64話 あなたはもっと苦しまなきゃ
カルツの死体を放り捨て、地面に散らばっている聖剣に黒魔法の呪いをかけた後、俺たち3人はゆっくりと、教会の裏道を辿っていった。
「本当にこの道で行ったと思う?」
「その可能性が高いんじゃないかな。この道が教皇の執務室から一番近いし、また俺たちが戦ってた場所と一番遠いから」
教皇はかなり怯えるはずだ。もしヤツが逃げ出すとするなら、本能的に俺たちがいる場所と一番遠い道を選ぶだろう。
そして、その予想が当たっていれば、今頃リエルたちは教皇と相対しているはずだ。
『教皇を本格的に始末するところは、リエルに頼みたいけど……お願いできる?』
『うん、カイのお願いだもん。そして……私のお母さんを殺した、クズだし』
街の人々と、レジスタンス。教皇を殺すために必要な舞台は、俺とリエルが準備したものだった。
パワーエリクサーの取引を名目にして、レジスタンスたちを首都に呼び寄せて。街の人々に噂を広めて、今までの教皇のしてきたことをさらに広めて。
その結果、教会を中心とした巨大な包囲網みたいなものが作られたのだ。教皇を狩るためだけに出来上がった、包囲網が。
『でも、そんなに人が動いたらさすがに目立つんじゃない?先に帝国軍に鎮圧されるかもしれないし』
作戦が実行される前、リエルふとそんな質問をしてくれた。俺はごくりと頷きながら、構想していたことを次々と述べていた。
『そこは、なるべく別々で、自重して行動するのを要求するしかないね。そして、俺たちが合図を送ったらみんなが教会を包囲するってことで、どうかな』
『合図って、どんな?』
『教会の爆発』
数百を超える十字軍を、一気に始末できる大技。
教会の外からもよく感じられて、教皇が逃げ出すしかなくなるくらいのスキル。それくらいなら、たぶん適切な合図になってくれるだろう。
『本当に大丈夫かな?爆発が起きて怪しいと思った帝国軍が、急に集まった人たちを殺すかもしれないよ?』
『そうなったら、もう戦争しかないと思う』
戦争は極端な話ではあるが、現実味が全くない話ではなかった。首都の中で、帝国の中枢とも言える教会を襲撃するのだから。
既に、俺たちがやっていることはテロみたいなものだった。本来なら教会を襲撃した翌日に、すぐ戦争が起きてもおかしくないと思った。
なのに、何故か俺たちは平和なままだった。そこで、俺はある可能性に思い至ったのだ。
『だけど、なんかおかしいんじゃない?』
『おかしいって?』
『なんで帝国側は静かにしてるのかな。貴族たちもそう。教会が襲われて十字軍が皆殺しにされたという大事件が起きたのに、なんにもしてこないじゃん』
『……まさか、皇室が教会を見捨てたってこと?』
『その可能性が高いと思う。実際に、今も教皇をけなす記事がたくさん出てるけど、皇室はそれを全部放置してるじゃん』
いくら皇帝が統治する国家でも、世論は大事だ。新聞の記事が持つ影響力を、皇室側が知らないはずがない。
なのに、なんのそぶりも見せて来ないってことは、つまり――――
『ヤツにはもう、味方がないんだよ。誰一人も』
教皇は、誰にも助けられないまま。
一人で無様に、死んでいくということだった。
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「ぐ、ぐぁああああああああ!!嫌だ、嫌だぁああ!!」
無様な悲鳴が上がる。教皇は縛られて、街の広場に連行されながら精一杯足掻いていた。
なんとかして生き残るために。なんとかして、この地獄から脱出するために。
だけど、そんな願いは続けざまに襲ってくる苦痛に塞がれて、どんどん遠くなっていった。
「くほっ!?ケホッ、ゲッ……!」
「貴様……!!なんの効果もない水を聖水だと騙しやがって!!貴様のせいでどんだけお金を持っていかれたと思ってんだ!!」
「く、くぁああ!?」
連行される間にも、教皇は右の男に腹を蹴られていた。今まで積もってきた憤怒が、湧き上がり始めたのだ。
「あ、アルウィン……!!た、助けてくれ!いや、助けてください、アルウィン!!あなたは、あなただけは私を助けるべきじゃないで――くはっ!?」
「前々から気に入らなかったんだよ!!俺の友達を知ってるか?教会に献金をしてなかったって理由だけで、かろうじて切り盛りしてた店が潰れたんだ!!新聞社に訪ねても、一人でデモをしても誰も聞いてくれなくて!!そのせいであいつ、自殺したんだよ、自殺!!てめぇのせいで!!」
「あがぁ、あぁあ…………ぐ、ぁあ……」
今度は顔にパンチを食らって、ただでさえ悲惨な気持ちが地の底まで突き落とされる。それでも、誰も彼を助けてはくれなかった。
すべては因果応報。自分で蒔いた悪の種なのだから。
「あ、アルウィン!!お願いします、アルウィン!!こちらを、こちらを……!!」
「――――――――黙れ」
「……え?う、うぁああああああああああ!!!」
今度はぶつ音じゃなく、刺す音が鳴り響く。
後ろで彼を連行していた男が、急にナイフを持って教皇の肩を突き刺したのだ。当然、血が吹き上がって悲鳴も濃くなる。
「………俺の婚約者を火あぶりにしたな、お前」
そして、今まで沈黙を保っていた男は耐えられないとばかりに、声を震わせる。
「俺の目の前で、あの子を燃やして………貴様が、貴様がぁああ!!!!」
「あ、あぁ………」
「絶対に、簡単には死なせない。最大の苦痛を味合わせてもらおう。あの子が感じた痛みを、てめぇも味わって見ろ……!!」
「く、くあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
地獄。教皇にとってその空間は、間違いなく地獄だった。
大体、おかしいのだ。こうも何十人が自分を捕まえて堂々と連行してるのに、なんで警備兵たちが現れないのだろう。あいつらはどこに行った?
本当に、本当に見捨てられたのか。自分はもう死ぬしかないのか。
嫌だ、嫌だ……!!なんで、なんでこうなるんだ。なんで……!!
「あ、がぁっ……ぐぅう……あ、アルウィン、アルウィン!!お願いします。い、一度だけでいいから、振り向いてください!!あなたは私によくなついてたじゃないですか!!アルウィン!!!!」
「………………」
教皇の悲鳴を聞いて、先頭に立っているアルウィンの顔がさらに歪む。
さっきからリエルにずっと手を繋いでもらったものの、無理だった。あまりにも、あまりにも複雑な感情が襲ってきて、もう仕方がないのだ。
アルウィンはほとんど泣きそうな顔で、手をぶるぶる震わせている。そして、結局耐えられないとばかりに、教皇に振り向いた。
「お、おお……!!アルウィン!!ようやく……!!」
「……ヒムラー様」
その場にいる人たちがざわつき始める。アルウィンが先頭を離れて教皇に近づくと、自然と行列の動きが止まった。
教皇は、正に救世主でも見つけたかのような顔で、アルウィンを見つめていた。
そうだ、彼女だけは絶対的な味方じゃないか。いくら嫌われたとしても、醜態を晒したとしても、自分は彼女を育てたのだ。
「……苦しいんですか?ヒムラー様」
「そ、そうです!!私の話を聞いてください、アルウィン!私は本当に、やむを得ないの事情があって―――」
「痛いですか?ヒムラー様」
「い、痛いです!!アルウィン、私を信じてください!このような悪魔たちに惑わされてはいけません!今すぐにでも懺悔をして、一緒に皇室に戻った方が―――」
「……………はははっ」
しかし、彼女から飛んでくるのは呆れを通り越した、嘲笑だった。
「あはっ、ふふふっ、うふふふふふっ」
「……………………………あ、アルウィン?」
「ふふふっ、ぷふふふふふふふふっ……あはっ、あはははっ」
「あ、アルウィン……?ど、どうし―――く、くぁああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?!?」
どうしたんですか、という声は苦痛に遮られる。
教皇の肩に刺しこまれたナイフ。アルウィンはそのナイフに魔力を流し込んで、さらに体の深くまでそれを埋め込んだのだ。
そう、ナイフに込められた魔力が骨を破って、細胞を破壊するくらいに、強く。
「………苦しいですよね?ヒムラー様」
「あ、ああああ……ア、ルウィン……!!」
「もっと苦しんでください」
それから、アルウィンは涙を一滴流しながら言った。
「あなたはもっともっと、苦しまなきゃいけませんから」
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