セピア色の殺人
悪本不真面目(アクモトフマジメ)
第1話
私はいつものように平静にしていた。カランコロンカラン。お客さんがやって来た。確か彼は以前ここに一度来たお客さんだ。顎鬚がワイルドさというよりかはうさん臭さを感じさせる、三十代前後の男。私のブレンドコーヒーを三杯も飲んでくれたので印象に残っている。セピア色ではなく、ビビットにはっきりと残っている。お客さんはカウンターに座り私の方をじっと見る。私はやましいことがあるせいか、いつものように平静にいるもが難しそうになった。私はお客さんにメニューを渡そうとすると断られた。その思いがけない反応に動揺しそうになったが、私はなんとか落ち着きを取り戻す。
「これは余計なことを申し訳ありませんでした。」
「ブレンドのコーヒーをお願いします。」
「かしこまりました。」
私はただ、いつものようにコーヒーを淹れればいいだけだった。しかし、お客さんはその必要な沈黙を他愛もない話で破ってくる。
「僕は好きですね。この時間。」
「コーヒーを待つ時間ですか?」
この店には今、私と彼だけ。私は彼の話にいつものようにコーヒーを淹れながら入っていく。
「そうです。最近は倍速視聴とかしている人が多いですが、そんなに急いでどこへ行こうとしてるんですかね?こういう待つ時間、この時間を楽しめる余裕が欠けているとは思いませんか?」
「私もそう思います。」
だったら大人しく黙って待ってくれればいいものをとつい思ってしまった。ただ、今のところは普通の他愛もない話で違和感などはない、心配する必要がなかった。
「ちょっと暑いですね。」
そう言うと、お客さんはネクタイをゆるめ始めた。私にはまるでその行動には意味があり必要な儀式のように見えた。
「僕はコーヒーって香りや味も好きなんですが、色も好きなんですよ。」
「『色』ですか、私のコーヒーもいい色してますよ。」
私は敢えて自分のコーヒーの発色の良さを彼に教えた。ただそれが何色とは言わなかった。言いたくもなかった。
「なんて言うんですかね、こう心にくる色と言いますか。」
「そうですね、落ち着いたブラウンですね。」
私はこの「色」の話に夢中になってしまい、コーヒーを淹れる作業に油断が生じたような気がした。ただでさえ手に馴染んでない使ってまもないケトルだというのにだ。とにかくお湯を注いだが、温度が少し高かったかもしれない。
「ブラウンですか、と言うよりも、えーと、あれ何て言うんでしたっけ?スマホのカメラでもそういう風に加工できる・・・・・・。」
あまりにもワザとらしくはないだろうか。彼は私にその色を言わせたいようだ。しかし、このままこの話を焦らされては、私の自慢のコーヒーがマズくなってしまう。
「えーと、セピア色ですか?」
「そうそうそれだ!」
彼は片目をつぶり指をパチーンと鳴らし、芝居じみた行動を私に見せつける。
「セピア色で思い出しましたが、確かセピア色でみんなの思い出に残る素敵な絵を描く画家をマスターは知ってますか?」
「噂程度には・・・・・・。」
知らないというよりはマシだろうと思ったが、どちらにせよ嘘ではある。お湯を入れるタイミングがいつもよりズレた気がした。私は最後のお湯を注ぎ切った。
何故か彼は喋らなくなった。ポタポタとコーヒーの垂れる音が私の耳にいつも以上に聞こえてくる。そろそろいいかなと思ったところを狙っていたように彼は話始めた。
「でも、その画家最近亡くなったんですよ。」
「それは残念ですね。」
私は彼が何を言うか分かってたように、食い気味でそう答えた。彼はたんたんとその画家が殺された話をする。
「しかも、自室のアトリエで撲殺されてたんですよ。」
ポタポタとコーヒーが垂れている。私は黙って彼の話を聞いていた。
「それにアトリエは荒らされていて、警察は強盗の仕業だと思ったそうです。」
ポタポタとコーヒーが垂れている。私は黙って彼の話を聞いていた。
「だけど不思議なのは、何故か彼が描いていた女性の絵はイーゼルに飾られたようなんです。」
ポタポタとコーヒーが垂れている。私は黙って彼の話を聞いていた。
「いつものようにセピア色で綺麗でした、どこか芳醇な香りを感じさせる色ですよ。」
ポタポタとコーヒーが垂れている。私は何か言いたかったが、思いつかなかった。
「あ、コーヒーまだですか?」
「え、あ!はい失礼しました。」
私はどれくらいコーヒーを置き去りにしていたんだろう。落ち切りが三分以上経っていると、雑味が生じてしまい私のコーヒーではなくなってしまう。とにかく私は彼にコーヒーを出した。そして彼はコーヒーを飲んで首をかしげる。
「あれ?前より雑味や苦味も強く、お湯の温度が高かったんですかね?そういえば以前使ってたケトルと違いましたよね?そういうのもあったんですかね?」
分かっていただろうにと私は思った。以前みたく彼は私のコーヒーを褒めないと思っていたら、急に褒めだした。
「でも色はいいですよね~セピア色で。」
「それは、恐縮です。」
早く言えばいいじゃないか、あのアトリエはまるで犯行現場がここであるように偽装されていて、本当は違う場所、つまりはここがそうだということを。そして凶器は以前使っていたケトルで、私がアイツを撲殺したと、そう言えばいいじゃないか。そしてその拍子に彼が持って来た絵に私のコーヒーのシミが付いてしまった。その時、私のオリジナルブレンドとバレるとマズイという早とちりと、このままコーヒーでこの絵を塗ればこの殺害時刻には、アイツは色を塗り続けていたというアリバイ作りが出来るのではと思った。とにかく彼の家政婦が様子をうかがうのが朝九時で、私の店がオープンするのが朝六時、その間に犯行が行われたと思われればアリバイ証明が出来る。この時、夜の七時で大体十時間くらいかけると言っていたから、朝五時に終わって、車で十五分だから、往復三十分。幸いアイツが来ることを分かっていたから、いつになるか分からなかったので、もう朝の準備もそれなりには出来ていた。だからただ色を、私の自慢のコーヒーで塗ればよかった。筆は彼の私物を使った。しかし、絵を描くのは久しぶりで不安な要素はもちろんあったが、いつものように平静でいれば大丈夫だろうと思った。彼の絵は私はたくさん見てきたんだ。そう、この絵の彼女と共に・・・・・・。
「あ、でも家政婦さん曰く、生きている様子を最後に見たのは夕方の六時頃だそうです。その後、お出かけの予定があって、戻るのは夜九時頃と言ってたそうなのでそこから色を塗ることを考えると、朝の七時ぐらいになりますね。だとすると家政婦さんが発見する朝九時なのでその間の二時間の犯行ということになりますね。この店って朝六時オープンでしたよね?」
「ええそうですが・・・・・・。」
彼は一体何を言いたいのか、アリバイのトリックには気が付いているはずなのに、何故言わないのだろうか?この奇妙さは雑味の多いコーヒーを飲んだときよりも私にとって不快だった。
彼は画家の日記を取り出した。アイツがそんなものを書いていたのを私は知らなかった。知ったところでどうこうなるとも思えない。彼はアイツの日記を抜粋して私に向かって音読しだした。
「私は親友の恋人を好きになった。いや昔から好きだった。この思いは今も変わらずセピア色に君の笑顔がまぶしい。」
「彼女がモデルになってくれた、美しい。彼と結婚すると言って幸せそうだった。私はあきらめたくなかった。彼女にプロポーズをしてみた。言い寄った。彼女は次第に泣き出した。そして部屋を出た。こんなはずではなかった。」
「彼女は運転のミスで亡くなった。私のせいだ、あの後気を動転させたから、私はそのことを親友に話した。親友は『許さないけど仕方がない』と言ってくれた。」
「彼女の絵を描こうと思う、ただそれは思い出とかではなく、現実を受け入れるためにくっきりと、セピア色ではなく明るい鮮やかな、彼女がここにいたという確かな色を塗ろう。その前に彼に何色を塗るべきか、聞いておこうと思った。そうしないといけない気がする。今度彼に聞きに行こう。怖いけど、必要だ。」
彼は帰った。私の淹れたマズイコーヒーは最後まで飲んでくれた。私はコーヒーを自分のために淹れた。いつものように平静にして、ゆっくりと時が流れるのを噛みしめながら。私は彼女をセピア色に閉じ込めてしまった。色か、赤が似合うだろうな。でも青も捨てがたい、個人的にはピンクな彼女もいいと思う。コーヒーが出来た。いつものコーヒーの味でホットした。その後私はいつものように平静に警察へ向かった。
セピア色の殺人 悪本不真面目(アクモトフマジメ) @saikindou0615
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