そうだ、キョード行こう ~末の皇女は草原の国に嫁ぐ
uribou
第1話
果ての知れない草原のただ中を通る道を、ガタゴトと進みます。
この先がキョード王国に続くのですね。
感慨深いです。
わたくしはアスカデ帝国第一三皇女ルリ、齢一四にございます。
この度キョード王グンシン様に嫁ぐことになりました。
所謂お輿入れというものですね。
グンシン様は英雄と称するに相応しい方だと聞いております。
楽しみですねえ。
◇
――――――――――三ヶ月前。キョードの女官ミャンミャン視点。
「ええっ? ムリですよ」
「ムリでもやれ!」
アスカデ帝国への親善使節の一行として参加できることが決まった時は、天にも昇る気持ちでした。
何たってアスカデは文化の進んだ大国ですからね。
私もアスカデとの友好を深めるのだ、という使命感に満ちていたのです。
ところが……。
「だってアスカデの人達、キョードに全然興味ないんですよ?」
「わかっている」
もっと歓待されるものかと思ったら拍子抜け。
蛮族どもが見物に来たか、くらいの扱いでしたよ。
事情を調べてみてわかりました。
最近アスカデは海路での貿易が盛んなんですって。
相対的にキョード含む北あるいは西の草原諸国の重要性が、アスカデでは低下しているようなのです。
実は心当たりがないこともなかったです。
アスカデとの関わりなんて、国境付近での小規模な交易しかないですもんね。
しかしまさかここまで興味を引かないとは……。
「ハッキリ言って無関心ですよ、無関心」
「隣国なのにほとんど交流がないからなあ」
「キョードを知ってる人でも略奪者くらいの認識ですよ」
「一〇〇年も前のことを持ち出されても……」
「今やキョードは草原地方一の大国ですのにね」
「だからこそだ。今後のキョードの発展のためにも、アスカデから妃を得ねばならん」
「団長、ムリですって」
今回の親善使節団の大きな目的の一つは、グンシン陛下に妃を迎えること。
可能ならばアスカデ皇室から皇女をいただければベストなのですが。
友好のためにぜひともと団長が頼み込んだところ、皇帝陛下の答えはこうでした。
「おお、グンシン殿の妃か。願ってもないことであるの」
「そうでございましょう? ならばこそ……」
「朕の娘の内、嫁ぎ先の決まってない者は五人である。誰でもよいぞ」
「は? 我が方が選んでよろしいので?」
「そなたらが口説き落とすのだ。キョード行きを承知した娘をグンシン殿に差し出そうではないか。そなたらにそれくらいの手腕を期待してもよかろう?」
アスカデ皇帝シッポウ陛下はとってもタヌキ。
口説き落とすなんてムリですよ。
だって皆キョードのことをド田舎の蛮国だってバカにしてるんだもの。
団長も焦ってるみたい。
「皇女の住まいに男の俺が何度も通うわけにはいくまいが」
「だからって私に丸投げってひどいじゃないですか!」
「うるさい! ムリでもやれ!」
うう、えらいことになった。
でもグンシン陛下にアスカデ皇室から妃を迎えること自体には賛成です。
少しでも勝率の高い作戦を立てねば。
やっぱり世間の価値観にあまり染まっていなさそうな、一番年少の皇女殿下を攻めてみるしかないだろうなあ。
◇
――――――――――皇女ルリ視点。
「……というわけで、正直グンシン陛下は男前とは申せませんが、男気のある方なのでございます」
キョードからの使節団の女官頭ミャンミャンという方がいらっしゃいました。
何とわたくしをキョード王グンシン様の妃にという申し出です。
「随分正直な物言いですのね」
「ルリ様におかれましては具体的な情報が必要だと思いますので」
「……ミャンミャンさんは、お姉様方のところへは交渉に行かれたのですか?」
「行っておりません」
「何故でしょう?」
「ルリ様が大変お可愛らしく、陛下の好みだと思われるからです」
「うふふ、ありがとう存じます」
グンシン様が若い娘を好むということでしょうか?
あるいは最も年下のわたくしが与し易いと思われているのでしょうかね。
キョードに行こうという気を起こすならわたくしだと。
お姉様方が喜んで草原の地に嫁ぎたがるとは思えませんもの。
しかし……。
「申し訳ありませんが、わたくしがキョードについて知っていることはあまりにも少ないのです。お話していただけると嬉しいですわ」
「ルリ様が御存じの我が国とはどういったものでしょう?」
「アスカデ帝国から見て北~北西にある、草原の遊牧民国家。定住生活者と遊牧生活者が対立していて、人口は多くない。くらいでしょうか」
「ええ……一〇〇年前の我が国のイメージですぅ」
「そうなんですか?」
「はい。現在は遊牧生活を行っている者なんかおりません。人口と耕作地が増えてくると、遊牧地なんか確保できなくなるでしょう?」
もっともなことです。
でも随分わたくしの持ってる知識と違いますね。
「生活を大幅に変えられるものですか?」
「大きな抵抗があったと聞きますね。ただ逆よりは簡単だったようです」
「逆?」
「定住生活から遊牧生活には戻れない、ということです」
ああ、確かにムリでしょうね。
納得です。
「隣国でありながら、我がキョードはアスカデに警戒されるばかりで、交流があまりありませんでした」
教育係には、キョードは略奪国家だと習いましたから。
それも一〇〇年前の認識なのでしょうか?
言われてみると、最近のキョードの状況は全然わからないです。
「交易で栄えたのですよ」
「交易?」
意外ですね。
南方の隣国アスカデとはほとんど交流がなかったのに。
「タネを明かしますとね。西方諸国が大きく乱れた時に、キョードの馬や革製品がバカ売れしたんです」
ああ、遠く西方にはアスカデとは異なる進んだ文化の大国がいくつもあると聞いています。
キョードは陸路で西方諸国と交流があるんですね。
「それで西方から技術を取り入れ、現在では酪農というキョードの強みを生かしつつ、耕作や工業にも力を入れているんです」
「うまいやり方ですね。素晴らしいです」
「遊牧に頼っていた昔より、ずっと楽な生活ができるようになったのです。でもアスカデを見て思いました。まだまだキョードには発展の余地があるなあと」
「いい国なんですね」
「いい国なんです」
ミャンミャンさんが視線を宙に浮かべます。
懐かしそうな目です。
キョードを愛しているのだなあ。
「わかりました。わたくしでよろしければ、キョードでお世話になります」
「えっ、よろしいんですか?」
「もちろんです」
「やったあ!」
ミャンミャンさんが大喜びです。
わたくしまで嬉しくなりますね。
……わたくしにも思惑がありますから。
◇
――――――――――現在、草原の道中。皇女ルリ視点。
「ルリ姫。お加減はいかがかな?」
「はい、全然問題はないです。ありがとうございます」
昼休憩の時間に、使節団長さんが話しかけてくださいました。
何くれとなく気遣ってくださる、優しい方です。
「うむ、それはよかった」
「団長、国境までもう少しですよね?」
「既に先触れは出してある。もうじき迎えを寄越すはずだ」
あと少しで国境なのですね?
草原の道は変化がわかりづらいです。
団長さんが探るような目になります。
「ルリ姫は……何故遥か北方、キョードの地に嫁ぐことを決めたのだろうか? 本音の部分を聞きたい」
帰れないところまで来れば本音を話すと考えたのでしょうか?
苦笑せざるを得ません。
隠すようなことではないので、普通に聞いてくださればよろしかったのに。
「大したことじゃないんです。わたくしの母は平民の女官でありまして」
末っ子の私のみ、母が貴族ではありません。
皇宮で働いている内に父陛下のお手付きになったと聞いています。
その母も亡くなってしまいましたし。
「ですからわたくしは、皇宮では立場が弱いのですよ」
「む? しかしシッポウ陛下の皇女であることは間違いないのだろう?」
「はい。でも母方の人脈がないとなると、やはり貴族の子弟の婚姻相手としては弱いらしく……。姉達と比べると、全然存在感はありませんでしたね」
「ルリ様は大変お可愛らしいですのにねえ」
「まったくだ」
「うふふ、ありがとう存じます」
キョードの方は真っ直ぐに気持ちを伝えてくれます。
心地いいですね。
「そして父陛下の愛情を感じました。わたくしがグンシン様に嫁ぐことは、父の意に沿うと思います」
「む? どういうことだ?」
「婚約者の決まっていない未婚の皇女のキョード行きを承知させたらグンシン様の妃にしてよい、という条件だったと伺っております。間違いないですか?」
「うむ。その通りだ」
「もし父陛下がグンシン様の妃にわたくしを指名すると、アスカデで問題視されてしまうのですよ。母の身分のないわたくしを王妃として送り込むとは、と」
ミャンミャンさんビックリ。
「えっ? でも喜んでキョードにお嫁に来てくださる皇女殿下は、ルリ様の他にいませんよね?」
「いませんね。ですから、他の皇女が見向きもしなかったグンシン様の妃という地位に、たまたま残りもののわたくしが嵌った、ということなら構わないのです」
「ルリ姫がシッポウ陛下に選ばれる、という状況が嫉妬と混乱を生んでしまうと」
「さようです」
「ははあ、アスカデの宮廷って難しい……」
ミャンミャンさんの顔の方がよっぽど複雑そうですけど。
「ルリ姫の説明によると、シッポウ陛下は最初からルリ姫をキョードに送るつもりだった、と取れるのだが」
「そのつもりだったと思います。わたくしはアスカデにいるよりキョードにいる方が幸せだと、父陛下が考えてくださったのかと」
「なるほど……だからルリ姫はシッポウ陛下の愛情を感じると。シッポウ陛下の意に沿うと」
「はい」
わかりにくい愛情かもしれません。
でも父陛下は立場のある方です。
一挙手一投足から意を酌まねばならないのです。
「俺はシッポウ陛下の婉曲な拒否なのかと、その時は思っていた」
「拒否なんてことはありませんよ。わたくしは存じませんでしたが、最近のキョードは西方との繋がりが強く、昔とはかなりの変貌を遂げているようではないですか。父陛下が知らないはずはありませんから、キョードからの接触を待っていたと思います」
アスカデから連絡を取ろうとするのは、これまた下手に出るのはどうの奇妙なことはするな等、文句を言う家臣がいるでしょうから。
「現在西方との交易はキョードが終着になっているのだ。この交易路をアスカデまで伸ばせればという思惑があった」
「父陛下にも同様の考えがあると思います」
父陛下は商業に熱心です。
現在アスカデは海路による貿易が盛んですが、相手は近隣諸国に限られています。
航路を西方諸国にまで到達させるのは、ちょっと現実的ではないです。
ならば陸路でというのは、当然考えつくことですから。
「ふむ、ルリ姫は賢いな。ルリ姫に説明されて初めて、シッポウ殿の深謀が理解できる。誤解するところであったわ」
「いえいえ、とんでもないです」
「ルリ様は頭いいですよ。さっきの未婚の皇女を承知させたら妃にしていいというのも、ルリ様だけに通じたから成立するメッセージでしょう?」
「うむ、惚れ直した」
えっ? 惚れ直したって?
「陛下。まだ旅は途中なのですから、油断してはなりませんよ。団長でいてください」
「もういいだろう。すぐに迎えも来るしな」
「ええと、もしかして団長さんがグンシン様なのですか?」
「そうだ」
「こ、これは失礼をいたしました。平にお許しください」
「いや、いいのだ。キョードでは必要以上の礼儀は必要ない」
「そうですよ。陛下なんか適当に扱っておけばいいのです」
「ミャンミャンはもっと俺を敬え!」
うふふ、賑やかで楽しいですね。
「グンシン様が自らアスカデを訪れたのは何故でしょう?」
「アスカデという国を肌で感じたかった、ということがあるな」
「陛下は感覚派ですから」
「まあ近い遠国と思った」
近い遠国、その通りなのでしょう。
キョードから見たアスカデも。
アスカデから見たキョードも。
変えていかねばなりません。
わたくしの嫁入りはいい機会になりそうですが……。
「シッポウ陛下には俺がキョード王だと気付かれていた気がする」
「そうですか?」
「うむ、近う寄れと言われて耳打ちされたのだ」
「何をです?」
「二言だけ。協力する、ルリを頼む、と」
やはり父陛下はキョードとの交流に前向き。
そしてわたくしのことも考えてくださっているのですね。
心が温かくなります。
「陛下!」
「おお、出迎え御苦労」
キョードの守備隊のようです。
わあ、黒ずくめの騎兵、皆精悍ですね。
「皆の者に紹介しておく! アスカデ帝国第一三皇女ルリ姫だ。俺の妃となる」
「「「「おめでとうございます!」」」」
「ルリです。不束な身でありますが、グンシン様の妃として、キョードの母として相応しくあらんと思います。よろしく御指導くださいませ」
「おお、正しく可憐だ」
「陛下、好みど真ん中じゃないですか。よかったですね」
「うるさい。もうお前らには見せん!」
「「「「ええ?」」」」
うふふ。
キョードは君臣の距離が近い国なのですね。
とても居心地がいい感じがします。
アスカデでは……唯一の肉親であった父陛下とも滅多に会えない生活でした。
物理的にも精神的にも距離が遠かった。
わたくしは……寂しかったんですね。
「む? ルリ姫どうした?」
「いえ、何でも……」
自然に涙が流れてきてしまいました。
「あーっ! 陛下が泣かせた!」
「ち、違わい!」
「いーけないんだ、いけないんだ!」
「ごめんなさい。ただ歓迎されるのが嬉しくて」
「む、そうか?」
「グンシン様。ぎゅっとしてくださいな」
「おやすい御用だ」
グンシン様の広い胸に抱かれます。
これがわたくしの旦那様になる方。
何と安心できるのでしょう。
「ありがとうございました」
「もういいのか?」
「はい。毎日ぎゅっとしてくださるともっと嬉しいですけれど」
「毎日だな? 約束しよう」
「「「「いーなー」」」」
「む? 仕方のないやつらだな。さあこい、俺が抱きしめてやろう」
「「「「あんたじゃねえよ!」」」」
笑いの絶えない毎日になりそうです。
父陛下に初めて出す手紙の内容は決まりました。
ルリは元気にしております。
キョードに嫁に出してくださってありがとうございます、と。
そうだ、キョード行こう ~末の皇女は草原の国に嫁ぐ uribou @asobigokoro
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