第7話 聞け! これは! 料理の真髄!

「私、私、本当に彼氏のことが好きで、大好きで。……でも好きになる程自分が彼の身の丈に合わないんじゃないかと思うようになって…実際私全然ダメダメな人間なんです」


ーーでも。


「そんな私に変わらず彼氏は優しくしてくれて、待ってくれていて、歩幅を合わせてくれるんです。けどそれって、つまりはいっつも迷惑ばっかかけてるってことで…今日なんて私のせいで食堂いけなくて、ご飯なしでっ、そのっあのっ」

「ぅん。大丈夫、ちゃんと全部聞いてるから。それに急いでないよ、大丈夫」


白鳥さんは瑞希の手を取り言う。


「ゆっくりでいいよ」


と。


瑞希はそんな言葉に少し間を置いて、声を震わせた。


「ありがとう、ございます…」

「な、何で感謝されてるのかわからないけどどういたしまして! は、ハンカチいる!?」

「…いらない……」

「なら上げなーい!」


そう言いながら胸ポケットから取り出したハンカチを天井に向けて持ち上げた。

それを見た瑞希はにへらと、涙の粒を落としながら笑った。鋭利な歯は、けれどとても柔らかそうで。


「上げてるじゃないですか」


とても美しかった。


「ぉ、おおお、おいおいおいおい、なんだ天使が舞い降りたぞ」

「ぇ、ぃゃ天使なんて…そんな。彼氏にしか言われた事なかった…」

「おい彼氏、聞いてるかー!! 幸せにしろこの子ー! 可愛いぞ彼氏ー! 私によこせー!」

「ヨーダうるさーい!」

「あへ、すいやせん」


遥さんの声が家庭科調理室全体に大きく反響した。


「ごめん、聞かせて」


そして落ち着きを戻した白鳥さんはあらためて瑞希の手を握った。


「………私。私、人にこんなに尽くしてもらったの初めてで、だから、私もいつか尽くしたいって思ってるんです。彼氏に一緒にいて嬉しい人、幸せな人って思ってほしいんです」


ーーそれに。


「私今朝テレビで丁度恋人の弁当事情聞いて、ほとんどの人が一回は作ったことあるって言ってたんです」

「ふむふむ」

「でも私、まだ一度も作ったことなくて…そんなそぶりも見せてなくって…気が利かない女だって思われてると思ったら怖くて…嫌われるんじゃないのかなって、私普通じゃないから変だから…」


白鳥さんはそんな瑞希の手をギュッと握りしめる。


「助言その1! お弁当渡さないだけで恋人を嫌いになるやつとは別れてしまえ! その2! お弁当は普通作らない!」


そして強く言った。


「で、でも…グラフが…それに白鳥さんも…」

「いいかい? 私の場合は頼まれてやったのだよ。家庭科部の部長の腕をせがまれてねっ。ちゃんと1000円徴収したさ」

「そ、そうなん、ですか…」

「料理ってね、すっごい面倒くさいの。作る手間も時間もかかるし、食器を洗うのが1番苦痛。手間をかけるほど洗い物も増えるから大変なんだよね」


うんうん!

本当にそう!

どれだけ料理が上手くなっても思う!


とてもすっごく共感する!!!


「それに、カップルを観察してみたらわかると思うけど手作り弁当を作るのは初めだけ。あとはみんなめんどくさくなってしなくなる」

「……そう、なんだ…」


瑞希は少し残念そうな声を発した。

それを聞いて白鳥さんは。


「まぁ…お金をもらって作ったと言っても、もちろん愛は詰め込めるだけ詰め込んだよ。義務じゃない」


何かを察したように言葉にした。


「さっきも言ったけどめんどくさいの。めんどくさい事ってお金をもらってもしたくないわけ、料理なんて高々1000円で作りたくない」

「……でも、レストランとかは…1000円で…作ってます…」

「ちっちっち。一般市民を舐められちゃあ困るよ瑞希ちゃぁん。あれは商売、こっちは商売じゃない。客層に合わせて価値を変える必要のある商売に対して、私たちは自身の労働価値と商品価値を自分で決められる」


ーーじゃーあ。


「そうなるとね、私は自分を高尚な存在だと捉えているので自身の労働力に無限の価値をつけるのさ。つまりはプライスレスなの」


瑞希は小さく。


「プライスレス…」


おうむを返す。


「でもさ、私作ってるじゃん?」

「はい…作ってました」

「プライスレスなのに」

「はい、プライスレスなのに」

「プライスレスに野口秀雄は敵わないはずなのに、どうして私が作ったか。その大きすぎる溝を何で埋めてたか。それが私のつよーーーーい愛っ情っなのっさっ」

「おーいヨーダ髪ファッサファッサするな! こっちに飛んできたらどうする!」

「私の髪の毛はまだ丈夫ですー!」

「そういう話じゃねーよバカ! バリカンで剃りあげるぞ!」

「バァリバリバリバリぁちょ、なんで包丁持ってくるの。ねぇ遥ちゃん、ねぇ良くない。その持ち方は銃砲刀剣類所持等取締法違反してる、してるからぁあ! あのほんとごめんなさい!!!」

「………次やったら……すぞ…」


気迫が凄かった。

遠目から見る俺でもとても感じた。

あれを目の前で見た瑞希、大丈夫か…?


あぁ大丈夫そうだ、放心状態だ今。


それから暫くして瑞希の意識が戻ってくるのに合わせて呼吸を整えた白鳥さんが瑞希を見つめた。


「まぁ……だからね。もし誰かにご飯を作るってなったら、絶対どこかに相手を思う気持ちが必要なんだ。そうじゃないと嫌な気持ちでご飯を作ることになる。結果的にそれは長続きしない」

「はい…」

「私は、確かにお金をもらったけどそれはあくまで食費代で、彼氏自身それ以外にも色々尽くしたり何かくれたりしてくれてる。て言うか食費は良いって言ったのに出すってうるさかったんだよねぇ、お弁当に感激して言われるまで忘れてたみたいだけど」


ーーま、なのでですね。


「尽くしたい瑞希ちゃんと、尽くしてくれる彼氏さん。喜んでほしいと言う気持ちから愛も感じました。総評として、満点です。私が下す言葉は合格です」

「ごう…かく……?」


呆気に取られた瑞希は一瞬何を言ってるのか理解できず、ただ言葉を返した。

けれど白鳥さんが「弟子入りの」と注釈を入れると、ハッとして、疑問ではないオウムを返した。


「ごう、かく…」

「はい。そうです。合格です。おめでとうございます。あなたは私の心を掴み取ったんです」


瑞希は段々と顔を花開かせていく。


「ありがとう…ございますっ」


満開の笑顔はサンシャイン。

ついにヒマワリの次元を超えた瑞希。

自慢の彼女だ。


可愛い。


「じゃ、早速だけどーー」


俺はそうした一連の流れを見て、ちゃんと先に帰ることにした。


瑞希が何を考えていたのか察しがついたからとは言え、こう言うのはやっぱりよくない。

それに、ちゃんと瑞希のいいところを受け入れてくれる人がいた。


あんな怯えた顔をしている瑞希見たくなくて、そんな顔をさせたくなくて。

そんないろんな理由があったけど。

やっぱりちゃんと。



自分は気持ち悪い奴だなと自覚した。

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