第2話 今となっては月曜日にさえ平穏を感じます。
休日が存在するという事は勿論その終わりも訪れるという事です。
そう、月曜日がやって来るのです。
わたしは別に大学もバイトも嫌いでは無いですし、「普通の生活」をするための必要条件。月曜日を疎む理由は無いのですが...。
それでも、なんとなーく月曜日と言われてしまうと、憂鬱感、倦怠感、無力感、劣等感etc......。あらゆる負の感情が胸の奥底から湧き上がってくるのを実感します。
とは言っても結局、辛いのは起きるのと朝の支度をする事だけで、それ以降はなんだかんだいつも通りの平穏な1日ですが。
今のわたしは丁度その辛い朝の支度を終え、大学に到着したところです。
ゼロイチちゃんも護身用に一応連れてきています。ゼロイチちゃんの外見は、関節と背中の刻印以外人間と殆ど同じなので、長袖長ズボンにしていれば正体はバレません。
大学......とは言っても、対面授業だとかそういう概念はもうほとんど無くなり、だいたいがリモート授業になりつつある世界です。わざわざ危険を犯してまで、ほとんど何も無い大学に訪れるのは余っ程の物好きだと思われています。
実際間違ってはいないのですが、意外と何も無い大学というのも面白いのです。わたし以外の変わり者と交流する事もできますしね。
場所によってはよろしくない組織というか団体に占拠され、アジトになってしまっている大学もあるそうですが、幸いわたしの学校はたまに爆発が起きるくらいであとは普通です。
誰もいない教室でノートパソコンを起動し、ビデオ通話でリモート授業を受ける。本当に無駄な行為ですが、わたしはどうもそういう雰囲気が無いと授業に集中できないのです。
ちなみに授業中、ゼロイチちゃんは中学生レベルの問題集を解いて待っています。
AIの癖に頭が悪いのは、戦争中に余計な感情、例えば反抗心だとかそういう物を持たないためでしょう。
数時間の末、今日の授業は終わります。
ゼロイチちゃんが問題集を解いたノートを自慢げにわたしに見せてきました。
ところどころ解法が分からず解けていないところこそあれど、計算ミスは全くなくほぼ正解。
「おぉ、すごいね......。うん。復習は怠らないようにね。」
「えへへぇ......分かった!!」
蕩けるような笑顔でゼロイチちゃんは嬉しそうに言います。かわいい。
さあ本題はここから。
今からサークル活動です。
ほとんど知り合いと対面で会うことの無いような世界ですので、対面でないと活動できないような運動系のサークルは無くなりつつあります。
わたしの所属している演劇サークルは、そんな中で何故か生き残っています。部員数はわたしの聞いた時点では総勢10名。今何人生き残っているかは知りません。
演劇サークルと別で声劇サークルがありますが、こちらはリモート、演劇サークルは対面です。
活動場所である部屋に着いたわたしとゼロイチちゃん。
部屋にはすでに2人の人が。
1人は少し華奢な丸眼鏡をかけたくせっ毛の男の人。医者の役をやるらしく。劇の衣装で白衣を着ています。彼が部長。
もう1人は綺麗な黒髪をショートカットにしているカッコイイ系の女の人。劇では不良少年の役をやるそうですが......いつもの服とあんまり変わりません。学年はわたしより1つ上ですが、留年しているそうで、歳は部長と同じだそう。
「おお、おはよ〜。」
「ん?おはよ。」
もう昼過ぎなのに挨拶がおはようなのも変な話ですが、こちらも挨拶を返します。
「おはようございます!」
ゼロイチちゃんも元気な返事。
ゼロイチちゃんはうちの生徒ではありませんが、人数不足という理由でサークルに参加させられています。
「えっと......よし!4人居ればできるね!」
部長がにこやかな笑顔でそう言います。
人数が少なかったり、何人来るかが分からないような状況ですので、数日かけて同じ脚本を練習する事が出来ません。そのため、ほぼほぼやってる事は声劇サークルと変わらないのですが。
そうしてわたしも衣装に着替え、脚本を手に取ります。
内容は、世界が平和だった頃に書かれた日常もの。わざわざこんな脚本を選ぶなんて。先輩も、部長も、わたしも、こういう平和な頃の日常に戻りたいのかもしれません。まあ、そうでなかったら来る必要の無い大学なんかに来ませんが。
学校に来て学ぶ、そんな当たり前だった日常のサイクルさえ無くなってしまうのが苦しいのでしょう。
真っ当な考えですが、愚かな考えです。
「貴方の事が......ずっと前から好きだったのです。」
ゼロイチちゃんが下手な演技でそう言います。世界が平穏だった頃の日常をゼロイチちゃんは知らないので、再現してやる事もできないのでしょう。
「ああ......信じられない。私も、貴方が好きだ。大好きだ。」
部長が感情を込めてそう言います。
心の底から、本当にそうであるように。
何故かその瞬間、心が痛む感覚がありました。
脚本を読み終わり、反省会が始まります。
内容は他愛も無い、ただの反省会。何も面白い事なんてありません。
それなのに、わたしも、先輩も、この時間が一番楽しんでいるように見えるのです。ゼロイチちゃんはそうは見えませんが。
わたしが演劇サークルに入ったのは幾つか訳があります。
まず、演劇に興味があったから。平和だった頃の追体験という観点では、わたしにとって演劇というものは魅力的でした。
次に、実際に対面で行う部活、という事。
最後に......これが一番の理由で、他の理由は自分への言い訳に過ぎないかもしれないのですが、わたしは先輩に一目惚れしてしまったのです。
人のほとんど居ない構内で、わたしを演劇に誘ってくれた先輩。本当に恋に落ちる瞬間というのはあるのでしょう。腑抜けたように笑う先輩の表情が、頭から抜けなくなってしまったのです。
そうしているうち活動の終了時刻がやってきました。
「それじゃ、さよなら〜。」
「うん、さよなら。」
「さようなら。」
「さようなら!」
大学を出ると、各々別の方へ歩いて行きます。
一緒に帰りたい気持ちもまああるのですが、わたしはバイトに行かねばならないのです。
上機嫌なゼロイチちゃんを連れ、わたしは駅へと向かいます。
わたしは眠りに落ち、全てが終わるまでの旅を始めます。
何度も何度も日曜日がやって来て終わり、月曜日がやって来てそれも過ぎ去って行きます。
そんなたり前のサイクルでさえ変わって行く頃を目指し、わたしは旅を続けるのでしょう。
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