怠重計

小狸

短編

 また太った。


 体重計には乗っていない。


 ただ、服の伸びの感覚と、マスクのゴムの伸びで分かるのである。


 太ったのだ、と。


 思って、私はショックを受けた。


 特に顔が太ったのが嫌だ。


 どうして太ってしまうのだろう。


 いや、原因は食生活と運動不足と決まっている。


 そしてその根幹は――責任転嫁は本当はしたくないけれど、親である。


 母の、ある言葉だ。


 私はその言葉を、生涯忘れることができない。


「顔の醜い人は、心も醜いんだよ」


 当時、いくらスキンケアしてもニキビができてしまっていて、悩んでいた中学校の頃だった。母は美意識だけは高かった。それ以外には興味がないというような人で、確かに容姿は端麗だった。


 ならば食べなければ良いと、学生時代一人暮らしになった時は、激痩せしたものだった。あの時はあの時で、皆が「痩せている」と言ってくれて嬉しかったけれど、どこか常にハイになっているような心地だった。今と比較するとガリガリなので、私の学生時代を知っている人がいたら、どうか比較してみて欲しい。きっと驚嘆する。


 顔が醜い私は、心も醜い。


 その言葉は、呪いとなって、私の中に残っている。


 それを言われてから、私は自分の容姿を諦めた。


 時代は効率化と多様性を謳っているけれど、根幹のルッキズム、容姿容貌の差別は未だ根絶の様子を見せない。


 ブスはいつだって迫害される、デブに人権はないと言われる、ハゲは気持ち悪いと称される。


 よくネットで「食生活を改善しよう」だの「生活習慣を本気で変えたら変わることができた!」という人がいるけれど、なかなかどうしてそれは、恵まれた側の人なのである。元々自分の容姿に自信があり、改善することによって何かが変わると理解している――持っている側の答えなのである。


 初めから持っていない、醜い私には、変わったとて痩せた醜い女が出来上がるだけなのだ。


 それで何か幸せになれるとは、到底思えない。


 生まれ変わっても、多分私は醜悪に産まれる。


 どうせもう全部駄目なのだ――もういいじゃないか。


 早く死んでしまいたいという気持ちを抑圧するために。


 私は今日も、嘔吐するまで過食する。




(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

怠重計 小狸 @segen_gen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ