第3話 酒場でのひと時

「ん〜〜〜?…なんで私の名前を知ってるの?」


 リリスは名前を呼ばれて不思議に思ったのか俺の顔を確認するためイスから立ちあがると、よろけた足で近寄ってきて顔まで数ミリくらいの距離まで迫ってきた。


 ーー酒くせぇ…


 リリスがどれくらいの量を飲んでるかはわからないが、こちらも釣られて酔ってしまいそうなくらい周囲には酒の匂いが漂っている。


「あんた…まさか勇者?」


「あぁ〜、、、そう!そうなんだけど、、、すまない!少し離れてくれないかな?」


 リリスは顔を俺の真ん前まで寄せて話しかけてきていたため、さすがの俺も酒の匂いに耐えれなくなりリリスを前から引き剥がした。


 リリスも俺が勇者とわかったからかおとなしく元いたイスに戻っていった。


「なんか酔いが覚めちゃった…それで。噂の勇者様が私に何用?状況的に私を倒しに来たようには見えないんだけど」


 リリスは酔いが覚めてきたようで、長い足を組み直して俺に問いかけてきた。


「そんなことよりまずここにいたマスターと客はどうした?まさか殺したのか?」


「質問を質問で返すの?まぁいいわ。結論から言うと人間たちはみんな生かしているわ。そこの奥に部屋があるでしょ。みんなまとめてそこで気持ちよさそうに寝ているわ」


 そうは言われたが、俺は魔族の言うことを信用できなくリリスが指さす方へと後退りするように警戒しながら向かっていった。殺気があるわけではないがさすがに魔族相手に背中を見せるのは危うい。


 そのまま目的の場所まで後退りした後、横目でチラッと部屋の中を覗くとそこには数十人の男たちが気持ちよさそうにいびきをかいて寝ているのが確認できた。


 本当にリリスの言う通り、全員が寝ているようだ。


 だがおかしい。リリスは魔族だ。寝かすくらいなら殺してしまってこの町を支配した方が早いはずだ。なぜそうしない。それにどうやってこの王都近くまで接近することができた。


「なんで、この町を支配しないんだ?どうやって王都まで接近した?そんな顔をしているわね?いいわ教えてあげる。教えてあげるから私の晩酌に付き合いなさい!飲んでないとやってられないの」


 リリスはそう言うと自身のマナを手の形に変えカウンター奥の棚に置いてあった酒と新しいグラスを二つ取り、自身だけじゃなく俺の分の酒まで用意してくれた。


 絶対に何かおかしい。


 魔族が人に酒を準備するなんてあり得ない。俺の勝手な解釈だが魔族はこの世界を支配するために残虐非道な行動してると思っていた。これは俺をはめるための罠なのか。


 俺は警戒を強めながらもおそるおそる注いでくれたグラスを手に取ろうとした。


 するとリリスは俺の取ろうとしたグラスをサッと手に取り、自身の口に一口運んだ。


「あぁぁ、おいし〜。勇者様ならこの酒に毒がないことくらい一目でわかるでしょ。さぁ、どうぞ」


 リリスは「毒見はしたわ」とばかりに酒の入ったグラスを俺の前のテーブルに置いた。


 ーーこれって魔族と間接キスになるんじゃ…


 グラスには赤い口紅の跡がしっかりと残っていた。だが目の前にいるリリスからは殺意の一つも感じない。俺の感覚的にもこの酒には毒は盛られてなさそうだ。


 本当にリリスはここにいる人間たちを殺す気はないようだ。


 仕方ない。俺は王たちに自身で考えて魔族を倒すと宣言した。パーティメンバーがいたら即討伐ものだろうが、今はリリスの話を聞くことにしよう。


 俺は覚悟を決め、リリスの話を聞くため口紅のついている注いでくれたグラスを手に取り口へと運んだ。


 ーーおっ、この酒うまいな!!


 この後、まさかこのリリスと意気投合ことになるとは俺自身思いもしなかった。

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