クロエ 2

32話  お仕置きが必要な時間

「な、ななななに、これ!?クロエ!?」

「ひ、ひいっ……!?」



カルツに続いて入ってきたブリエンとアルウィンを見て、俺は思わず嘆息をこぼしてしまった。


なんでこうなるんだ。いや、元々は俺のせいだけど。俺がストーリーに介入してゲベルスを殺したのが問題だけど!



「……クロエ」

「ち、違う、カルツ!そういうわけじゃ―――」

「やっぱり、お前は裏切り者だったんだな」



……裏切り者?


想像もしてなかった言葉が出てきて、クロエだけでなく俺の瞳まで見開かれた。


しかし、その言葉を発した本人は部屋の中を見回した後に、嫌悪に満ちた目でクロエを見つめる。



「ダンジョンにあるモンスターをスラムにのさばらせたのも、この気持ち悪い施設も!!全部お前がやったんだろ!?」

「ちょっ、なんでそうなるのよ!少しは私の話を聞いてみなよ!」

「うるさい!くそ、こんな施設を作ったヤツとパーティーを組んでいたなんて……!いつかは俺らまで丸ごと消すつもりだったんだろ、お前!?」

「っ……!」



確かに、今の状況的にクロエが疑われるのは仕方ないのかもしれない。


スラムがモンスターたちに襲われている間、クロエは席を外してこんな地下施設に来ているのだ。


それに、さっきのゲベルスとの闘いで試験管のガラスが割れて、中身が全部出ている。


醜い死体たちと培養液。真ん中にいる、化け物になったゲベルスの死体まで。



「私は本当になにもやってないのよ!!全部あいつがやったんものだもん!あの化け物、ゲベルスが!!」

「なに……あれが、ゲベルスさん?」

「そうよ!あの男こそが諸悪の根源なんだよ?シュビッツ収容所のこと、あなたも知っているでしょ?あの施設だって、あの男が……!!」

「黙れ!!!!!」



でも、少しは。



「そんなことあるはずないだろ!!ゲベルスさんがこの施設を作ったと!?ゲベルスさんは皇太子様の右腕だ!あの皇太子様が、この帝国がこんな悪を放っておくわけないだろうが!!」



少しは、信じるふりでもするべきじゃないだろうか。


カルツとクロエの縁は、決して浅くはないはずなのに。生死をかけた戦いを何十回もして、個人的にクロエには命を助けられたこともあるというのに。


なんで、あそこまで追い込むんだろう。どうして、クロエの言葉に耳すら傾けないんだろう。


イラっとして、俺は思わず低い声を出してしまった。



「おい」

「……ぁ、え?君は……」

「そこまでにしろ、カルツ」



俺は、カルツと敵対するつもりはなかった。


4年間、一万以上の時間の注ぎながらプレイしたキャラなのだ。なるべく穏便な関係を維持したいと思っている。


だけど、この状況をのうのうと見過ごすわけにはいかなかった。



「な、なんだ……君は、あの時に助けた少年……!」

「カルツ、真実を教えてあげる。信じるか信じないかの選択は、お前にかかっているけど」

「なにを言ってるんだ!!はっ、そうか。クロエ、よもや黒魔法に手を染めたのか!?助けた子供さえも実験体として使うために、精神操作を―――」

「クロエの言葉に間違いはない」

「…………は?」



言葉を遮ると、カルツはわけが分からないとばかりに目を丸くする。


隣でクロエが申し訳なさそうな顔をしているのを確認して、俺はカルツに目を向けた。



「この地下施設は、ゲベルスが皇太子の許可を得て作った場所だ。そして、見ての通り―――この施設の目的は、黒魔法に関する様々な人体実験を行うため。この試験管に閉じ込められている死体はすべて、ゲベルスの実験による犠牲者だ」

「……………」

「考えてみろ。ゲベルスはこの国でもっとも精神操作に長けている、黒魔法の天才だ。その魔法の実力がどこから来たと思う?黒魔法の根源は人間の生命力を吸い取ることと純粋な悪意だ。ゲベルスがあんなに強いのは、あいつがここで―――」

「何を言ってるんだ?君は」



そして、その瞬間。


カルツは心からしょうもないと言わんばかりの声を発しながら、眉根をひそめた。



「俺に、その話を信じろと?皇太子様がこの施設の設立に許可をした?人体実験?ははっ、あはははっ!!!」

「…………」

「―――そんな不愉快な言葉、二度と言うな。まだ少年だから生かしてはあげるが、もう一度言ったら……君も、そこのクロエと同じ悪として見なすぞ」



……………………………ああ、こいつはもう。


ダメか、こいつは。



「クロエが、悪?」

「そうだ。今の状況を考えてみろ!スラムでモンスターが襲われたというのに、クロエはこんな陰湿な地下施設にいたんだ!体に傷があるのを見る限り、きっと誰かと戦ってたのだろう!」

「その戦った相手が、あそこの化け物になったゲベルスとは思わないのかよ」

「はっ、順番が逆だろ!ヤツがゲベルスさんに人体実験を施しているうちに、ゲベルスさんが変形してクロエを襲ったのだ!!そうでなきゃ辻妻が合わないだろ!?」

「………お前、本当にそう信じてるのかよ」

「当たり前だ!!皇太子様とゲベルスさんは俺を何度も信じてくれたんだ!!聖剣に選ばれて、教団に勇者として称えられているこの俺を!!」

「……………………………」



ここまで来ると、怒りを通り越して呆れてしまう。どうしてこんな風にしか思えないんだ。どうして、この状況でそんな風に思えるんだ。


なんで、疑わない?自分が何のために戦っているのか、なにを目指すべきなのか……そういった考えとか苦悩とか、全くないのか?こいつは?



「悪いが、クロエ……君はここで死んでもらうぞ」

「………………………………………………………………………」

「ちょ、ちょっと!!カルツ!本気でクロエを殺す気!?少しはクロエの言い分も聞くべきじゃない!!」

「そ、そうですよ、カルツ様!クロエさんは大切な仲間で、何度も私たちを助けてくれたじゃないですか!!」

「二人とも、今の状況を見てまだそんなことが言えるのか!!クロエが一人で何かを調べていたのを、二人とも分かっていただろ!?」

「それは……!で、でも、クロエがこんなことするはずが……!!」

「いや、こいつならありえる!!」



聖剣が抜かれる。


正義の敵、悪を斬るべき聖剣の剣先が―――クロエに向かわれた。



「こいつは、自己犠牲や高潔などを知らない暗殺者だからな」

「………………………カルツ」

「大人しく投降しろ、クロエ。抵抗しなけりゃ命だけは助けてやろう。元はと言えば、一瞬でお前を殺すべきだが―――これは、俺の慈悲だ。投降しろ、クロエ」



クロエは呆れる表情すら浮かばず、ただ魂が抜けたような顔でカルツを見つめていた。


ずっと一緒にいたのだ。一緒に戦って、一緒に助け合って、食事もして、会話もして、時々喧嘩はしたけど………でも、積み重ねた時間があるというのに。


一瞬で、その信頼が砕けてしまうなんて。少しも疑いもせず、悪だと見なされるなんて。



「……………………はっ」



反吐が出る。本当に、反吐が出そうになった。


なんの苦悩も、なんの疑いもない正義。辻褄合わせだけで自分自身を振り返らない、行き過ぎた善。


それは、もはや――――宗教のようなものじゃないか。


盲目的で、破壊的で、少しも疑いのない信仰。



「―――――――――ニア」

「うん、カイ」



低い声でニアを呼ぶと、待っていたとばかりにニアが台の上に立つ。


一瞬で、空気の質が変わる。血生臭さとじめじめしていた空気は、闇に。黒いチリが宙を舞って、ニアに集まっていく。



「クロエは、カイの浮気相手だけど」



ニアは閉じていた両目を開けて、慌てているカルツを見つめた。


その瞳の色は、悪魔の象徴である赤。



「でも、クロエはいい人」



真っ黒なオーラ―を纏いながら、ニアはカルツを見つめる。


異変に察したカルツは、慌てた顔でニアを見上げた。だけど、時すでに遅し。



「あなたは、悪い人」



ちょっとしたお仕置きが必要な時間だ。

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