第7話 日常編【夢】
めぐみとのやり取りを終え、幸せとも不安ともつかない、玉石混交な余韻に浸りながら床についた。
11月終わりの冷え切った布団。虚無を思わせる暗闇。夜の高速から差し込む車のヘッドライトが、光の粒子となって星の欠片を投影する。 彼女の言う宇宙がそこにあるようだった。シンクロニシティ。運命。大いなる者の意志。彼女に天啓のようなものを与えた、それが何かは分からないが、二人を確かに引き合わせた何か。
精神世界の話。第三者から見れば荒唐無稽でも、エビデンスがなくとも、完全に否定することの出来ない神聖な世界。
例えば、天使が見える…そんな人が居たとする。現実的に考えれば、幻視は脳の後頭葉の視覚に関係する部分による障害でおこる症状だとされている。 幻覚は統合失調症やうつ病などの精神疾患だと診断される。
だが、その見ている何か。聞いている何かが、脳の障害によって引き起こされている事実は事実として、それら【見えているもの】が偽物か本物かをどう判断するのだろう? エビデンス命な学者達は確実性を求める。だが、脳に障害がある=それらが完全なる幻覚であるという証明はどうするのだろう?
そもそも、正常とは呼べない状態を異常とするなら、その正常という状態は多数決のようなもので決められた正常なだけであって、異常とされる状態が必ずしも異常ではないはずだ。
確かに本人が、それらによって肉体的、精神的ダメージを被るというのなら、分からないでもない。だがもし、そうでないのなら? きっとこんな馬鹿げたことは、考えるに値しないかもしれない。 学者を前にすれば、無知で馬鹿な青年だと揶揄されるかもしれない。
だが、神を信じていないにも関わらず、祈願成就をする人間や、おみくじに一喜一憂する人間との間に大した差異はないはずだ。
いや。馬鹿なりに思考する努力がある分、多少はマシなはずだ。
好幸は徐にガラケーを開き、Googleを呼び出し【天使 召喚 魔法陣】と検索をかけてみた。 訳の分からない魔法陣の、画像の羅列が表示される。その中から知っている天使の名前を探してみる。
『大天使ミカエルなぁ…本間に召喚出来るんかな?』
表示された魔法陣を、丁寧にノートに書き写す。内心、馬鹿げているとは思いながらも、微妙な線のズレも許さない姿勢は、確実に何かを期待していた。
『どうせ天使が出て来ても、悪霊の化けた姿ですよとか言われるんやろうけど。』
大抵の場合、私は〇〇に守護されている…の〇〇に神や天使の名前を自ら挙げる者は【選ばれし自分だけが守護されている】と信じたがる。自分だけ…が重要なのだ。
故に、キリスト教の唯一神のように、自分以外を悪に貶めたがるものだ。
丁寧に書き写した魔法陣を、枕の下に忍ばせて瞼を閉じる。
呼吸が次第に浅くなる。音が閉じてゆく。意識が肉体から離れ、懐かしい場所に回帰する。
沈んで行く。自分という存在を脱ぎ捨て
重い瞼を開けると、そこには修道服を着た幼子と老人が佇んでいた。 二人共が薄汚れた茶色のローブを着て、老人の方は80cm程の布切れを抱えている。
かなりの重さがあるようで、抱き抱えるようにしてこちらに歩み寄る。幼子は老人のローブの裾を掴み、横に並んで一緒に歩み寄る。 前に来るとその長い布切れを、両端ずつ老人と幼子二人で抱えるようにして、こちらに差し出して来た。 長い布切れを受け取ると、ズシリと手に沈み込んだ。 布に巻き付いた紐を解き、中身を取り出す。眩いばかりに光を放つそれは鞘に収まった一振りの黄金に輝く剣だった。 次の瞬間、鎧を着た男達の行軍が眼に入る。 鎧の胸には十字の紋章。先頭の男に至っては兜を装備しておらず、絵に描いたような金髪をなびかせている。
咄嗟に老人と幼子を守らねばと、先程譲り受けた黄金の剣を鞘から抜いて振るう。
金髪の騎士が後ろに倒れ込むと、背後に連なっていた騎士達も次々と倒れ込む。
だが、斬り裂いた感覚を得ることが出来ない。この剣は斬る為のものではないのか? 少しずつ、世界が薄く閉じて行く。
瞼を開けると、古びた家屋の天井が映る。年輪が、水に溶け込む科学薬品のように不規則な輪を刻み付けている。 脳が身体に『起きろ』と司令を出せないでいるのは、異常が起きたからではない。
神聖な何かに触れられてその余韻に浸っているからだ。 夢と現実が未だ交差しているのは目が覚めて尚、鮮明に夢の記憶が残っているからだ。
ただ記憶云々よりも、それらを読み解く知識がない。ただそれだけが歯痒かった。
いや、もしかしたら意味などないのかもしれない。ならば何故他の夢同様にすぐ忘れてしまわないのか? どちらにしても、分からない。それだけが真実だった。 この日を境に、私は神秘的な夢を頻繁に見るようになっていた。勿論意味などわかりっこない。
【続く】
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