31話  予想してなかった展開

成人男性の5倍くらい大きかった体はすっかり縮まり、もはや赤ん坊くらいのサイズになってしまった。



「ぐ、ぐぇえええ……ぐあぁえぇええ……」



そうなるまでかかった時間が、大体1時間。


その間、ゲベルスはずっと苛まれていた。体が爆発して削られるような、言葉では表現できない苦痛に。



「ころせぇ……ころせぇ、ころせぇ……殺して、くれぇええ……!!」



涙と唾でぐちゃぐちゃになった顔には、いつもの余裕がなかった。


痛覚に悶えながらも、ゲベルスは頭の隅で思う。さっき言っていたニアの言葉が浮かんだ。


これが、最初の死だと。5000回以上死ぬのが、あなたの現実だと。


――――これを、5000回も?



「いや、だぁあ……ころしてくれぇ……うあ、うぁああああ……!!」



その事実に思い至った瞬間、ゲベルスの口からは無様な願い事がこぼれる。


自分がこんな状況に追い込まれるなんて、こんなお願いをすることになるなんて。普段の自分なら一層のこと死を選んでいただろう。


しかし、今のゲベルスには死を選ぶことすらできなかった。動ける腕も足もないから。



「お願い、お願いだぁあ……げ、ぐぁああああ……がっ、かぁあ……あぁ、あ……!!」



圧倒的な苦痛の前では、プライドも余裕もなくなってしまう。


糸目が見開かれ、涙を流しながら必死に懇願しているゲベルスを見て、カイはクロエを見つめた。



「どうする、クロエ?」

「…………」

「君が選んでいいよ。この復讐は君のものだから」



まさか、自分の命があんなゴミの意志にかかっているだなんて。


屈辱極まりない状態だったが、ゲベルスにはその羞恥を感じる余裕さえもなかった。


あんなにも軽蔑していたゴミを、ゲベルスは精一杯見上げようとする。


しかし、クロエは。



「何言ってるの、あなたが言ったでしょ?」

「うん?」

「あいつには、最低の死を与えなければならないって」



クロエの言葉を聞いた瞬間、カイは薄笑みを浮かべてから言う。



「……そうだね」



パチパチと、拍手を打つ音が鳴る。



「がはっ、が、がぁああああああああああああ!!!」



その音とともに、津波が押し寄せるかのように荒々しく、ゲベルスの体に苦痛が走って。


彼は、その痛みを最後に気を失ってしまった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




―――パチン、と指を鳴らす音が響き渡る。



「あなたが見ているこれは、現実」



そして、さっきも聞いたことがあるような声色が、ゲベルスの精神を呼び覚ます。



「…………………」

「現実は、ちゃんと受け入れるべき」

「…………ふざけるなぁあああああ!!!!」



気が付いたら自分はそう叫んでいて、気が付いたら目の前に3人の姿がいた。


台で手を繋いだまま自分を見下ろしているカイとニア。そして、冷酷な顔をしているクロエ。


それに、黒魔法で練り上げた自分の完璧な体さえも、全部。


全部が、同じだった。全部が同じだ。これは、これは――――



「う、う、うぁあああああああああああああ!!!!!!!!」



繰り返しだ。


また死んでしまう。またあの苦痛を味わってしまう。また、また繰り返される。


何十回も、何百回も、何千回も―――自分は、この苦痛から逃れられない。



「い、いやだぁあああああ!!あ、あ、うぁあああああああああ!!」

「カイが言った。あなたは5000回以上死ぬと」

「くぁああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」



そして、その絶望を知らないとばかりに。



「だから、5000回以上死ぬのが、あなたの現実」



少女の冷たい声が、ゲベルスの精神に突き刺さった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「ぐはぁ、ぁああああ……ころ、してぇ………お願い、だ!!おねがいだぁああ……ころしてくれぇ、ころしてくれぇええええええええ!!!」

「…………」


目の前で全身を抱えながら悶えているゲベルスを見て、クロエは複雑な表情を浮かべていた。


今頃、ヤツは最悪の苦痛を味わっているだろう。自分が孤児たちに与えた痛みを一から全部、味わっているはずだ。


黒魔法による呪い、実験を称した人体解剖、毒殺、拷問。


自分が興味本位でやってきたすべての対価を、そのまま返されているはずだ。そして、この輪廻からは逃れられない。


これは、俺が初めからヤツにかけた精神操作だからだ。


森の中で、ヤツが俺を見つめたその瞬間から、この魔法は発動したのだから。



「……私と戦っている時には、操作を解いたんだよね?」

「ああ、幻覚のトリガーは、俺が指を鳴らすことだったからさ」

「そう、ならいいよ」



そう言ったにもかかわらず、クロエの顔は若干曇っているように見えた。


……そして、それは俺も同感だった。いくら化け物に変形したとはいえ、目の前で人が苦痛に悶えているのは、決していい眺めではないから。



『しかし、悪魔の魔力……こんなこともできるなんて』



これは、前世のゲーム内でのラスボス―――ニアが使っていたスキルだった。


混沌の渦。プレイヤーに幻覚を見せ、永遠に抜け出せない地獄のループに巻き込めるという設定があるスキル。



「カイ、質問したいことがあるんだけど」

「うん、なに?」

「あいつ……これから数時間も、ずっとあんな状態なんでしょ?」



クロエの質問に、俺は首を振る。



「ううん、あいつが苦しんで悶えるのはすべて幻覚だし、幻覚の中で流れる時間は現実の時間とは関係ないよ。だから、もうすぐで5000回ほど死んだあとのヤツが、現実に戻るはず」

「……そう」



クロエはナイフを握りしめる。それは、アルウィンからバフをかけてもらったナイフ。


これで丹田を突き刺すことで、ヤツは死ぬのだ。復讐を成し遂げる瞬間がどんどん近づいてくる。



「……ははっ。本当に、勇者パーティー失格だよね、私……」



自嘲するように笑ってから、クロエはゆっくりとヤツに近づく。


俺はニアを一度見つめた後に、ゆっくりと頷き合った。そろそろ頃合いかと判断して指を鳴らすと、ゲベルスの意識が現実に戻ってくる。



「きへ、げぇぇ……ぇ、ぅぇぇええ……」

「……………」

「ぐえぇ……うぁあぇえ………」



醜い有様だった。


そりゃ、あんなに殺されたんだから正気でいる方がおかしいか。体をびくびくするだけのゲベルスを見つめて、クロエは深呼吸を重ねる。



「これで、終わりよ」

「げぇえ……がぁぁあ……」

「さようなら、悪魔」



プシュッ、と鋭い刃物が突き刺さる音が鳴る。


ゲベルスは目を大きく見開いた後に、そのまま白目を剥いた。


凶悪だったサイコパスの、みっともない最後だった。



「ふぅ………」



ナイフを抜き取らず、クロエはゆっくりと立ち上がって俺たちに近づいてくる。



「ありがとうね、カイ、ニア。君たちがいなかったら、間違いなく死んじゃってた」



苦笑を浮かべているクロエの顔には、色々な感情が混じっていた。


清々しさと安堵。長年の執念がもたらしてきた疲れ。



「……クロエ」

「うん?」

「大丈夫?」



その言葉を発したのは俺じゃなく、ニアだった。



「……ふふっ、うん。大丈夫。ありがとうね、ニア」

「なら、いい」

「うん。本当に大丈夫。後悔はないから」



……複雑なのだろう。なんとなく、俺にはその気持ちが伝わってきた。



「一旦スラムへ向かおうか、クロエ。ヤツが呼び寄せた魔物がたくさんあるはずだからさ」

「うん、そうしよっか。これ以上したらカルツに本気で疑われそうだし―――」



そのまま言葉を続けようとしたところで、音が鳴る。


階段を下りる忙しない足音。そして、壊れた門を通じて現れたのは―――金髪の青年。


勇者、カルツだった。



「……なんだ、これは」

「………カルツ」

「クロエ、お前…………!!」



………………あれぇ。


この展開はちょっと、想定外だけど。

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