第6話 日常編【家庭内不和】

 最近の私は無意識に旦那を避けるようになっていた。
出来る限り家に居ないで済むように、予定を無理矢理にでも詰め込んだ。


残業を頼まれると喜んで引き受けた。
誰かが欠勤すると、自分から出勤を申し出た。

ちゃんとした理由があれば、つまらない嘘の言い訳をしないで済むからだ。


こうなってしまったのは、好幸と連絡を取り合うようになったからではない。
それよりもずっと前に、私達は終わっていたのだ。


 互いに向き合っていたら、こんなことにはならずに済んだかもしれない。
友人としては95点。旦那としては…点数をつける資格が自分にはないことを思い出した。
彼から見た私という妻はきっと赤点かもしれないのだから。


 夫婦関係において、どちらか一方に100%非があるということはあり得ないのだろうと思う。例え相手が暴力を振るうような旦那であったとしても、人間性を見抜けなかった時点でゼロではなくなる。

友人としては95点。彼は男女共に友人も多く信頼も厚い。人当たりも良いし、困っている人がいれば我先に駆けつける。横断歩道を渡れないでいるお年寄りを見つけると、引越し業者のCMのようにお年寄りをおんぶして一緒に渡ってあげたり。
いつだったか車の衝突事故があった時なんかは、自ら颯爽と車を降りて、救急隊員が救助にあたる横で、私を車に残して勝手に交通整理まではじめたくらいだ。




 今の世の中誰もが見て見ぬふりだ。テレビのニュースを見ていて、事件現場や事故現場で、ニタニタ笑いながらスマホをかざす一般人を見ていると虫唾が走る。
節分の豆まきで、他人を突き飛ばしてまでも福にあやかろうとする人を見て
『この人達は、本当に神様を信じいるのだろうか?』と訝しく思う。


誰もが自分のことで手一杯なのも分かるが、他人を貴方のエゴを育てる肥料にしないでくれと思う。

それに比べれば旦那は人格者なのかもしれない。けれど旦那には致命的な弱点があった。
 


 近くに居る人間には極めて鈍感で、些細な優しさや思いやりですら忘れてしまう。


映画【ハンコック】の主人公のように、離れていればスーパーヒーローとして能力を発揮できるのに、愛する人と一緒に居ると能力を失ってしまう。旦那そのものだった。


『ママ〜ただいまぁ。』


 物思いにふけっていると、長女が帰って来た。ガラケーの液晶に目をやる。
既に時刻は18時を回っていた。自分が夕食の準備もせずに2時間近くも思い煩っていたことに腹が立った。


『ママ?晩御飯の準備まだしてへんの?』


『ごめん。買い物は昨日行っといたから、すぐに準備する!今日はしほの大好きな唐揚げやで!』


『ヤバっ!大好物やん!いっぱい作ってよ!』


 そう言って娘は鞄をソファに放り出すと、早速テレビにかじりついていた。

長女の名前はしほ。高校受験を間近に控えた中学三年生。幼い笑顔に隠された哀傷を、ノートに綴っているような繊細な子。大人に気を遣うあまり、本音を押し殺してしまう子。




 娘は私達夫婦、自分の両親がもう終わっていることに気付いているのだろうか?


もし私達が離婚でもしようものなら、しほの心にどれだけの傷跡を残してしまうだろうか?
唐揚げに使う鶏肉に片栗粉を塗しながら、ぼやける視界に呼吸が乱れてゆく。


バレないように涙を拭おうとしたが、片栗粉にまみれた手がそれを許さない。




『ごめん。』


 背を向けて笑う娘の声。幸せの遠音が、私の涙を打ち響かせては落ちる。


『パパとママ…もう…あかんかもしれん。』


【続く】

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