17話  殺される運命なんだよ

ダンジョンの中間ボス、エインシャントグールを倒してから俺たちは一度街に戻っていた。


もちろんあのまま深くまで潜ってボスを倒すこともできたけど、やはりクロエとその仲間たち―――勇者たちを、地上へ帰らせなきゃいけなかったのだ。


その上に、ギルドにダンジョン入場券の額もちゃんと支払わなきゃだし。


そのため、俺とニアはギルドに足を運んでいた。



「ほ、本当にエインシャントグールの魔石……!!」

「言ったじゃないですか~~ちゃんと持ってくるって」



本当に持って来るとは思わなかったのか、ギルドの職員の目が驚愕に見開かれる。この人、どんだけ俺たちを悪人に見てたんだ……。



「お疲れさまでした!!ありがとうございます。いやぁ~~さすがに影はレベルが違いますね!素晴らしいです!」

「ほうほう、こちらこそありがとうございます……って、影?うん?なんだそりゃ」

「じゃ、魔石はこのままギルドで管理いたしますので――――」

「ああ~~少々お待ちを」



すぐに持って行こうとする職員より前に、俺は素早く魔石の上に手を重ねる。



「え、え……?ど、どうして?」

「まあ、確かに言いましたよね。中間ボスの魔石を持ってきて、入場券代を支払うとは言ってましたけど……誰も、このまますべてを渡すとは言ってないじゃないですか」



職員の顔が徐々に恐怖に滲む。まさか、このまま入場券代を払わないとでも思われてるのかな……心外だ。


俺はこんこんと魔石を叩きながら、柔らかい笑みを浮かべる。



「入場券の値段は1シルバー。この魔石は10シルバー……すなわち、お釣りで9シルバーをもらわなきゃいけないんですけど」

「なんだ、それ。話しが違うじゃないか!!」



今聞こえた声は、目の前の職員から出るものじゃなかった。


彼の上司らしき人物―――嫌な中年上司を象ったような男が、奥から急に現れたのである。



「こちらは確かに魔石を持って来る条件で入場券を無料で渡したんだぞ!なら、魔石の所有権は当然ギルド側にあるのじゃないか!」

「ふ~~ん。なにを根拠に?」

「は、はぁ!?」

「職員さん、書類の内容覚えてますか?この前、入場券をもらう前に書いた書類の内容」

「は、はい!!バッチリ覚えてますけど!!」

「そこには、なんと書かれてたんでしたっけ」

「えっ……と。中間ボスを倒した後には必ず、ギルドに魔石を持ってきてお代を支払うことにする……でしたけど」

「ですよね~~?おっさん、魔石の所有権を譲渡するという内容はどこにもないじゃないですか」

「くぅ……!!貴様には常識というものがないのか!!」



無視されたと思っているのか、男は急に怒鳴り始める。職員さんは可哀そうにあわあわしながら、なんとかその男を落ち着かせようとした。



「生ゴミ以下の子供の分際で!!運よく魔石を手に取ったからって、目に見えるものがないのかぁあ!!」

「べ、ベクレル様!!落ち着いてください!!あの方々はただの子供ではないんです!!」

「うるさい!!そもそも、お前はなんで俺の許可なしにそんな書類なんかを書いたんだ!!首都からこんなスラムに飛ばされたのも腹が立つのに、下っ端の奴らも俺を無視しやがって……!」

「あ、あの方々は影なんですよ、影!!!今、帝国でもっとも噂されている影!!」



その瞬間、男の動きがピタッと止まる。


さっきまで憤っていた表情は徐々に驚愕が滲み、怒りで震えていた体は恐怖で震えるようになる。


その変わり様を見つめていたニアは、ぽつりと言った。



「カイ、殺してもいい?」

「う~~ん。ニア、もうちょい待って。面白そうだから」

「……………………………あ、赤い瞳に、二人組の子供………あ、ああ!!」



そして、ついに顔が真っ青になった男は、瞬く間にその場で跪いてしまった。



「お、お許しを……!ど、どうか命だけは!!命だけは!!」

「………うぅ、だから言ったのに……!」

「カイ、殺してもいい?」

「う~~ん。どうしようかな、ニア?殺しちゃおうかな?」

「ひいっ……!?!?お、お許しを……!」



……まあ、下手にギルドを敵に回すと厄介だから、命だけは生かしてやるか。



「困ったな~~俺はともかくニアを生ゴミ以下、と言ってたもんな~~お前」

「ひいいっ!?!?も、申し訳ございません!!命だけは、どうか命だけはぁああ……!!」

「まあ、頑張ってくれた職員さんの顔に免じて、命だけは残してやる。後でこの職員さんに土下座しながら感謝しろよな?」

「は、はいっ!!!ありがとうございます、ありがとうございます……!」



ふふっ、純粋な大人だな~~まだもう一つの命があるのにな。


社会的な命、ってもんが。



「でも、罰はちゃんと受けるべきだよな?」

「……は、はい?罰?」

「ああ、罰。俺の仲間を侮辱した罰は、ちゃんと受けてもらうぞ」

「う、ぁ………で、でも……生きてられるのなら……!」

「ニアはどうしたい?あの男」

「カイを侮辱したから、殺したい」

「ひいっ!?」

「う~~ん。今回はちょっとできないかな。本当ごめんね、ニア。殺すこと以外にしてくれないかな?」

「……なら、カイに任せる。カイは悪党だから、きっとすごい罰を思い浮かびそう」



なんで悪党と言われなきゃいけないんだ。仲間想いの優しい人間なのに。



「そうだね~~じゃ、脱いでもらおうか」

「………………はいっ?」

「脱げって。あ、下着も全部」

「な、なんで急に!?な、なにをさせるつもりなのですか!?」

「なにって、決まってるだろ」



俺は歯を見せてニヤッと笑いながら、言葉を続ける。



「白昼堂々、街中でマラソンでもしてもらおうか。あ、もちろん裸でな」





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翌日の夕方、俺とニアは宿の1階―――酒場の隅っこの席で、クロエと合流した。



「やぁ、クロエ。こっちこっち」

「……あなた、またなにかをしたのね?」

「うん?なんで急に?」

「なんでって………ギルドの支部長、ベクレルが裸でブヒブヒ鳴きながらマラソンをしてたんだよ?街中の人たちは眼球をやられたって言いながら小石とゴミを投げたらしいけど」

「誰かは分からないけど青春だね、あの人~~あ、なんでも頼んでいいよ。お金ならちゃんとあるから」

「……なんでお金があるの?」

「さぁ?人の命を助けてあげたから?」



即座に笑顔で返すと、クロエは目を細めながら俺をジッと睨んでくる。やだな、助けたのは本当なのに。


まあ、あのベクレル……?の命を救ってあげたから、ギルドにちょっとした補償金をもらっただけなのだ。


入場券代はちゃんと支払ったから、なにも不法的なことはしていない。



「……カイ、やっぱり悪党」

「……やっぱり悪魔だったんだ、あなた」

「心外だな~~俺はいたって常識的に振舞っただけなのに」



まあ、ふざけるのはこれくらいにして、そろそろ真面目な話をしようか。


店員さんに適当なおつまみを頼んだ後、俺は本格的に話を切り出した。



「それで、クロエ。君に話があるんだけど」

「うん、なに?」

「………えっと、ね」



これを言うべきか言わないべきか、一晩中悩んでたけど。


結局、俺はその大事な事実を口にすることにした。



「君、早く勇者パーティーから抜けた方がいいよ」

「……は?なんで急に?理由が分からないけど」

「君、死ぬから」



動揺するクロエの瞳を見つめながら。


俺は、釘を刺すようにもう一度言う。



「君は、勇者に殺される運命なんだよ」

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