今日も藤巻刑事は新人を育てる その五

久坂裕介

出題編

 刑事課けいじかの自分のデスクで奥野おくのは、考えていた。

「うーん、どうしてなんだろう……」


 するととなりの席に着いた藤巻ふじまき刑事が、聞いた。

「どうしました? 何を考え込んでいるんですか?」


 奥野は、答えた。

「えーと。今、色について考えているんですよ」

「色、ですか?」

「はい。青酸せいさんカリって、あるじゃないですか。でも色は、青色じゃないですよね。白い粉末ふんまつですよね。どうしてかなあと、思って」


 藤巻刑事は、うなづいた。

「なるほど。疑問を持つことは、いいことです。『どうしてだろう?』という疑問が、事件を解決する場合もありますから」

「はい。で、藤巻刑事は知っているんですか。どうして白い粉末なのに、青酸カリと呼ばれているのか?」


 藤巻刑事は、説明した。おそらくですが。青酸カリは、シアン化カリウムとも呼ばれます。シアンとはギリシャ語で青という意味の、cyanoシアノという言葉に由来ゆらいします。だからシアン化カリウムとも呼ばれる青酸カリにも、青という言葉が使われたと思います。


 奥野は、頷いた。

「なるほど~」


 すると藤巻刑事は自分のデスクの、ノートパソコンを操作した。

「そういえば令和れいわ元年がんねんに青酸カリが使われた、こんな事件がありました」


 藤巻刑事はノートパソコンに表示された、捜査そうさファイルを見ながら話し出した。令和元年、白鳥しらとり隆道たかみち氏が市川いちかわ萌美もえみさんとの、結婚披露宴けっこんひろうえんを行いました。


 奥野は白鳥という名字みょうじに、興味きょうみを持った。

「白鳥ってあの、多くの大企業だいきぎょうを持つ、白鳥グループの白鳥ですか?」

「はい、そうです。隆道氏は白鳥グループの、御曹司おんぞうしでした」

「なるほど。それじゃ萌美さんは、たま輿こしに乗るって、やつですね」


 藤巻刑事は、首をった。

「でも本人にとっては、そうではなかったようです」

「どうしてですか?」


 そして藤巻刑事は、説明した。萌美さんには当時、山田やまだ正悟しょうごさんという幼馴染おさななじみ婚約者こんやくしゃがいました。でも隆道氏は無理むりやり萌美さんと、結婚することにしたそうです。


 奥野は、聞いた。

「え? 無理やりって、どんな手を使って?」

「はい。白鳥グループ企業の下請したうけ会社の社長の一人娘が、萌美さんでした。なので道隆氏は萌美さんが自分と結婚しなければ、白鳥グループ企業と萌美さんの父が経営けいえいする会社との取引とりひきめさせる、と圧力あつりょくをかけたそうです」


 奥野は、しぶい顔をした。

「へー。令和元年にそんな昭和しょうわみたいな、そんな古臭ふるくさいことがあったんですか。で、どういう事件が起きたんですか?」


 藤巻刑事は、説明を続けた。事件は、隆道氏と萌美さんの結婚披露宴の最中さいちゅうに起きました。萌美さんが突然、くなったんです。死因しいんは青酸カリが入った飲み物を、飲んだからでした。鑑識官かんしきかんの調べで萌美さんの飲み物から、青酸カリが検出けんしゅつされました。


 奥野は、渋い顔をしながら聞いた。

「そりゃあ、結婚披露宴どころじゃ、なくなりますね」

「はい。警察は当然、萌美さんの遺体いたいを調べました。でも青酸カリは、見つかりませんでした。そこで隆道氏、更に結婚披露宴に参加していた政官財せいかんざいの大物も、身体検査しんたいけんさをされました。でもやはり青酸カリは、見つかりませんでした」


 奥野は、腕組うでぐみをして考え込んだ。

「うーん……。萌美さんの遺体から青酸カリが見つからなかったということは、自殺ではない。でも隆道氏を含めた参加者も、青酸カリを飲ませた犯人ではない。うーん、これは一体……」


 すると藤巻刑事は、告げた。

「はい、なので結婚披露宴に参加していた萌美さんの幼馴染の、正悟さんが疑われました」


 奥野は、驚いた。

「え? その結婚披露宴に、正悟さんも参加していたんですか?」


 藤巻刑事は、説明した。正悟さんを呼んだのは、隆道氏でした。何をするか分からないという理由で、披露宴の会場で警備員けいびいんに身体検査をさせてはじをかかせる。そして自分の妻になる萌美さんをあえて見せる、という二つの理由があったようです。


 奥野は再び、渋い顔をした。

「うわー、いやなやつですね、隆道って。でもそれじゃあ、正悟さんが萌美さんの飲み物に青酸カリを入れたってことですか?」

「いえ。結婚披露宴に参加していた人の話によると、正悟さんが萌美さんに近づいたのは挨拶あいさつをした一度だけです。しかもあやしい動きは、していなかったそうです。ただ……」


 奥野は、興味深きょうみぶかそうに聞いた。

「ただ?」


 藤巻刑事は、説明を続けた。ただ正悟さんが萌美さんに挨拶にきた時、萌美さんはますくらいの大きさの小箱こばこを正悟さんに手渡てわたしたそうです。『あなたからもらったモノを、すべてお返しします』と言って。


 奥野は、納得したようだ。

「なるほど、確かにあやしい行動ではありませんね。で、正悟さんは、それからどうしたんですか?」

「結婚披露宴の参加者の話だと、正悟さんはそれからすぐに帰ったそうです。でも……」


 奥野は、再び興味深そうに聞いた。

「でも?」


 藤巻刑事は、説明した。結婚披露宴会場で萌美さんが亡くなったので、正悟さんが住んでいたアパートも警察によって調べられました。すると正悟さんも、青酸カリが原因げんいんで亡くなっていました。自殺と判断はんだんされました。


 部屋には青酸カリが入った、小瓶こびんがありました。小瓶からは、二つの指紋しもんが検出されました。正悟さんと萌美さんのものでした。更に桝くらいの大きさの小箱があって、指輪とネックレスだけが入っていました。


 奥野は腕組みをしながら、更に考え込んだ。

「うーん。そうすると正悟さんが、怪しいですね。萌美さんに青酸カリを飲ませたのも、正悟さんかも知れません。青酸カリが入っていた小瓶を持っていたので。でも結婚披露宴会場に行った時は、持っていなかった。警備員が身体検査をして、怪しいモノは持ってないと判断したので。うーん、正悟さんは一体どうやって結婚披露宴会場に、青酸カリを持ち込んだんでしょうか?」


 すると藤巻刑事はキッパリと、答えた。

「いえ。正悟さんは結婚披露宴会場に、青酸カリを持ち込んではいません」

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