18話 クロエの願望
ふざけているとしか思えない。
だけど、ふざけているにしては表情が真面目過ぎる。クロエは混乱しながらも、もう一度カイに聞いた。
「殺される運命って……私が、カルツに?」
「そうだよ、あの勇者に」
……冗談だよね?クロエは思わずそう言い返しそうになったけど、言葉をぐっと飲み込む。
そもそも、目の前の男は色々とおかしすぎるのだ。悪魔の魔力が身に宿っているにも関わらず平気な顔しているし、会ったこともない自分の名前も知っていた。
聞き流すには、言葉が若干重すぎる。運ばれたビールで喉を潤いながら、クロエはふうと深い息をつく。
「ふうん、なら私はどうやって殺されるわけ?あのさ、カルツはちょっとバカで考えなしのところはあるけど、仲間を大切にするやつなんだよ?」
「うん、そうだね」
「……カルツに会ったこともないのに、なんで頷くわけ?とにかく、どうやって私がカルツに殺されるのかの道筋が見えないんだけど。本当に、私がカルツに殺されるって?」
「君はスラムである組織を調べている。そうだよね?」
急に変わってしまった話題に、クロエは眉根をひそめる。
本当に、どこまで知ってるの。この男。
「……私のことはもう調査済みってわけ?」
「いや、俺は昨日君と会うことなんて全く想像してなかったし、こうやって3人で集まったのもあくまで偶然に過ぎない。俺が知っているのは、君の未来と君の性格だけだよ、クロエ」
「……………未来を知ってる、か」
なるほど、口ぶりからしてそうじゃないかなとは思ってたけど、こうやって断言されると逆に面白くなる。
クロエは挑戦的な笑みを浮かんで、ビールをもう一度煽った後に聞いた。
「じゃ、私はどんな組織を調べているのでしょうか~?未来を知っているあなたなら、分かるはずだよね?」
「スラムではよく子供が拉致されることが多い。どうしてだと思う?」
「……紛らわしいこと言わずに、早く組織の名前を口にして」
やや低い声で催促するように言うと、カイはふうとため息をつきながら身をかがめる。
「帝国の暗部」
「…………!!」
「その暗部が……いや、この国が子供たちを拉致している巨大な組織だよ。どう?これくらいなら合格点かな?」
クロエは、あえて組織という言葉を使ってカイを試そうとしていた。
だって、彼の言うことは本当だったのだ。自分が見つけ出した真実―――その裏には、帝国の諜報部である暗部がどっしりと構えていたから。
「……本当に何もかも知っているんだ?」
「そうだぞ?今の君が知らない情報も、ある程度はね」
「…………」
シュビッツ収容所は氷山の一角に過ぎない。この帝国は、貴族たちの安寧と皇族たちの永生のために民を搾取し、ずっと裏で何らかの実験をしている。
なにはともあれ、ただの子供が手に入れられるような情報じゃないのは確かだった。
クロエは間をおいてから、口を開く。
「なら、本当に私はカルツの手で殺されるんだ?」
「ああ。だから、君は一秒でも早くパーティーを抜け出した方がいいよ。命より大事なものはないからさ」
「……で、パーティーをやめた後は?私一人で調査をしろと?」
クロエは頬杖を突きながら、苦痛に滲んだ顔で語り始める。
「カルツはああ見えても勇者なの。帝国からの信頼も厚いし、そのパーティーメンバーには色々なメリットが与えられる。私は、そういったメリットを使って調査をして、ここまでたどり着いたんだよ。このとち狂った国の正体を知ったの」
「………」
「あなたたちもシュビッツ収容所出身なんでしょ?まあ、あの収容所は破壊されたけど……でも、あそこは文字通り地獄じゃん。私もあそこ出身だから分かるんだよ。この国が腐っていることも、皇族たちが人間を実験用のハリネズミ扱いしてることも」
クロエは未だに覚えていた。自分のすぐ隣のベッドを使っていた、笑顔がとても優しかった同年代の女の子を。
そして、その女の子が実験室に連れ込まれ、なんらかの魔法を施された後に―――体が膨れ上がって、体が弾けるように爆発四散したことも。
すべてを、すべてを覚えている。忘れるはずがなかった。忘れてはいけなかった。
だから、クロエはあえてカルツに接近して、勇者パーティーのメンバーになったのだ。
一人でも多くの子供たちを救うため。そして、亡くなった親友の復讐を果たすため。
「危険を冒さなければ、成果は得られない」
「……クロエ」
「ごめん。心配してくれているのは、なんとなくわかるけど……でも、私は止まれないの。この帝国に、ある男に復讐する前には……私は死んでも死にきれないから」
……そういえば、こんな子だったよなと、カイは懐かしい気持ちになる。
ゲーム内でのクロエは、クールで冷静なのと同時に芯があって、周りの人を気にする優しい性格の持ち主だった。
こんなギャップがあるから、カイもあんなにクロエのことが好きだったのだ。まあ、ゲーム内の話だけど。
「………カイ、浮気?」
「ニアさん?俺の太ももから手を離してくれませんか?」
カイが他の女を考えているのを一瞬で察したニアは、すぐに赤い瞳を光らせる。
カイは背筋に冷や汗を掻きながらも、苦笑を浮かべて見せた。
「俺は警告したんだぞ~~?このままだと本当に死ぬんだからな!?」
「……ふふっ、ウソのようには聞こえないね。もちろん、今すぐパーティーを抜けるつもりはないけど……でも、アドバイスはありがたくいただくよ。ありがとう、カイ」
「………………はぁ」
カイは深いため息をついて、目の前のクロエをジッと見つめる。なんて意固地なやつなんだ、本当に。
……もちろん、だからといってカイは彼女を諦めるつもりがなかった。愛着のあるキャラだからこそ、なるべく生かしておきたいから。
「分かった。君がそこまで強く思うなら、俺も仕方ないっか。でも、なるべく俺の言ったことを常に気にかけて欲しいかな。あ、あと黒魔術師のやつらも気を付けるように」
「黒魔術師……か。ふうん」
「……本当に気をつけろよ?下手したら死ぬからね、君?」
その瞬間。
なにがツボにはまったのか、クロエはぷふっと噴き出しながら首を傾げた。
そして、昨日から抱いてきた疑問をカイにぶつける。
「あのさ、カイ。一つ聞きたいことがあるんだけど……なんでそこまで私を気にするの?」
「え?」
「あなた、あの噂の影なんでしょ?それに未来も知っているとなると、もっとスケールの大きい色々なことができちゃうわけじゃん?なのに、なんで私みたいな小娘を気にしているのかなって。まさか、本当に浮気?」
「ちょっ!?ニアの前でその単語は――――!!!」
「……カイ?」
「ち、ち、違う!!違うから!!ニア、ニア!?正気に戻って、ニアぁ!!」
目から光線でも出るんじゃないかと思うくらいの勢いで、ニアはカイを睨む。
カイは手を握りしめたり抱きしめたりしてどうにかニアの機嫌を取った後に、深い息をこぼしながら言った。
「もう二度とニアの前でそんなこと言うなよ!?はあ……とにかく、確かに今の俺には色々できるとは思うけど、もうちょっと様子を見てみたいんだ」
「ふうん、敵情視察って感じ?」
「そんなところ。あと、君に関しては……そうだね」
……ヤバい。どんな風に話せばいいんだ、これ。
カイは思わず両手で頭を抱えそうになった。隣には頬をパンパンに膨らませたニアがいて、前には自分の返事をほんのり期待しているクロエがいる。
適切な表現を使わなければ、今度はダンジョンじゃなくて街中で地震が起きちゃう……!なんとか、なんとか誤魔化さないと!
「そう……だね。えっと……君を助けたい理由は………」
「うん。私を助けたい理由は?ふふっ」
「……えっ、と」
しかし、カイは約4年間部屋に閉じこもってゲームしかしなかった童貞男。
当然、この場で粋な言葉など浮かぶはずもなく、結局は心にもない言葉を言うしかなかった。
「そ、そうだ!!君は、この先色々と役に立つから!」
「……役に立つ?私が?」
「そう。暗殺者はけっこう希少な職業だし、おまけに君は勇者パーティーでもカルツの次くらい強いじゃん?だから、なんとなく俺たちにも役に立つんじゃないかと思って!」
「………ふうん、そっか」
なんでだろう。当たり前な話だというのに、クロエはその答えが少し気に食わなかった。
……ただ利用価値があるから、生かしておくだけだろうか。もちろん、理性的に考えると自分を助ける理由なんてそれしかないけど、なんか釈然としない。
「分かった。まあ、当たり前だよね」
「……えっと、クロエ?」
「なに?」
「一つ頼みたいことがあるんだけど、その前に―――なんでちょっと拗ねてるんですか?」
「うん?拗ねてないけど?なに言ってるの?」
「拗ねてるよね!?さっき明らかにぷいっとしたよね!?」
「拗ねてないってば。で、頼みってなんなの、結局?私はどうせ利用価値のある捨て駒なんでしょ?あなたらの道具なんでしょ?」
「誰もそこまでは言ってないじゃんか!!ああ、全く………」
乙女心って本当複雑だな……!!と感じつつ、カイはちらっとニアを見つめた。
うん、今はそこまで不機嫌には見えないし、大丈夫だよね?そう思って、カイはしれっと言い出す。
「あの、やむを得ない事情があってのことなんだけどさ……1分だけ、手を繋いでくれないかな?」
「……………………え、ぇ?」
「一分だけ、本当に一分だけだから!き、気持ち悪いと言われても仕方ないと思うけど、今回だけ!!」
「………………あなた、本当悪魔だよね」
「なんでそこで悪魔って言葉が出るんだよ!俺は、あくまでも君のスキルを学びた―――ニア!?ニア!?落ち着いて!あ、後でいくらでも手つないであげるから!これ、別にいかがわしいことじゃないから!!」
「ぷふっ、ぷははははっ!!」
ああ、こんな風に愉快に笑うのっていつの日以来だろう。
久しぶりの純粋な楽しさに浸りながら、クロエは大きく笑い声をあげた。
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