65話  革命の明かり

「カイ、あれ……」

「うん、もう始まってるね」



ニアが指差したところには、既に教皇が縛られて袋叩きにされていた。多くの人々が彼を蹴って、ぶって、パワーエリクサーを注ぎ込んでから傷が治ったら、また同じことを繰り返す。


パワーエリクサーが効くのは傷だけだ。痛覚を消すわけじゃないから、教皇はさっきからずっと言葉には表現できない、ものすごい苦痛を感じているのだろう。



「ぐへっ、ぐあぁ……助けて、助けてくれぇ……!!」

「…………」



教皇は無様に転がりながら、血に染まった涙を流している。俺はふうと息をついて、ニアとクロエと一緒に彼に近づいていく。



「あっ……か、影!」

「悪魔………っ!」



俺たちが現れると同時に、人々の間で動揺が広がった。教皇を踏みつけている人でさえ動きを止めて、俺たちを見ている。


無理もない。彼らにとって、影は自分たちをやっつけるかもしれない悪魔だから。


まあ、この場では殺すのはあくまで教皇だけだけど。



「カイ、おかえり」

「うん、ただいま」



今回大きく活躍してくれたリエルに挨拶をした後、俺はアルウィンに目を向ける。当たり前だけど、顔が沈んでいた。


恩人がこんなにこっぴどくやられているのだから、その反応もおかしくはないだろう。でも、彼女は自分が言った言葉をちゃんと守っていた。


邪魔をせずに、すべてを見届けるという言葉を。



「ぐ、ぁ……あ、あぁあああ!?!?」



いきなり現れた俺たち3人を見て、教皇は悲鳴めいた声を上げる。俺は肩をすくめてから、しゃがんでヤツの髪を掴んだ。



「俺が言ったよな?ちゃんと謝罪しろって。すべての罪を告解して、土下座でもなんでもしろって」

「き、きぁああああああああああ!!!!!」

「あのチャンスは、俺じゃなくてアルウィンが与えてくれたものだったんだ。なのに、それを見事に裏切ったから……コテンパンにされて死んでも、文句は言えないよな?」



優しく語ったつもりなのに、教皇は喉が枯れるほどの奇声を上げていた。まあ、今さらどうでもいいが。



「みなさん、続けてもいいですよ。どうぞ、鬱憤が晴れるまで存分にいじめてやってください」



俺は立ち上がってから振り返り、俺を見ている人々にそう言う。またもやざわつきが広がって、レジスタンスではない一般人たちは困惑した顔つきになる。


うん?なんでこんな反応なんだと目を丸くしていたところで、一人の男が俺に聞いてくる。



「あ、あの……!あなたはどうして、ここまでするのですか?」

「うん?ここまでって?」

「あなたは、スラムにある実験室の正体を暴いて鍛冶師のジンネマンさんを助けてくれました。それにとどまらず、教会や教皇まで潰してくれて……!あ、悪魔なのに、どうしてこんなことをしてくれるのかと……!」



正面に立っている男だけでなく、その場に集まった100人以上の視線が俺に注がれる。みんな厳粛と言ってもいいほどの雰囲気を漂わせて、俺の返事を待っていた。


……どうしてこうなったのかは知らないけど。


俺は、肩を竦めながら心から思っていた言葉を零す。



「単純に、気持ち悪いから」

「……気持ち悪い、とは?」

「今へばっているこいつもそうだし、帝国の上層部だって……なんていうか、人間を人間扱いしていないじゃないですか」



転生して目にしてきた現実のほとんどは、俺が知らないものばかりだった。ゲベルスや帝国の本当の目的や、教皇が女を性奴隷扱いしていたこと。


どれも衝撃的で、反吐が出そうなほど気持ち悪い事件の連続だった。だからこそ、いつの間に芽生えた嫌悪が徐々に濃くなって行ったのだ。


このくそったれな国に対する、嫌悪が。



「だから、この国潰したいって思っただけです」

「…………」

「俺は、俺たちは別にヒーローでもなんでもないですけど、この世界にはクソが多すぎますから。それだけですね、たぶん」



俺は勇者でもないし、正義でもない。俺の願望はただニアやクロエ、リエルみたいに大切な子たちと一緒にのうのうと生きていくことだけだ。


俺は個人的な人間で、大げさな信念もない。


だけど、力があるから。そして、目の前にどう見てもクソみたいなやつらがいるから。


だから、ちょっと懲らしめたいと思っただけだ。



「じゃ、俺はゆっくり見てますので。どうぞご自由に」

「う、うぁあああああああああ!!やだぁ、やだ!!殺せぇ……殺してくれ!!お願いだぁ……!!私を殺してく――――くはあっ!?」

「そう簡単に死ねると思うなよ、お前」



お腹を蹴られた教皇が苦しそうに呻く。


俺はもう一度しゃがんで、無様に呻いている教皇に語り掛けた。



「ここにいるすべての人たちの復讐が終わるまで、お前は死ねないんだ」

「あ、あぁぁ……!!な、なんでこんな……!!なんで、こんな酷いことを……くほっ!?」



ヤツのお腹をもう一度蹴った後。


俺は首を傾げてニヤッと笑ってから、言った。



「すべては、因果応報だからな」



てめぇがやらかした罪を、一からゆっくり思い返してみろ。


それだけ言い残して立ち上がると同時に、後ろから歓声が上がる。振り返ると、広場に集まっている全員が手を上げながら、興奮に満ちた声で叫んでいた。



「悪魔万歳!!!影万歳!!」

「帝国を滅ぼせ!!クソみたいな教皇を火あぶりにしろ!!」




狂気と言ってもいいほどの強い感情が、伝染するように広がっていく。俺は隣に立っているニアやクロエと視線を合わせてから、苦笑を浮かべた。



「じゃ、みなさん。思う存分、楽しんでください」

「あ、ぁああああああああああああ!!!!!!!!!!」



教皇の絶叫が聞えてくるが、知ったこっちゃない。俺が少し離れると同時に、人々がハチの群れみたいにヤツに飛び掛かった。



「げほっ、げほっ……!も、もう嫌だぁあ!!殺して、殺してくれぇえええ!!」

「なにをほざきやがってんだ、てめぇ!!てめぇのせいで死んだ人が一体どれくらいいると思ってんだ!!」

「おい、なるべく急所は避けろよ!!簡単に死なせてはいけないからな!!」

「ぐはっ!?けほっ、う、うぁああああああああああああああああああ!!!!!」



決して正義ではないだろう。


分かっている。今、目の前にいるこの光景を見てある者は狂っていると表現するだろう。百人以上の人々が笑いながら、一人を殴って蹴って地面に打ち付けているから。


だけど、こんな狂っている世界でどうして、まともに生きて行かねばならないんだ?


どんな理想論も、生々しい現実の前では色褪せてしまう。それでも理想を語っていられるのがヒーローなんだろうけど、俺は違う。


俺は人間だ。たまたまこの世界に転生して素敵な力を得て、仲間に恵まれた一人の人間に過ぎない。


だからこそ、俺は見守る。俺は高潔な勇者なんかじゃないから。


ただただ、気持ち悪さを解消してスッキリしたいだけの、普通の人間だから。



「パワーエリクサーを持って来い!注いでからもう一発殴ろうぜ!!」

「げぇえええ……ぐへぇ、うぇぁあ………けほっ、けほっ……!!」



復讐心に満ちた暴力は果てしなく続く。


俺は、隣に立っているアルウィンに目を配った。



「アルウィン、見ない方がいいんじゃない?」

「――――――いえ」



彼女はすぐにでも泣きそうだった。顔に色々な感情が入り混じったせいで、メンタルがのこぎりで削られているようにも見えた。


だけど、彼女は目を離さない。悪事を働いた恩人が然るべき罰を受ける場面を、目に収める。



「私には、すべてを見届ける義務がありますから」

「……そっか」



それ以上、俺はなにも言わなかった。


ニア、クロエ、リエルと一緒に、俺もまたすべてを見届けた。教皇が刃物にさされて、またポーションで回復させられて、予め積まれていた薪の上に立たされる瞬間まで。



「う………ぇええ……うぇええぇええええ………いやだぁ、いや――――あ、ぐあぁあああああああああああ!!!!」



そして、最後にメンタルが完全に崩れてしまった教皇を燃料にして、火は高く高く燃え上がる。


真夜中を明かすその火は、紛れもない革命の狼煙だった。

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