第93話 アベコベな世界にようこそさせられても困るのはきっと俺だけではない。



 

 何もかもが狂っている。

 地面を魚の骨が泳ぎ、それを海の上にあるブロッコリーの森から来た犬が食べる。そうすると魚の骨に少しずつ身がついていく。この光景を見てカオスと思わない方がおかしいだろう。

 ……あれ、食べるって一体なんだっけ。

 これが普通なのか? 思わずそんな気がしてしまう。


「……っあ」


 羽澄さんの今日三回目の気絶である。

 一回目は記憶が消えるときたったぽくて、ついさっきこの光景を見て意識を失って、それから二時間後また同じことになっている。

 分かるけどね?

 

 とにかくこの地域は何もかもがおかしくなってる事がわかった。

 他に分かったことがあるとすれば、淡水に触れると燃えるっぽいってことだけだろう。

 実に分かりにくいと思うが、事実今さっき灰が燃えて木になったり、草になったりした。

 マジで頭がバグる。燃えるってなんだっけ?

 多分あの狼もニャンとか言って鳴きそうだしな。


「ほら見よ、あれが魔王城じゃ」


「えっと……あ、あれがぁ? え?」


 どう見てもケーキの城だよね?

 あれは全然魔王城じゃなくないか? 要素すらない。

 城って部分で共通してるだけだし。


「まあここの魔王は頭こそおかしいがそこまで人には敵対的ではないからのう……むしろ中立の立場にいるはずじゃよ」


「えっと……これの影響を受けてあべこべに?」


「いや、単純に我の身体は老化が遅いってだけじゃが?」


「そうなんだよ! おじいちゃん俺より若見え何だよ!」


 流石にそれで声がおじいさんなのは説明になってないだろ。それとあなたが老人の見た目で他が子供なのはなぜ?

 中身入れ替わってないか?


「それはない。種族的な違いの宿命ってやつじゃ」


「ちなみに何歳……」


「わしか? 十万年経ってからはもう数えとらんな。孫のレイじゃったら二万歳じゃぞ。よくショタジジイって言われるのう」


 どっちもおじいさんじゃん。

 それにしてもショタジジイでどこに需要あるんだよ。

 てか誰が考えたんだろ?

 新しいジャンルか何かですか?


「……おじいちゃんにって言ったの誰? 俺絶対にそいつ殺す」


 ……コイツおじいちゃんに執着し過ぎじゃないか?

 それに行き過ぎた執着持ってたとしても殺すまでやるか?

 やらないよな。

 精神年齢が若いからかな。

 見た目からしてどう見ても老人だからアウトだろうけど。

 てか精神年齢低くてもそもそもアウトじゃん。

 

「それは確かにそうかも……」


 うん、誰?


「やっほー! 急に送還されたからびっくりしちゃったよ」


 うん! これは夢だな。

 もしくは何かがアベコベに……


「違うよ! もう……まあ良いけど。そうだ! ねぇ提案何だけどさぁ、ココは僕に転移を任せてみない? 僕が世界移動してきたところが丁度目的地から1キロくらいの場所だからかなり時短になりそうじゃないかな」


「頼む。あとゴメンだけどできるだけ速やかに頼む」


「了解! それにしてもすごい即答だったね」


 この子の自慢聞いてられなかったからな。

 別に一回聞くのはまだ聞きたくないには聞きたくないけどまあ許容できない訳では無い。

 ただ、何度も同じ話を聞かされるのは苦痛だ。

 特に俺は通知で何度も同じことを聞くのがまあ慣れてきてはいるけどそれでもトラウマになっているため、


[あーそういうこと。それは大変だったねー]


 人ごとみたいに言うけどさ……


[だって人ごとだもん。僕は別に関係ないし]


 あー確かにそうだな。

 でも少しは気にしてくれても良いんじゃないか?


[だからそれを考えての提案だよ。ね?]


 それはその……ありがと。

 そこまで考えてくれてるとは思ってもなかった。


[照れてる?]


 いや、それは無い。


[そう断言されると傷つくんだけど。まあいいやそれで準備は良い?]


 ちょっと待って。


「あの……転移で行った方が速くないですか? 俺転移できる精霊と契約しているのでそれで行きませんか?」


「精霊……だと!? ワシ精霊苦手……」


「俺、精霊見てみたい! だめ、おじいちゃん?」

 

「うむ……仕方ない。他でもない可愛い可愛い孫の頼みじゃからな。聞かない方がおかしいわい」


 ふぅ……このおじいさんが孫にLOVEで優しいおじいちゃんしててくれて助かった……

 もしここまでぶっ飛んだおじいちゃんじゃなくて、孫に厳しいおじいちゃんだったら結局まだ時間はかかっただろう。

 よし、取り合えず了承は得たし、羽澄さんは……まあ大丈夫か。


 じゃあ頼む、フィー。


[了解。じゃあやるね?]


 魔法陣が上空に広がっていく。

 その瞬間、羽澄さんが目を覚ました。

 あ、これってまた気絶するやつ……


「……っあ」


 やっぱりか。

 まああのあべこべな光景をもう見なくて良いってだけで許して欲しい。

 取り合えずこれで変な光景は見なくて済む……


「よーし! 行っくよぉ!『風の揺籠』」


 揺り籠みたいな形状のものが俺達を取り囲む。

 その次の瞬間には周りの雰囲気は一変していた。

 一変していたのだが……これは一体?

 もしやこの辺りもバグってるの?

 気色が悪いな。こんなところに自分の武器を預けた前世の羽澄さんのセンスすら疑ってしまいそうになる。

 取り合えず、あと1キロだし頑張って歩くか。川沿いだしすぐに着くだろ。


[そうだね~〜気長に歩こう! って地面歩けなくない?]


「確かに……じゃあ浮けば良いか」


[それが一番良さそうだと僕も思うよ]


 十二分後。

 遥々やって来てあと一、二分で着けそうなところに来たはずなのに……

 って断崖絶壁かよ。まあ多分飛べばいいけどね。

 もしくは跳べば良い。

 そもそも今さっきまで液体の地面を浮いて移動してきたわけだしな。

 それはそうと、竜の巣って高さどのくらいにあるんだ?


[標高五万五千メートル付近に存在します。]


 うげ、遠すぎるんだが。

 面倒だけど頑張るしかないか。

 はあー疲れる。

 本当にヤバい。

 待っている間にも周りのあべこべの様子が目に入ってきて本当に辛いし苦しいけど。


 もう何もかもがあべこべだ。

 このままずっとあべこべな世界に閉じ込められそうな気がしてきた。

 それどころか感覚すらバグりそうである。

 

 こんな狂った場所に連れてこないで欲しかったな……はぁ……まあ今更過ぎるけどね。

 それでも遅くても帰れるまであと数十分だろうし、それぐらいだったら待とう。

 俺は羽澄さんがまた気絶しないかを気にしながら、この理不尽ゲームがいち早く終わることを心から願い、羽澄さんを抱えながら遥か上空まで上昇するのだった。

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