第2話

 頬を撫でる冷たい風に、ヒヤッとする。昼間は、夏が終わらないんじゃないかと思うくらいの暑さだったのに。

 薄手のパーカーの前を止めて、身震いした。


 不機嫌そうな足音が聞こえている。咲花の足音ではない。


 明らかな心霊現象だ。


 原因のわかっている咲花には怖くはない。それでも、気が進まないのは確か。

 小さくため息をつきながら、昨晩の夢の中での出来事を思い浮かべた。




 ベッドに入った途端、意識がなくなった。いや、意識が刈り取られたといった方がいいくらいの乱暴さで、咲花の目の前に現れたレイくんは、今まで見たこともないくらい怒っていた。

「咲花ちゃん! 自分が何やったか、わかってる??」

「えっ………?」

 正直、怒っている理由はよくわかっていない。禍々しい気配は感じたし、ちょびっと怖かったけれど。鈴の音がしていたから、レイくんがいてくれて、一人じゃないことに安心感を覚えていた。

「俺が何度警告しても玄関扉、開けちゃうし、貰わなくていいもの、貰ってくるし!!」

 あまりの剣幕に、起き上がってレイくんを見る。

「ちゃんと、対策したよ~。数珠を持ったし、蝋燭つけたし、お札だって・・」

「それは、玄関開けてからでしょ~!!」

 ツカツカと近寄ってきたレイくんは、咲花のとなりにしゃがみこむ。

「いくら警告しても突っ込むんじゃ、なんのために鈴をつけてもらったかわからないでしょ!!」

「た、確かに……。で、でも!! 気を付けられるし、レイくんがいるってわかって、安心っていうか、なんていうか……」

 そこまで頼っているつもりはないのだが、今日は本当に頼もしかった。


 ……考えていたら、恥ずかしくなってきちゃった。


 ツーっと視線を逸らせた咲花を見ると、レイくんは意外そうにしたあと、楽しそうに口角をあげた。

「へぇ~。俺って、そんなに頼りがいあるぅ~?」

 恥ずかしがっているのを気づかれたような気がして、言い返す。

「今日は! 今日はね! いつもじゃ、ないんだから!」

 ニヤニヤ笑うのが、腹立たしい。

「ふ~ん。・・・ふふ。普段から、咲花ちゃんと話せたらいいのになぁ~」

「それは無理だよ。そんな力無いし」

 咲花の能力は、除霊師としては最低レベル。

「じゃあ、危ないことも、しちゃダメでしょ?」

「だって、明美がぁ」

 心配だったから……。

「助けてあげないなんて、言ってないでしょ。

 咲花ちゃん、こっち向いて。俺の目を見て」

 渋々、レイくんの瞳を見る。この瞳に見つめられると、弱いのだ。

「俺が警告したら、必ず先に、蝋燭をつけるんだよ」

「わかったぁ」

 言い返せなくてブスッとしていると、フワッと頭を撫でるような感覚があった。


 今も近くにいるはずのレイくんのことを考えれば、不安な気持ちはなくなっていく。

 目の前にある、占いの館を見上げる。複数の占い師のブースがあり、好きな占い師を選んで占ってもらえるらしい。


 親友の明美は、今朝、いつもと変わらない様子で学校に登校し、安心したのも束の間、昼にはバイトの連絡があり、占い師の調査という依頼が舞い込んできた。

 高齢化が進む除霊師の世界は初老の男性が多く、例の占い師に怪しまれないで客として接触できる、ちょうどいい除霊師として、白羽の矢がたったらしい。

 名指しできた依頼を断りづらいのもあったし、明美のような被害者を出したくないという気持ちもあった。


 昨日も散々怒られたし、咲花がこの仕事を受けたことが不満なのだろう。授業が終わってからずっと、不機嫌な足音がついてきている。


「仕方ないじゃん。私だって、レイくんを怒らせたい訳じゃないの」

 リリっと、小さな鈴の音が聞こえた。


 案内板をみて、目的の人物を探す。

 オーラの色で占う占い師は、ありがたいことに一人しかいなかった。


 淑女カラフルという名前で活動しているらしい。


 写真で見る淑女カラフルは、色とりどりの衣装で、ベールを目深にかぶり、真っ赤な口紅だけが見えている。

 他の占い師も、それぞれの世界観が伺える出で立ちをしているので、淑女カラフルが派手すぎるというわけでもない。占い師の中では、至って普通。


 ブースの場所を確認して入ったのに、その必要がないくらい行列ができていた。

「本当に人気なんだ」

 その列の最後尾に並ぶと、小さな声で呟いた。

「バレないように、離れていてね」

 リン! と、鈴が勢いよくなる。

 怒ってはいるものの、了承してくれたようだ。




 30分以上待っただろうか。やっと咲花の番がやって来た。お高めの料金を支払い、淑女カラフルの前に座る。

「名前と生年月日を教えてもらえるかしら?」

 個人情報が……と思いながらもボソボソと告げる。

「こっちを見てくれるかしら。よーく見せてね」

 チャンスだと思い、咲花も目の前の占い師を観察する。


 カラフルな布に、ビーズがじゃらじゃらと垂れ下がっている。真っ赤な唇しか見えないのだが、視界を塞いでいてオーラなど見えるのだろうか。オーラだから、視界は関係ない?


「あなた、とてもいい色のオーラをしているわね~。

 ショッキングピンクって言ってもいいいくらいの、桃色よ。

 オーラの量も、素晴らしいわ。

 あなたのオーラに引かれる人は多いでしょうね~。すぐにでも恋が訪れるわ。

 あなたのことを想ってくれる人は、既に近くにいるんじゃないかしら? 心当たり、ある?」

 心当たりと言われても、思い浮かぶのは人間ではない。

「う~ん」と悩む咲花に、

「アンテナは高くないとね。いい相手を、見逃しちゃうわよ。

 あなたのすぐ近くに、いると想うのよね」

 まさかレイくんが言いつけを守らず、近くをフラフラしているのが見えている!? と思ったが、「お友だちとか、幼馴染みとか、バイト仲間とか」と指を折りながら、咲花の反応を確認している。


 不自然にキョロキョロしなくてよかった……。


 淑女カラフルは、他にも思い付く限り並べたが、言い当てることはできずに「とにかく近くを探すのよ」と締め括った。

「何か、質問、あるかしら?」

 質問が無ければこれで終わりなのかと、値段の高さに驚いたが、咲花は占いのためにやって来たのではない。

「あの、どうやって、オーラの色を見ているのですか?」

「それはね、私が霊能力者だからよ~。私は特別なのよ」

 『特別』と言ったときに、黒い不気味なものが吹き出した。その黒いものはすぐに消えたが、咲花にはしっかりと見えた。


 やっぱり、この人が元凶……。


 淑女カラフルが、咲花の目の動きに気づく。

「あなたのオーラはいい色だけど、もっと良くするお守りをあげるわ。さぁ、手を出して」

 鳥肌が立つ。

「あぁ、いいです。いりません」

「あぁ~ら。遠慮しなくていいのよ」

「あっ、本当に大丈夫です」


 うわ~、怖~。


「ありがとうございました」

 慌てて立ち上がり、大きく頭を下げると、次の人に「お待たせしました」と席を譲って、その場を後にした。

 淑女カラフルは、あの場で占いを続けているはず。

 それなのに、背筋がゾワゾワする。


 リリリリリン!!


 慌ててポケットに突っ込んでおいた蝋燭を握り、火をつける。

 すれ違う人の中に驚く人がいるが、鈴が煩くて気にしていられない。

 咲花を気遣うように寄り添う、レイくんが現れた。

「ねぇ、さっきの占い師さん、変だったよね?」

「危険だから近づくなって言いたいけど、もう無理かも」

 後ろをチラチラと気にしている。

「もしかして……」

「見ちゃダメ!!」

 振り返ろうとして、止められる。

 近づかないと、力の弱い咲花には見えない。後ろを見るだけ時間の無駄。と、自分に言い聞かせる。


 仕事が終わって帰りを急ぐ人々。連れ立って歩く女子高生。夕方の人通りは多い。

「周りの人を巻き込みたくない」

「えぇ~。めんどくさい……」

 そうきたか……。レイくんは、基本、周りの人のことはあまり考えてくれない。咲花のことは、大切にしてくれるとわかっているのだが。

「皆に霊は見えないんだから、私が変な動きをして、もの壊したり、怪我させたりしたように見えちゃう」

「まぁ、確かに……、それは、面倒か」

「ごめんね。私が弱いから」

 バシッと一発で倒せれば、他のものに損害がなければ、咲花が変人って思われるだけで済むのに。

「咲花ちゃん。除霊師の素質って、わかる?」

 ただ首を振る咲花に、レイくんは安心させるようにゆっくりと話す。

「除霊師は、迷子になっちゃったり、悲しくなっちゃったり、とにかく、不安な思いをしている霊を安心させて、清らかな気持ちにさせて、成仏させるでしょ。

 俺は、咲花ちゃんと一緒にいると、すっごく落ち着く。

 だから、咲花ちゃんは、ちゃんとした除霊師だよ」


 レイくんが慰めてくれているけれど、握っている蝋燭が、短くなってきていて、熱い。


「だから、だよね。あいつらも引き付ける。

 ちょっと、迫ってきている!! 人のいないところまで、少し急ごう!!」


 火傷してしまいそうに短くなった蝋燭を消して、早足で歩き始める。


 どこに行けばいいんだろ?

 人がいないところ……。


 リリリン! リリリン!!


 レイくんは急げと言っているようだし! もう! わからない!!


 一般人の少ない、広いところなら!!


 咲花は走り出した。


 リン! リン! リン! リン!

 背後に嫌な気配が迫ってきているのが、咲花でもわかる。


 はぁ、はぁ。

 

 自分の息が煩い。


 息がきれて、あぁ、まずい……。


 あと、ちょっと。


 繁華街の外れ、塀で囲まれた大豪邸。

 師匠の家だ。


 たどり着くと、

 ブワァ~っと、勝手に門が開く。

 見えるところには身構えた師匠が。

「師匠~!!」

「怨霊だ!!」

 師匠が手刀を切った。


 師匠の家に入って、嫌な気配が和らいだ。

 急いで、新しい蝋燭を取り出して師匠の用意してくれているろうそく立てを使って火をつけた。


『あぁああぁあ~  うまそうな女~』

 黒くてドロドロしたものが、門を入ろうとして手こずっている。ベテラン除霊師の師匠の家は、悪いものが入れない結界のようなもので守られているようだ。


「気を付けろ。除霊師は、怨霊は苦手だ!!」

「怨霊っていうのは、迷った霊が、周りの負の感情を取り込んで、その負の感情に支配されている状態だ。

 負の感情で武装しているような状態だな。

 除霊師の力は、負の感情で弾かれてしまうんだ」

 レイくんが隣に来て補足してくれたが、ではどうすればいいというのだ?


 怨霊は、体当たりしながら、門の中に入ってきている。

 師匠が、手刀を切って応戦しているが、怨霊は煩わしそうにするばかり。


『あぁぁあぁあああ~

 お前はぁぁ、若く見られたい~

 せめて、実年齢の38才くらいには~』


 師匠に向かって、怨霊が叫ぶ。

 実年齢38才?? どうみても、50代なのに。


「そうだよ!! 老けて見えるのが、悩みだよ!!」


『あぁぁああぁあ~

 除霊師協会も、そろそろ俺の実力、認めればいいのにぃぃ』


「その通りだよ!!」

 師匠の叫びが……。ちょびっと師匠を見る目が変わりそう……。


「あいつ、人の妬みから出来た怨霊だ。願望を言い当てて、人の精気をすいとる。占いには、ぴったりだな。

 こっそりあの占い師に伝えて、自分はうまそうな精気の人間を待つ。獲物に印をつけた小石を渡せば、後からゆっくり食事にありつけるってことだ。

 咲花が小石を受け取らなかったから、なりふり構わず追いかけてきたんだろうな」


 荷物からお札を取り出して、怨霊に向かう。

「咲花ちゃん!! ダメだよ!!」


 お札をもって走り寄ると、怨霊が笑った気がした。

 ベチッとお札を張ったが、そのお札ごと咲花が振り払われてしまう。

 5メートルほどすっ飛ばされて、背中から落ちた。


「うぐっ!!」

 痛い……。


「咲花ちゃん、大丈夫!?」

 レイくんが駆け寄ってくる。咲花の無事を確認すると、怨霊に向き合った。

「この野郎~!!」


『あぁあぁあぁあああ~

 こんな怖いバイト、やめたい~!!』


 咲花の本心。願望だ。


「えぇ!!」と師匠が声をあげる。

「咲花さん!! まだ、バイトだと思っていたんですか??

 あなたは、除霊師の素質があるんです!!

 初めて仕事を見せたとき、咲花さんは見えなかったと思いますが、私ではなく、聞こえていないあなたに話を聞いてもらえたと、喜んで成仏する霊がいたんですよ。

 あなたほどの、素質を持つ除霊師を私は知りません!!」

 必死の師匠の説得も、咲花をかばうように立つレイくんが気が気で、それどころではない。


『あぁああぁああ~

 何故、人間じゃないの~??』


 レイくんが、咲花を振り返る。

「それって、俺のこと??」

「ちが~う!!」

 怨霊を何とかしようと、師匠の見よう見まねで手刀を切る。

 少し後ずさって、避けて、嫌そうにしている。

「咲花ちゃんは、素直じゃないなぁ~。

 しょうがない、ちょっくら本気出すか!」


 あぁ、蝋燭、消えた!!


 レイくんがいたはずの場所に、じっと目を凝らす。


 見えないはずのレイくんの背中が、うっすらと透けて見えた。

 腕を回して、何かポーズをとった気がする。


 怨霊の位置は、ゾワゾワするから何となくわかる。

 レイくんは、怨霊に向かって、何か・・・?? 攻撃した??


 背筋が凍るような嫌な気配は消えていた。


「やはり、南条家の、・・・・三男か?」


 慌てて残りの蝋燭を探すが、一本もない。

 占いの館を出たときに火をつけて、火傷しそうになって消した、残りしかなかった。


「南条家ってなんですか?」

 レイくんは、余計なことを言うなとばかりに、師匠を睨み付けている。

「呪術師の家系だよ。昔で言う陰陽師ってところかな。昔は、京の町を東西南北の四家で守っていて、その南の担当が南条家だったらしい。直系で続いているのは、南条家だけだったと思うがな。

 霊には除霊師、怨霊には呪術師。本来なら、手を取り合ったほうがいいのはわかっているのだが、昔から折り合いがつかなくてな。あまり詳しいことは知らない。

 ただ、南条家は三男が継ぐんじゃないかって噂が聞こえてきた次のときには、三男が行方不明になったらしいって聞いたから」


「もう、その話はいいだろ?」

 咲花から顔を背けて、冷たく言いはなった。

「でも、レイくん……。」

 レイくんの無念がわかれば、成仏できるのかも。

「咲花ちゃんは、気にしなくていいよ。何か心残りがあるとか、そういうんじゃないから。

 まぁ、敢えて言えば、俺がやりたいことを、やりたいだけ」


 でも……。

 霊になっているってことは、行方不明になって、死んじゃったってことで……。


 何か言おうとしているうちに、蝋燭が消えてしまった。




 もしかして夢に出てきてくれないかもと、心配になりながら寝たのだが、レイくんは、あっけらかんと咲花の前に姿を表した。

「ねぇ、咲花ちゃん。俺、人間だったら良かったの??」


 そ、それぇ??


 改めて言われると、恥ずかしい。

「別に、本心じゃないし!」

 ガバッと起き上がって必死で否定するが、レイくんは近くにしゃがみこんでニヤニヤしている。

「ん~?? 呪術師の俺が、怨霊のこと間違えるわけないじゃん? あれは、咲花ちゃんの本心だったはずだよ?」

 座っている咲花の顔を横から覗き込んでくる。

 

 近い……。


 夢の中なら赤くはならないと思っていたら、そんなことないらしい。「赤くなってる。くくく」と笑われた。


「いや、その、だって、それは、・・・・って、あ、あの怨霊、淑女カラフルとは、なんの関係があるの??」

「ん~、あからさまに話題変えてぇ~。咲花ちゃんたら、照れちゃって~」

「いいから、教えてよ!」

「しょうがないなぁ~。

 たぶん、あの怨霊、占いの館周辺で生まれたんだと思うんだ。訪れる人の妬みや願望を寄せ集めて、本当の願望がわかる怨霊になったんだろうな。

 それで、都合のいい占い師を見つけた。淑女カラフルだっけ? あいつに取り憑いて、願望を教えてあげるだろ? まぁ、淑女カラフルは普通の人だから、何となくわかるだけだったんだと思うぞ。それが、オーラの色ってわけだな。

 本当の願望を言い当てられて、背中を押してもらえる。人気占い師になるはずだよ。たくさんの人が来れば、怨霊も食料に困らないってわけだ。

 被害が出始めたのは、最近だろ? あの怨霊、だいぶでかくなっていたから、大量の精気が必要だったんだろ」

 そのあとレイくんは、ニヤッと笑う。

「だから、咲花ちゃんの『人間じゃないの~?』は、本心ってこと」

「いや、あの、その、・・・師匠の38才も……??」

「それも、本当!! でも、今、別の男の話はよくない??

 咲花ちゃん、こっち見て」

 なんだかんだ言って、レイくんにいわれた通りにする。


 ・・・!!


 夢の中だというのに、妙に生々しい柔らかいものが唇に触れた。


 夢だし! 私の初めてではない!!


「あれ? 咲花ちゃん。初めてだった?? 黙っちゃって、かぁわいい~」

「れ、レイくん!!」

「大丈夫、咲花ちゃんのことは、俺が守るからね」

 楽しそうに笑うレイくんから解放されて普通の眠りに落ちた咲花だったが、起きてもまだ顔が赤いような気がして、レイくんがそれを近くで笑っているような気がして、必死でしかめっ面をして過ごした。





 見えない……。色が見えない、色が見えない!!!

 一時的に見えなくなることはあったけど、こんなにずっと見えないなんて……!!


 おかしい。おかしい。おかしい!!


 淑女カラフルの占いが当たらなくなったという風の噂が、聞こえてきた。

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