えると、尾行を開始した。尾行と言うよりかは監視に近いかもしれない。


 かれこれ三十分は経過した。いくつかのゲームを楽しんだ幸子は店を出た。駿河も後を追う。すると、幸子は隣の建物に移り、そのまま中に入っていった。そこはナイトクラブだった。昔で言うところのディスコである。駿河はアナログ式の腕時計を見る。そして思った。どうやらゲームセンターにいたのは、クラブが開店するまでの時間つぶしだったようだ。

「幸子さんってパリピなのかなあ・・・」

建物を見上げて呟いた駿河に、希が異を唱える。

―クラブに行ってるからってパリピとは限らないでしょ。

確かにそうだ。駿河がひと言返す。

「だね」

駿河はクラブへと足を進めた。


 色とりどりの照明やレーザー光線が交差を繰り返して店内を照らし、「EDM」と呼ばれるダンスミュージックが大音響で流れるなか、クラブに入った駿河が内部を眺め回す。一階はメインのダンスフロア、巨大なモニターの前にDJブースが設置されており、バーカウンターも見える。二階部分は吹き抜けになっているせいか、天井が高く感じる。客はまばらだが、これから増えてくるだろう。その前に捜さねば。駿河は階段で二階に上がった。一階のフロアが見渡せる場所まで行くと、幸子を捜した。やがて、踊っている客の中に当の幸子を見つけた。キャップ帽とスタジャンを身に着けていない。おそらく店内のロッカーに荷物ごと預けたのだろう。慣れた様子でテンポよくダンスを続けている。やはり『パリピ』なのではないかと駿河は思った。クラブに入ったからにはしばらく出てはいかないだろう。遅い時間だが、ここは依頼人に一報を入れよう。少しでも安心させてあげたい。駿河がスマートフォンを取り出そうと、上着の内ポケットに手を入れようとした瞬間、何者かに腕を摑まれ、力任せに引っ張られる。

「ちょっ!?あんた誰!?」

不意のことに駿河が声を上げた。見ると、屈強そうな身体(からだ)を黒いスーツで包んだスキンヘッドの男だった。

「来い」

男は低いトーンでそれだけ言うと、強引にどこかへ連れていこうとする。こいつは店の人間なのか。自分がなにかマナー違反でもしたのか。そんなことより、このままでは幸子を見失ってしまう。駿河は焦りと訝しさが混在しながら、抵抗すべきかどうか迷っているうちに、いつの間にか店内のバックルームに入っていた。


 表で流れるダンスミュージックが漏れ聞こえるなか、裏手の通路では、駿河はスーツの男ふたりに両腕をそれぞれ摑まれ、取り押さえられていた。ヘッドセットから希の呼び声が聞こえるが、応答が出来ない状態になっている。なにがなんだかわからない駿河の前にもうひとりの男が現れた。黒い髪を立ち上げるような形でオールバックにし、サイドと襟足は刈り上げている。紺のストライプスーツに和柄のワイシャツを身にまとい、口の周りに無精ひげを生やした強面の男だった。


 その男は辻野俊作つじのしゅんさく、四十一歳。関東を拠点とする指定暴力団<武侠ぶきょう連合>の傘下、<松久まつひさ組>の若頭である。駿河を取り押さえている男ふたりは、その組員だった。


 駿河は辻野の顔を見て言った。

「辻野・・。なんで・・?」

辻野とは顔見知りである。犯罪絡みの案件には度々この男が浮上する。

「このクラブな、ウチがケツ持ってんだよ」

そう答えた辻野に、駿河が失笑する。

「あんたら、まだそんなことやってんのかよ。組のカシラも大変だねえ。で、ケツ持ち料っていくらなの?」

辻野が皮肉ぶった駿河の腹に拳を一発打ち込んだ。武侠連合はその名にふさわしく、構成員は武闘派ぞろいだ。辻野もそのひとりで、暴力団に入る前はボクシングのアマチュア大会で優勝した経験もある。それゆえ、殴られた際の衝撃は大きい。

「いってえー・・・」

駿河が鈍い声を出すと、辻野が怖い目つきで問いかける。

「っつーか、お前こそなんでいる?仕事か?それとも遊びに来たのか?」

「仕事だよ」

駿河がぞんざいに答えた。辻野の尋問じみた問いは続く。

「俺らを調べに来たのか?」

「違う」

「じゃあ、なに調べてんだ?」

「ダメ。しゃべれない。探偵の守秘義務ってやつ」

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