第3話 誰にだって多面性はあります。
サークル活動を終え、大学から離れたわたし達が向かうのは、この辺りの地区で最も大きな駅。
もう既に時刻は四時。この辺りの地区は艮会のせいで十時頃からは外を出歩けないので、世界が平和だった頃で例えると今が退勤ラッシュにあたります。
流石に駅でテロなんか起こされたらたまったものではないので、高い賃金で鉄道会社に雇われた方が駅前で銃を持って見回りしています。
地区を支配している方々も駅には攻撃しない暗黙の了解があるようで......というか、艮会のような方々も駅を利用するので。
現存している鉄道はすべて私鉄になっています。国がもうほとんど機能していないような状況ですので、国の保有していた物は全て民間に買い取られました。
例に漏れず、鉄道もまあ結構高いですが、タクシーと比べれば安いです。ちなみに交通手段で最も安いのは実はバスで、バスジャックが懸念されるので誰も乗りたがらないのです。
「相変わらず空いてるね〜。」
この時間帯からこっち方面の電車に乗る人は少ないので、かなり人が少ないのです。
同じ車両に居るのは、わたしとゼロイチちゃんと、艮会と思しき刺青の人のみ。
いつ艮会に我々の悪事がバレるかヒヤヒヤです。
さて、わたし達が向かっているバ先のレストランがある、「比較的安全な地区」の話をしましょう。そのために、今更ですがまずは世界がこうなってしまった経緯の説明も。
まず、数年前に世界各地に隕石が飛来しました。で、それが有害な成分を含んでいたようで、世界中で人の住めない区域(クレーター)が発生。
それでまず治安が混乱します。
それでその後、成分の解析が進み、濃度の高いものを呼吸器に取り込まなければ死にはしないという事とエネルギー源として使える事が発覚。ここでこの成分は、ミセリナシアと名付けられます。
まあこのミセリナシアとかいう物質が本当に色々と厄介でして、本当に色々な所に応用できると。
まず燃料。燃料として完璧な物質でして、焼いた後に有害な成分は発生するもののすぐに自然消滅するため、発電などに利用すれば人類に悪影響無く使えます。
細胞の形質を見た事もないように変異させる事もでき、遺伝子組み換えの技術に転用されたりもしました。この結果見たこともないような植物が沢山産まれたという話はまた今度にでも。
これを吸うと苦しまずに死ねたりもします。
まあこんな夢のような物質は勿論各国喉から手が出る程欲しい。という訳で、今度はそれを巡って国同士が戦争を始める。
戦争の結果、最終的には世界の半分が焼け野原になりました。
わたし達の国は戦争に直接参加しなかったのでどうにか最悪の結果だけは免れましたが、わたし達の国の中にもクレーターがあったり、大気汚染の影響もあって治安はこの有様です。
国家権力は衰退し、今ではどうにか首都のみを国が総力を挙げて直接支配している状態。
で、本題に戻ります。レストランのある地域が安全な理由は3つ。
1.首都に近い。
現在、首都のみが国に直接支配されている状況ですが、首都に国の全勢力が集められている影響で、その周辺も治安がいいのです。
2.電波が繋がり、自由に使える。
他の地区では基本的に電波塔であった物はほとんど破壊されているかジャックされているかで、普通はネット回線は自由に使えません。
ネット回線が使えるような地区は、勿論土地の値段も上がる訳なので、金持ちが沢山住みます。で、金持ちはボディガードを雇います。それで強盗は他の地区を標的にするので、ここは安全な訳です。
3.地区を到着しているのが組織がマトモ。
基本的に地区は組織が統治しているものですが、その地区では絶対的権力を持ったとある方がトップに立ち、絶対王政のような形で統治しているようです。
で、その方が存外しっかりしているようで、治安がいいそうです。
王政は討伐されるものと相場が決まっていますし、いつまで続くか見物ですが。
さあ、そうこうしているうちに列車が停車しました。着いたようです。
レストランまでは徒歩5分。ほとんど危険のない道のりです。
「店長、こんばんは〜。」
「こんばんは。」
店に入ります。こんなご時世に準備中の店の鍵を閉めずに居るのは、店長が武器を集める趣味を持っているからというのが1番の要因でしょう。
武器を集めているのに使わないのは勿体ない。正当防衛で武力行使できる機会を店長は欲しているのです。恐ろしい......。
「おお、いらっしゃい。そろそろ開店時間だから......着替えておいて。」
そんな恐ろしい思考回路を持った人とは思えない、温厚そうなおじさんがキッチンから顔を出します。
わたし達は言われるがままに制服に着替えます。
すぐに開店時間が訪れます。
高級なレストランですので、決してお客様が多い訳ではありません。
お客様も比較的マトモな方ばかりで......。まあそれでも、たまに本当にダメなタイプの方もいらっしゃいます。
「あ、いらっしゃいませ。」
そろそろ今日の勤務時間も終わりに近くなってきている頃でした。
ブワァウン!!ブワァウン!!
突然犬の鳴き声が聞こえます。
世界が平和だった頃は犬の鳴き声と言えばワンワンとかバウワウとかそういう類の物だったと思うのですが、ミセリナシアを使って変異させた犬を飼うのがメジャーとなった今では、そんな可愛らしい犬はほとんど見なくなりました。
すると店のドアが開き、まだ春なのに日傘を持ってサングラスをかけた女性と二足歩行の犬が入ってきました。
「あの......」
「何かしら?」
「店内はペット同伴は禁止になっておりまして......。」
「はァ?!この子はペットじゃないわよ!二足歩行でしょ?人間とそんな変わらないわ!」
暴論すぎる。人間の定義という物を考え直す必要があるようです。
「えっと、お帰り頂けないようでしたら、こちらも武力行使を致しますが......。」
こういう人はどれだけ説得しても無駄だ、手っ取り早く武力行使という言葉を使ってお帰り頂くのがいい。
「アンタ何言ってるのよ!!理不尽だわそんなの!!」
「おやおや......うちのバイトが申し訳ありませんねぇマダム。」
その女性に帰る気が無いと理解し、私がレッグホルスターのピストルに手をかけた瞬間、店長が厨房から現れそう言います。ゼロイチちゃんも顔を出しています。
「ほんと酷いですわぁ......この子!躾がなっていない!」
ダァン。
銃声。
女性の背後の強化ガラスに弾痕がついています。
「は......え......?」
「いやいやうちのバイトが申し訳ない。あの程度の警告でもう攻撃する気だったなんて......。撃たれる覚悟も無い状態で攻撃されても......ねぇ?」
言ってる事とやってる事がおかしいですね。この人はイカれています。
「は、はァ?!?!あんたなに撃ってんのよ!」
「貴女のような高貴な方は、実際に発砲しないと武力行使される事を実感できないと思いまして。この辺りは治安も良いのでね。」
この人の言ってる事は意味が分からないと思うので通訳してやりますと、「武力行使するって言ってんだろはよ失せろババア。」というような感じでしょう。
「こちらの弾丸は着弾すると破裂、相手の身体を内側から破壊できる代物でしてね......昔は世界中で禁止されていたようですが、今となっては入手するのもそこまで困難ではありません。経験した事あります?自分の身体を中から破壊されて......」
「ま、待って、分かった、帰る、帰るから!!」
犬の手(前脚?)を引っ張って出ていく女性。
店長も本当に恐ろしい人です。
「いやぁ、他にお客さん居なかったから良かったねぇ......。」
いつもの温厚な店長に戻ります。
「わぁ〜、店長かっこいい!」
無邪気なゼロイチちゃん。この子は価値観も腐った今の世界の物になっているので、こういうバイオレンスな強さに"良さ"を感じるのです。どこかで矯正してあげないと......。
「いやぁ、1人でああいう人の対応させちゃってごめんねぇ......。何かあったら、すぐ呼んでね。」
さっきの好戦的な店長とは思えません。
閉店時間は八時半。バイトが終わったあとは賄いで夕飯を貰えます。
「いただきます」
「いただきまーす!」
ゼロイチちゃんはミセリナシアで動くのですが、食べ物を燃料にしても稼動するようです。ついでに味覚もしっかりとあるようで、食べている時間がゼロイチちゃんは好きなようです。
「ん〜!美味し〜!店長の料理大好き!」
「おう、ありがとなぁ。」
店長が嬉しそうに笑います。
ゼロイチちゃんも頬を抑え、本当に人間以上に食を楽しんでいるように見えます。
「ほら、早く食べないとお家帰るの間に合わないよ?」
ゼロイチちゃんにそう声をかけられ、初めて自分が食べる手を止めていたのに気付きました。店長とゼロイチちゃんの何気ない会話に、「平穏」を感じて、少しウットリしてしまっていたようです。
「ご馳走様!」
機械のくせに食べるのが遅く、ゼロイチちゃんは私より数分後になって食べ終わりました。
「じゃ、行こっか。お疲れ様です店長。」
「おう、お疲れ!」
2人で店を出て、もうほとんどの店がシャッターを閉じた、人気の少ない大通りを歩きます。
遠くには電波塔も見えます。
電波塔を見る度、わたしは平和だった頃のイルミネーションを思い出します。いつか、またあのイルミネーションが見れたらいいなと電波塔を見る度に思います。
もしそんな事があったとしても、そのイルミネーションに電力を供給するのはミセリナシアなんだと思うと、少しやるせない気持ちになりました。
もう一度やり直せたところで、この結末を変える事などできません。
ですがいずれ世界は変わります。
わたしだけが世界に置いていかれる事になりますが、それが全てを失ったわたしへの罰なのでしょう。
再びイルミネーションを見る日に、どんな気持ちでわたしはその様子を眺めれば良いのでしょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます