37話  皇太子の違和感

「すぅ……すぅ……ん、うはぁ……」

「……すぅ、すぅ」



洞窟の入り口から入ってくる日差しに当てられて、俺はようやく目を開く。


座って眠っていたせいか、首も方も凝りに凝って上手く動けない。でも、魔力を循環させればすっかり治るのだから、こういったところは便利としか言いようがない。


俺の太ももを枕にして眠っているニアの綺麗な銀髪を手ですくと、間もなくして向こう側からもぞもぞと、クロエが動いた。



「ん……ぁ、おはよう」

「おはよう」



さすがに疲れてるのか、クロエは眠たそうにしつつも無理やり上半身を起こして、ニアの寝顔をジッと見つめる。


今日からは、クロエを含めた3人で一緒に行動することになる。



「よく眠てるね、ニア」

「どうやら俺の太ももがお気に入りらしくてさ~~ニアってけっこう甘えん坊だし」

「あはっ、でも当たり前じゃない?ニアって……昔から色々と、周りから疎まれてたんでしょ?」



昨晩、俺たちは各々の過去をすべて話して、かなり深い絆を持つようになった。


だからこそ、クロエにはニアの気持ちが分かるのだろう。俺が「そうだな」と答えると、クロエが頷く。



「私たち、他人の愛なんてよく知らないし」

「……確かに、それもそうか」

「そう。カイも元いた世界で嫌われてたし、ニアはもちろんだし、私だって……唯一の親友が、目の前であんなことになったからね」



親友が爆発四散する姿を見たクロエは、それっきり心の扉を閉じてきた。


そんな彼女に信頼されるなんて、感慨深い気持ちになりながらも不思議に思えてくる。


いや、もしかしたらクロエの言う通り共通点があるからかもしれない。


俺たちはみんな、他人からの愛を知らなかったから。



「仲間か……ふふっ」



クロエは自然とこちらに寄って、俺と同じように眠っているニアの髪を梳く。ニアは若干身動きをしつつも、幸せな顔で眠り続けるだけだった。



「まさか、悪魔の仲間になるとは思わなかった」

「あはっ、国を潰そうとする悪役集団に入った感想は?」

「心地いいわね。それに、私だって元々犯罪者みたいなもんだし」



クロエは小首をかしげて、言っていることとは真逆の清々しい笑みを浮かべる。



「仲良く、この帝国を滅ぼしてみようかしら」

「……ああ、仲良く、な」



俺たちは他人からの愛を知らない。


だからこそ、俺たちは互いに愛を向けることができるだろう。犯罪者集団に仲間意識が芽生えるなんて……家族みたいな感じがするなんて、あんまり似合わないとは思うけど。



「改めて、よろしくな。クロエ」



再び言ったその言葉に、クロエは嬉しそうにうなずいてくれた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




おかしい。


帝国の首都、オデールの皇宮にいた第2皇太子―――アドルフは、未だに届かないゲベルスの報告にしびれを切らしていた。



「まさか、ゲベルスが……?いや、そんなはずは」



ゲベルスを登用した以来、こんなことはなかった。


彼は黒魔法に狂って人体実験や虐殺を楽しむ気違いだけど、自分にだけはちゃんとした忠誠心を向け、飛びぬけた成果を上げてきたのだ。


そんな彼が、五日以上経っても報告をくれない。もしや裏切りかも思ったけど、ゲベルスの目的と普段の行いを考えると、そんな疑いの念も散ってしまう。


仕方ない。ゲベルスに人を送るか―――そう思って、騎士を呼ぼうとした時。



「こ、皇太子様!!大切な報告があります!」



騎士の慌てた声がドアの向こうから聞こえてきて、アドルフはさっそくそれに答える。



「入れ!」

「はっ!」



執務室に入ってきた騎士はさっそく片膝をつき、アドルフに対する礼を見せる。


しかし、騎士の表情には明らかな焦りがあって、アドルフは眉根をひそめながら用件を聞いた。



「どうした、そんなに慌てて」

「それが………っ!」



騎士は一度詰まった言葉を、かろうじて流し出す。



「げ、ゲベルス様が……スラムで暗殺されたという知らせが……!」

「…………………………………………………は?」



一瞬、アドルフの目が大きく見開かれる。今、目の前のヤツはなんて言った?


ゲベルスが、暗殺される?



「それに、ゲベルス様が運用していた地下の実験室の存在が知らされ、スラムの民たちが暴動を起こしています!」

「…………は?」

「中にある実験体や黒魔法の残滓、ゲベルス様の死体まですべて晒され、スラムの隣の村からも疑問の声が―――」

「黙れ!!!!!!!」



体の中の血が冷え切るような感覚。


そういった、背筋がゾッとするような寒気がアドルフを襲う。彼の頭の中では一つの言葉だけが駆け巡っていた。


ありえない、という現実否定の言葉が。



「そんなこと……!いや、一体誰がゲベルスを殺したと言うのだ!!それに地下の実験室は、国の魔法使いたちが張った結界で存在が隠されていたはず!ゲベルスが自らその場所を公開したとでもいうのか!」

「………か、影が」

「は!?」

「影が……!あの悪魔たちが!ゲベルス様を殺したと言う推測が、現時点ではもっとも信憑性があるかと……!」



アドルフの頭が真っ白になる。


もちろん、ゲベルスをスラムに向かわせたのは影を殺すためではあった。


ついでに勇者パーティーに紛れている裏切り者を取り除き、自分たちの理想をいち早く具現化するためでもある。


だから、ゲベルスが影に敗北するのはある意味ありえる話だった。しかし、アドルフの頭ではその事実を容易く受け入れることができなかった。


精神操作の達人が、この世で一番と言っても過言ではない黒魔法使いが、半分こになった悪魔にやられただと?



「……勇者は」



焦りによって絞り出された声が、執務室に鳴り響く。



「勇者はどこにいる?勇者はどこだ!彼だってゲベルスと一緒にスラムにいたはずだ!」

「ゆ、勇者カルツ様は今、行方不明になっております!おそらくですが、ゲベルス様と一緒に影にやられたのかと……!」

「貴様の推測なんて聞いていない!!ははっ、すなわち……ゲベルスは殺されて勇者は行方不明……か。あはっ、あはははっ!!」



あふれ出る失笑を何分も響かせた後、皇太子はありったけの力で机をたたく。


騎士の肩がビクンと跳ね上がるが、奥歯を食いしばる皇太子の怒気はお構いなしに、執務室を支配していく。



「………役立たずめ」



かろうじて出した声は、勇者に対する悪態だった。


確定されたことではないが、ゲベルスを殺したのは影だと見た方が自然だろう。


ようやく冷静になった頭で、皇太子は考えを巡らせる。まさか、悪魔の力がゲベルスを凌駕するほどだなんて。


悪魔がこの帝国を滅ぼすと言う予言。ただのくだらないおとぎ話と思っていたが、まさかこんなことになるなんて。



「…………ゲベルスだけじゃなく、他の人員も投入すべきだったか。はっ、ははっ……!!」



早めに芽を摘むために送り出したゲベルスが、無様に死んでしまった。


なら、次は全力を注がなければ。この帝国の力をすべて合わせて―――彼らを絶対的な悪、殺すべき反逆者として扱わなければ。


ゲベルスという巨大な力を失った今、頼れるものなんてそれくらいしかなかった。



「――お父様の執務室に向かうぞ。やつらの危険性を知らせ、全国民が彼らの敵に回るように仕向けなければならない」

「こ、皇太子様!!」



さっそく執務室から出ようとしたアドルフは、しかしながら次に入ってくる騎士を見て、拳を握りしめるしかなかった。



「なんだ、用件だけ手短に言え」

「ゆ、勇者パーティーのメンバー……クロエが、影に肩入りしたという報告がありました!」

「……………………………………………………は?」

「それだけでなく、彼女はゲベルス様の正体や真相を余すことなく民衆にバラしているようで、世論がどんどん悪くなっております!!」

「………………………」



……はっ、ははっ。


なんだ、なんなんだ、この状況は。


いや、当たり前かもしれない。ゲベルスが死んで実験室の存在がバラされた瞬間、民心を失うのはある程度確定されている未来だ。


しかし、そこじゃない。アドルフが抱いている違和感はそこじゃなかった。


まるで、誰かの手のひらで弄ばれているような感覚。


自分が打つ手がことごとく読まれて、徐々に首を絞められるような感覚―――たった一度だけだというのに、彼は既にそのような違和感を抱いているのだった。



「……なおさら、お父様に報告をしないとだな」



歪な笑みを浮かべながら、アドルフは執務室を出る。


彼の指先は、緊張と焦りで酷く冷たくなっていた。

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