M 私と僕の愛した世界

門山唖侖

第1話 日常編【離脱】

 私、恵の旦那こと好幸。現在四一歳の介護職で夢は小説家。これを執筆し終わる頃には42になっているだろう。只今訳あって休職中。自己一致のない人生が、自己肯定感を蝕むようにして、病に罹り引きこもり同然になった中年。世間一般では負け組。


『変わってるね?』とよく言われる人。


 そう言われる度に、変わっていない人とはどんな人なのだろう?と毎回思う。
変わっているね?と言う人の信じる基準は?

誰と比べて誰と同じで、どれだけ共感者が居てはじめて変わっていないになるのだろう?
そもそも共感者は必要なのだろうか?
基準がないと、自分の価値観にすら確信を持てない人達は私からすれば変わっている人だ。


 貴方と同じ人はいない。貴方は唯一無二だとか言いながら、人と違うことを指摘する世界。
同じことを強要する社会。
共感、共存そのものが美しいわけじゃない。
異なる者同士が共に感じ、異なる者同士が共に生きるからこそ美しいと感じる。
多様性ばかりを掲げる社会は、否定すら多様性を孕んでいることを忘れた社会。
皆で理解しましょうは同調でしかない。


 真に多様性を認めるのであれば、戦争、殺人は何故認められることはないのか?

結局社会はひとつまみの道徳心の先に張り巡らされた根幹には盲目になる。


 そんな息苦しさを覚える世界に生きていると、人と比べることで、出来ないが増え、出来ないが増えると人は無価値感に苛まれる。
そんな平均値ばかりを求める世界が嫌いで仕方なかった私は、次第に世界との関わりを断つようになっていった。


 高校を卒業後は大学へ進学はせず、自宅から一番近いスーパーでアルバイトを始めた。
鮮魚売り場で寿司を握る仕事。勿論シャリを握るのは機械だった。アルバイトはネタを載せて軽く握るだけ。
奇しくも実家の商売も寿司屋だった。
跡継ぎがいなくなり、後に借金にまみれ閉店することになる店。
跡継ぎにならなかったくせに、機械に握らせるような邪道な寿司屋で働く私。
夢も希望もなく生きる偽物にはお似合いの偽物だった。


 人間関係が立ちいかなくなると、私は次々と職場を変えた。電気屋、喫茶店、ホテルマン。
どれも長続きしなかった。
アルバイトで貯めたお金は、実家の商売の借金に当てた。


 働いても働いても貯金は減る一方。夢も希望もないのなら、友人もいない、勿論実家暮らしで家賃すら入れていない。普通なら貯金は増えていく一方だったが、私の心を反映するかのように、あらゆるものがすり減って行った。
人生が惨めに思えて来ると、終わらせることばかりを考えていた。


 当時大好きだったニルヴァーナの伝説的フロントマンであるカート・ドナルド・コバーンが疲弊の末に猟銃を口に加え、その引き金に込めた想い同様のものが、当時の私には確かにあったのだ。

偉業を成し遂げた彼と、何一つ成し遂げていない私を同じにすることなどおこがましいが、その時の私は、愚か者のクラブ。27クラブには入れるのではないかと本気で信じたのだ。
稚拙な病を拗らせた魂。それが私だった。

 

 それでも私がこの世に残した未練は、まだ女性と付き合ったことがない。という馬鹿馬鹿しいものだった。性なのか生なのかよく分からないリビドーに突き動かされるように、私は冥土の土産に女遊びをしてやろうと考えた。
死ぬのはそれからでも遅くないと。


今思えば死ぬ気などさらさらなかったのだと思う。しかし、その選択が後の自身の運命を大きく動かす歯車になるとは、この時の私は知る由もない。


 当時は今のような出会い系アプリなんてものはなく、料金を支払って登録する出会い掲示板や、無料である代わりにサクラだらけの出会い掲示板ばかりだった。


そんな中SNSの走りとも言うべきmixiとgreeが現れ、いつしかネットで出会いを求めるならmixiとgreeの二台巨頭だと言われていた。

 私はmixiに登録し、人生初のSNSデビューを果たした。勿論何をしたらよいのか分からなかったので、最初の数日はホーム画面を整えてみたり、誰も目を通さない日記を書いたり、検索機能でマイミク(友達)を探したりする程度だった。

次第に日記にコメントを付けてくれる人が現れ始め、マイミクも数える程だが出来た。
そして私はある一人の女性と出会ってしまう。

 

 これから話す物語は、そんな私と、私に自分らしく生きることの大切さを教え、今も尚支え続けてくれる最愛の妻、二つの魂を巡る愛と苦悩に満ちた物語。これは私達夫婦だけの話ではなく、これを読む貴方の物語。

【続く】

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