異世界転生したら、彼女がおっさんに転生してた

サクライアキラ

第1話

 今エリカと一緒に俺の部屋でご飯を食べている。エリカと言うのは29年ちょっと生きてきた中で初彼女だ。そして、もう彼女ではなく、さらにランクアップし、婚約者になった。そして、間もなく妻となる。


 モテない人生に嫌気が差して、ネットの転生ものの小説にハマっていたというのもあって、一時期真面目に異世界転生しないかと強く願っていた。ただ、そろそろ現実に向き合わおうと思っていた矢先、マッチングアプリでエリカと出会った。アイドルや芸能人ほどなわけはないが、それでも俺にはもったいないくらいのクールビューティー系の美人で話も合う。とんとん拍子に話が進み、付き合って半年を迎える来月、籍を入れて一緒に住むつもりだ。


「ねえ、外見てよ」


 少しはしゃぎ気味でエリカがそう言うので、窓の方を見ると、虹が出ていた。外側から、赤、橙、黄、緑、水色、青、紫の虹色がきれいに見えた。


「すごいきれいな虹だね」


 普段「だね」なんて言うことはまずないが、部屋でエリカと二人でいるという雰囲気だけでつい言ってしまう。


「虹色って、日本と海外じゃ違うらしいよ」


 エリカは言った。


「どういうこと?」


 エリカはうんちく的なものを言ってくれるが、いつも大体知っているものだ。そして、知らない振りしてエリカに聞くとうれしそうに話してくれる。俺はそういうエリカが好きだった。でも、今日の虹の話は知らなかった。


「なんかね、日本だけらしいよ。世界では虹の色って結構違うんだって。確かアメリカは6色で、ドイツは5色で。なんか全然違うんだって」


「へー、それって気候的に見える色が違うのかな」


「なんかね、違うらしいよ。気候とかでも違うのかもしれないんだけど、色に関する見方が違うらしいんだよね」


 色に関する見方って何だろう。と思ったけど、そんな哲学的な話をしても盛り下がるだけだろう。「そうなんだ、全然知らなかった」とだけ答えておいた。


「同じものなのに違うものが見えてるって何か面白いよね」


 そこまで面白かったわけじゃないが、エリカがふふって笑うので、俺もつられて笑う。俺はそんなエリカの笑顔も好きだ。


 エリカとこうして他愛もない話をしていると、とても愛おしくなる。


 結婚間近だが、実はまだ彼女と一緒に夜を過ごしたことがない。ただ、今日はチャンスかもしれない。


 そう思っていると、不意にエリカはソファに寝転がり手招きする。もしかすると、これはチャンスなのかもしれないと思い、俺は彼女のところに行く。そして、そのまま……、甘い甘い……。……、エリカの……。……。



 昨日のことは何も覚えていない。ただ、まるで夢みたいなことが現実に起きたのだと思う。何というか、温かい気持ちになった、気がする。とにかく何も覚えていないが、覚えている記憶の最後を考えると、おそらくこれは朝チュンと呼ばれる現象だ。多分俺は致してしまった。もうすぐ魔法使いになれそうだったが、それはもういい。どうせそんなものは幻想だ。そんなことよりも、もっと重要な経験をできた。ネットの話でしかないが、それをする前とした後では、世界が変わって見えるらしい。本当にそうなんだろうか。そう考えると、なかなか目を開けるのもドキドキする。ただ、起きたときに彼女が横にいる幸せも噛みしめたい。


 俺は目を開けた。

 すると、世界は大きく変わっていた。


「どうなってんだよ」


 周りがごつごつした岩に囲まれた場所だった。実際にこれまで来たことがないから、絶対にそうだとも言い切れないが、アニメなどでよく見るような洞窟の中にいるうようだった。


 少し寒さを感じて、自分の服を見ると、それは部屋着でもパジャマでもなかった。それは2.5次元ミュージカルで登場するイケメンキャラが着ているような戦士の服だった。


 この時点で俺は気づいた。気づいたというより、もはやこれしか考えられない。



 俺は異世界転生してしまったのだと。

 


 理由は全くもって不明だ。そもそも異世界転生なんて突飛なことに理由なんて求めること自体が間違っている。地球に生まれた理由を問うこととほとんど変わらないだろう。ただ、かつて異世界転生したいと願ったことを今叶えてくれたのかもしれない。ただ神様、今じゃないだろ。


「おはよ、あれ……」


 近くから声が聞こえた。どうやらこの洞窟の中は一人じゃないらしい。


 声のする方を見ると、姫っぽいドレスを着ている人が横たわっていた。


「ジュン君……?」


 そう言って、その人はこっちに来る。もしかして、この人は俺のこと知ってるのか……?


「なんで知ってるんですか?」


 異世界転生系でよくある謎のかわいい女の子の相棒か?だとしたら色々間違っているが。


「なんで敬語?てか、ここどこ?」


 馴れ馴れしい。そういうタイプのキャラっているよね。でも、色々違う。


「えっと、誰ですか?」


「え?もしかして記憶失っちゃった?」


 このパターンか。俺が転生するまでは、いわば別の魂が生きていて、日常を過ごしていたパターンか。だとすると、その魂には申し訳ないことをした。


「全然覚えてなくて、すみません。お名前は?」


「嘘でしょ……。エリカです」


 !!!


「……、今エリカって言いました?」


「うん。もしかして、思い出した?」


 思い出すも何も、そんな記憶はない。エリカという名前は当然覚えている。ただ、この人は知らない。エリカという名前の別の人か……。いや、それもないか。


「やっぱりジュン君、私のこと覚えてるよね?」


 そんなわけない……。そんなわけはないんだ。


「昨日一緒に虹見たじゃん」


 やっぱりそうなのか、そうなのだろうか。


「どうしてわかんないの?」


 言っていることから考えても、多分この人はエリカなのだろう。頭ではそう理解していても、どうしても受け入れられない。



 なぜなら、この人は正真正銘のおっさんだったからだ。



 姫っぽい赤いドレスを着て、エリカと名乗ってはいるが、頭髪は少々薄く、脂ぎっていて、おっさんの中のおっさんだった。


 もし、転生前の元の世界でこの格好で歩いていたら一瞬で通報されているだろうし、誰もしないなら俺が確実に通報する。


 現代にいれば、イタイ、と言ってしまうようなコスプレのおっさん、それに女口調のおっさん。もし異世界転生してることに気付いていなければ、頭のおかしいおっさんとスルーできたのだが、異世界転生している中で、導き出される答えは一つだった。


 エリカはおっさんとして転生したのだった。


 本人は気付いていないのだろうか。声も違うわけで、気付きそうなものだが。でも、気付いているなら、もっとおっさんになったことにショックを受けるなり、自虐するなり何かしらあるだろう。こんなに普通にいられるということは気付いていないに違いない。


 これは気づかせるべきかどうか、どうも悩ましい。いずれ気付くのだから、言うべきか。でも、本人が気付いていないなら、そのままにしておいてもいいかもしれない。そもそもこの異世界でのルールもまだわかっていないので、意外に気付かなくてもどうにかできる方法があるのかもしれない。


 とりあえず、おっさんになってることを言わないことにする。


「ごめん、気が動転してた。エリカか」


「そうだよ。良かった、思い出してくれて」


 ごめん、まだ気が動転してる。いつもみたいに俺の好きな笑顔を見せてくれたんだろうが、今は全く惹かれない。なぜなら、姫にコスプレしたおっさんの笑顔だからだ。でも、おっさんだっていう反応を出してしまうと、おっさんになったことをエリカに気付かれてしまう。


「ねえ、ここどこなの?」


「わからない。けど、異世界転生したんだと思う」


 異世界転生を夢見てた時、もし異世界転生したらどんなことを話すだろうとシミュレーションしていたときに、何回か口に出して言ってみたセリフだった。まさか本当に人前で言うことになるとは思わなかった。


 当然ドン引きされる。本来のエリカから白い目で見られるとある意味ご褒美みたいに感じるのだろうが、コスプレおっさんの白い目はただただきついだけだ。


「異世界転生って、嘘でしょ」


「ほら、服だって」


「本当だ」


 エリカは自分の服を見て、ちょっとうれしそうな表情になった。


「お姫様みたいな服着てるじゃん、私」


 エリカ、少しうれしそうに回ってみたりする。


「どう?」


 そう聞かれると、「かわいい」と答えるしかない。姫コスプレおっさんにかわいいって心から言わなければいけないのは精神的に来るものがある。


「なんか顔ひきつってるけど、大丈夫?」


 うまく隠せていなかったらしい。


「あっ、ちょっと寒かっただけ」


「ああ、確かに。でも、異世界って何?あり得ないんだけど」


 うまくごまかせたらしい。ただ、ものすごくバカにしたように笑われるのは少しイラっとくる。これも姫コスプレおっさんじゃなければ許せていたのだろうか。もしかすると、これまで見かけに騙されていたのかもしれない。


「でも、そうとしか説明できないんだよな」


「いやいや、ないでしょ」


 そんなこと言いながら、エリカがもじもじし出した。


「でも寒いよね。私ちょっとトイレ行きたいんだけど。トイレどこかな?」


 少なくともこの洞窟の中にトイレはないだろう。現代の観光名所じゃあるまいし、普通こんな自然物の中にトイレとかいう人工物なんてあるわけがない。ただ、それ以上にまずいことがある。トイレに行かれると間違いなくバレる。もしかすると、見かけがおっさんなだけで体は女な可能性もなくもないか。いや、現実逃避は良くない。こんなおっさんで付いてないってことはあり得ない。これはトイレに行かせてはいけない。何とか、トイレに行かせない方法を考えるしかない。


「トイレ見つかるまで我慢した方が良いと思う」


「いや、無理無理」


 そう言って、エリカは歩き出して、トイレポイントを探している。


 一応俺はエリカの後ろをついていく。


「ここなら大丈夫そうかな」


 エリカは、洞窟の奥に水が流れる小川を発見した。


「川にトイレしたら環境破壊とか言われるよ」


「そんなこと言ってももう無理だし」


 エリカの顔は我慢で顔が赤くなっていた。隠すのもエリカの膀胱ももう限界か。


 さすがに、トイレの時に気付くよりは事前に知っていた方が良いはずだ。


「あのさ、エリカ、落ち着いて聞いてほしいんだけど……」


「絶対こっち見ないでね」


 もう話を聞くどころじゃないらしい。エリカは強引に俺を後ろに向かせた。


 エリカは意図せず、最悪の方法で自分がおっさんだと気付くことになるらしい。


 衣擦れの音が微かにする。そして、案の定だった。



「ギャーーーーーーーーーーーーーー」


 おっさんの悲鳴とともに、水が跳ね返る音が聞こえた。




 虹色は日本と海外で違うと言っていたが、異世界と現実でエリカが違うのも同じようなものだろうか。ただ、虹がどこで見てもきれいなように、おっさんのエリカにも何となく愛おしさを感じてしまった。

 俺はこのおっさんエリカとともに、異世界を生きていこうと決意した。

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