秘境ゴールデパングのゴールド(月光カレンと聖マリオ28)

せとかぜ染鞠

秘境ゴールデパングのゴールド

「世の憂え忘れよわいのぶる男の色なりけり」金糸布団の上で半身を起こし平家の血をひく老婆が色目を寄こす。

「あなたに色気を感じてる」瀑布に落下し意識のない三條さんじょう公 瞠こうどう を診察しながら黒医くろい滋薬じやくが老 婆の言 葉を解説する。無免許 天才医師は行方知れずになっていたが,秘 境ゴールデパングに潜伏していた。

 ウインクを返すなり老婆が卒倒する。錦織貫頭衣を纏う看護師が駆けつけて老婆を介抱しつつ上目遣いで薬湯を勧める。瀑布に飛びこむ前に食したトリあえ酢の解毒剤だ。トリあえ酢は溺死刑の罪人に与えられる毒薬だったらしい。

「処刑場の滝壺に臨みトリあえ酢を摂取すると,幻覚症状が起こり自ら滝に飛びこむんです。毒に侵された肉体が水を欲し,そうした行動に繫がるのかもしれない。そして人間の体には有害物質を排除する自浄作用が備わる。トリあえ酢摂取者は毒を吐こうと繰りかえし同時にのんだ水も大量に排出する。結果溺死するまでに相当な時間がかかるというわけです」滋薬が苦笑する。「謂わばトリあえ酢は罪人の死への恐れを削ぐ気つけ薬でもあり死の苦しみを長くする拷問薬でもありえた」

 黄金のどろりとした解毒剤に視線を落とす。「頂戴できてよかった」

「あなたの場合,毒は疾うに抜けてますが,念のために」

「先生が解毒剤を?」

「ここにいた科学者がつくりました。トリあえ酢に増殖する細菌を用いて共鳴薬という新薬の開発も目指してた女性です」

「共鳴薬! ここにいたひとが?」

「ゴールドって呼ばれてたよ」看護師が口を挟む。「ゴールデパングに来るのが運命みたく金髪を靡かせてたさ。色つきな女だったね。もうっ,いなくなっちゃうなんてさ。ここは桃源郷だよ。誰も出てかない。みんなあっちの世界にいづらくなった人間だもの。そう,彼女の消えた後に男が訪ねてきたよ。兄なんて誤魔化してたけど絶対色だね。滝壺に飛びこんでまで色の女を捜しにきたのさ。三條とかいう男だった」

 解毒剤が手から滑りおちた。

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