38話 レジスタンス
建物のあちこちが壊れ、以前よりもっと劣悪な環境に追い込まれたスラムでは、ある噂が広がっていた。
ダンジョンのモンスターたちが街を襲った理由は、帝国の上層部が自分たちを皆殺しにするためだという噂が。
「だったら言ってみろや!!どうやってダンジョンの中に引っ込んでいる奴らが外に出てくるんだよぉ!!そのゲベルスというやらの仕業だろうが!!」
「っ……!?こ、これ以上近づいたら殺す!!」
「はっ!やってみろよぉ!!どうせてめぇら帝国のおかげで何もかも奪われたんだ!!やってみようじゃないか!!」
「くっ……!こ、こいつを殺せ!お前ら、なにをやっている!早く剣を抜け!!」
「……………………………………」
一人の男が、3人の帝国軍を殺さんとばかりに問い詰めている風景。
街中で広がる狂気じみた場面を前にして、俺とニアはマントのフードを被ったまま頷き合う。
いい調子だ。先日、実験室をそのままにしておいてと頼んだブリエンたちとの約束は守られている。
ゲベルスとの一件があった翌日、俺たちはスラムの人たちにその実験室のすべてを公開した。
もちろん、俺とニアは後ろに隠れていて、表で行動してくれたのはクロエだった。
勇者パーティーのメンバーとしてよく知られている彼女はスラムの人たちにも信頼を受けていて、彼らは余すことなくそのすべてを見届けることになった。
床に転がるいびつな死体とか、ゲベルスの変形した体とか。
他にもゲベルスの資料や人体実験に対する文書が明かされ、あっという間に帝国の悪辣さが世に広まるようになったのだ。
「き、貴様ら!!なんで剣を抜かない!お前らも殺されてぇのか!!」
「ははっ、帝国のクソ犬たちがよぉお!!助けに来たかと思いきや、ここにいる人を虐殺しに来たんだろ!?違うかよ、ああん!?」
「……行こうか、ニア」
「うん」
ただでさえ被害を受けた人たちの憤怒は極限に至り、ここに派遣された帝国軍を殺すような勢いで怒り狂っていた。
憤怒のような負の感情は伝染される。この国を効果的につぶすためには、適切な世論を作る必要がある。
その計画の第一歩を踏み出した俺たちは、クロエが待っているギルドに足を向ける。
「カイ、ニア。来たんだ」
「うん」
そして、カウンター席の机の上に立っていたクロエは俺を見るなり表情を和らげて、手招きをする。
俺とニアはクロエの横に立ち、かぶっていたマントのフードを外す。赤い瞳が群衆に晒され、ざわつきが広がった。
「か……影!!」
「本当だったのかよ……!勇者パーティーのメンバが、悪魔の仲間だなんて……!」
後ろから漏れた声に、クロエは堂々とした声で答える。
「そうよ。昨日、ゲベルスとの闘いを終えてあの実験室のすべてを見届けた私は、もうこの国に希望はないと判断したの。国の皇太子というヤツが、あんな施設を作ってたなんて……!それに、あなたたちも噂では聞いていたでしょ!?孤児を無理やり連れ込んで、男たちの慰み者や実験体にする収容所があるという噂!!」
「それは、確かに前からあったような……」
「あの実験室もそれと同じなの!あそこより深い森の中には、シュビッツ収容所があった!生存者がほとんどない、人間をゴミ以下に扱っていた化け物たちの巣窟が!!」
俺やニアが言ったら、悪魔だからなんの信憑性もないと言われるだろう。しかし、元勇者パーティーだったクロエの言葉はよく効く。
たとえ辺鄙なスラムでも、首都で勇者パーティーが結成されたことはよく知られているのだ。クロエの存在を、彼らが知らないはずがない。
「第2皇太子、アドルフの計画は民衆の抹殺だった」
そして、俺はクロエのバトンを受け取って、声を上げる。
「帝国の中にいるすべての人々を黒魔法に染め、自我のない人形にすること!黒魔法を強化させるためにもっとも必要なのは、人間の生命力だ。貴族たちは、首都の皇族たちはその生命力を吸い取り、黒魔法で自分たちの寿命を延ばそうとしている!」
「はぁ!?あ、悪魔の言葉なんか……!」
「いや、でも実験室の資料にもそう載っていただろ?影だとはいえ、あいつの言葉に間違いはない」
「俺たちはお前たちの敵じゃない!」
悪魔だからといって、別に虐殺がしたいわけじゃない。もちろん、必要があれば殺すが、無実な人たちを殺す必要はない。
俺の本音と訴えが、狭いギルドの中に広がっていく。
「俺たちの敵は帝国だ、貴族だ!今まで孤児たちとここにいる全員をゴミ扱いして、奴隷として見ていた忌々しい人種だ!誓って言うけど、帝国の横暴はこれだけじゃない。奴らはもっと醜くて、悪辣で、汚い計画をいくつも立てている!」
俺は当然知っている。何故なら、俺はこの世界の転生者だから。
「また帝国軍に財産を盗まれたいか?またゴミを見るような目を向けられたいのか!?踏まれて転がされて、家畜以下の扱いを永遠と受けたいのか!?立って、抵抗しろ。人形や犬じゃなく人間らしく生きたいのなら、声を上げてこの国をぶっ潰せ!!」
言葉が終わると同時に、場が静まり返る。しかし、次の瞬間。
「っ……わぁあああああ!!!」
「うぁああああああ!!!」
「帝国を潰せ!!帝国を潰せぇえ!!!」
次から次へと、歓声じみた雄たけびがギルド内で響き渡る。
意志は伝染し、枯れていた心を奮い立たせ、空気を滲ませていく。歓喜に溢れた声は貴族に対する悪態に移り変わり、人々はどちらかともなくギルドの中から出て行った。
自分たちをゴミ扱いして、殺そうとまでした帝国軍を、手にかけるため。
「……こういう一面もあったのね」
「カイ、やっぱり悪党」
「……実際に悪党だから、まあいいっか」
クロエが驚いたように振り向くと、俺は小首を傾げながら苦笑を浮かべる。
ゲームの設定上、この国でレジスタンスが出現するのはもう少し後のことだ。しかし、世論を覆して効果的にこの国を潰すためには、ある程度こうする必要がある。
「ニア、クロエ。俺たちは首都へ向かおう」
「首都?急にどうしたの?」
「あそこでけっこう色々なイベントが起こるんだよ。そして……後見人がいても悪くないしね」
「ううん……?後見人?」
「まあ、詳しい内容は首都へ移動しながら説明する。あ、そうだ。クロエ、ヤツは?」
「うん?ああ………ふふっ、しっかりと2階の独室に縛っておいたよ」
「ああ、ありがとう」
俺たちはテーブルから降りて、ギルドに2階に移動した。割と大きめなドアを開くと、中には腕と足を縛られた豚………いや、元支部長だったベクトルが涙を流しながら、俺たちを見上げてくる。
「ひ、ひいいっ!?!?お、お願いします、お願いしますぅう!!!命だけは、どうか命だけは………!!」
「ああ、大丈夫。お前は使いどころがいろいろあるから、命だけは助けてやるさ」
「あ、あ、あああありがとうございます!!何をすればよいのでしょうかぁああ!!」
自分の地位を鼻にかけていた態度はどこにもおらず、残されているのは命乞いをする無様な人間だけ。
俺は人差し指と中指を上げて、先に中指を折る。
「一つ、俺たちのために馬車を準備してくれ。いくら落ちぶれたギルドでも、それくらいはあるだろ?」
「は、はいっ!!お次は、お次はなにを用意すれば……!」
「そうだね……」
俺は天井を見上げながら、口の端を吊り上げる。文書だけじゃ決定的なアピールが足りない。
人々の心を揺らすには、もっと刺激的な媒体がいなきゃ。
「この世界には投影魔法……もしくは写真機というものが存在する。だよな?」
「は、はい……!!」
「魔法使いでもいいし、写真機でもいいからそれらを準備してくれ。今すぐ」
俺は、しゃがんだまま豚と目を合わせる。
恐怖のせいで青白くなったヤツの顔を見据えながら、俺は再び口角を上げた。
「なに事も、しっかりと証拠を確保しなきゃだからな」
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