第18話

 侍従に連れられて着いたのは騎士団執務棟の中の一室だった。

 

「殿下、カールソン伯爵令嬢をお連れいたしました」

「ありがとう、お通しして」


 何があるのか分からないが、入らなければいけないのだろう。リアーナはしばし躊躇った後、思い切って扉の中に足を踏み入れた。


「ビクトリア王女殿下にご挨拶申し上げます。リアーナ・カールソンでこざいます。ご要請がありましたゆえ罷り越しました」

「ご丁寧にありがとう。お楽になさって」

「恐れ入ります」


 許可の後に下げていた頭を戻すと、そこは簡易的な応接室らしき場所だった。あでやかな装いのビクトリア王女、その後ろに二人の侍女と護衛騎士が控えている。そして例によってここも薔薇のような濃い花の匂いがむわりと立ち籠めている。

 王族用の控室もあるだろうにわざわざここに呼ばれたということは、非公式に話があるのだろうか。リアーナがそんなふうに思っていると、奥の衝立からゆらりと現れた人物を見てギョッとする。

 ――そこには先程の聖騎士を従えた中央教会の神官長がいらしたからだ。


「さあ! ここでは本音で話しましょう! 神官長も力になって下さるはずですから、カールソン嬢も本音で、本当に想っている方のところへ向かっていいのよ!」


 キラキラとした瞳でビクトリア王女が捲し立ててくるが、ほとんど何を言っているか分からない。

 私が、誰を本当に想っているって?


「ビクトリア王女殿下。恐縮ですが、何か思い違いをされておられるようです」

「どういうこと? もしかして不貞になることを恐れてらっしゃるの? まだあなたは神の前で婚姻を誓ったわけではないわ。それならね、問題ないのよ! ねえ神官長?」


 恐る恐る意見を申してみたところ、まったく話が通じない。そんな高揚状態の王女に向けて、慈愛のこもる微笑みを絶やさない神官長が信じられないことにすべてを肯定した。


「王女殿下のおっしゃるとおりです。ましてやあなた方は中央ではなく、地方の教会支部にて婚約申請を行っただけです。それなら申請内容に不備有りということにして、婚約不成立にしても構いませんよ?」

「まあ、素敵だわ! カールソン嬢、ぜひそうなさいませ!」


 素敵なケーキが出てきたかのように手を叩いて喜ぶ王女と、それを微笑ましく見つめる神官長や侍女達。リアーナはこの異様な会話劇にぞくりとしながらも、平静を装った。

 この人達は全員おかしい。八年前に申請して承認されているものを、今になって不可にしようだなんて何を言ってるのだろう。


「そうだ、お二人の婚約式を合同でなさるというのは? 遺恨がないことを知らしめられて一石二鳥では?」

「名案ですわ、神官長! 姉妹のようにお揃いのものを身に着けてもいいわね! カールソン嬢、準備はわたくしに任せて!!」


 ふわふわと飛び跳ねるように舞って頬を赤らめて、王女が動く度に花の香りが漂ってくる。無邪気な妖精のように可憐な笑みは、平素であれば見惚れるほどだろう。だけどこれだけは同意できない。


「あの、殿下、わたくしはアルフレッドが好きなのです」

「······まだそんな事を? 今まで積み重ねてきたものを投げ捨てるのが怖いのかしら? でもそよ勇気を持たないと真実の愛は手に入れられないのよ! 素直になって一歩を踏み出してごらんなさい!」

「ビクトリア王女殿下······」


 突如として冷たい視線を向けてくる王女に、どう答えたらいいのか困惑していると、窓の外から試合再開のラッパが聞こえて来た。


「姫様、準決勝の開始の合図です。お席に戻りませんと······」

「そうね、ミリアン。では話を詰めるために、カールソン嬢にも近くの席に来てもらいましょう。それで大会終了後に大々的に発表すればいいわ! ともに観戦しましょう!!」

「いいえ、わたくしは······」

「それが宜しいかと」


 侍女の一人がスッと抜けてどこかへ向かって行った。王族の観覧席にリアーナの椅子も用意されるのだろうか。絶対にやめてほしい。


「ねえ、カールソン嬢。合同で式を挙げるのならもっと親しい呼び方をしたいわ! 『カール』って呼んでいいかしら?」

「『カール』? いえわたくしは······」

「姫様のご提案に意見がお有りですか?」


 また侍女が威圧的に詰め寄ってくる。はじめからどうもこの赤銅色の髪の侍女はリアーナに当たりが強すぎる。


「いえ······いかようにでもお呼び下さい」

「カール! ではわたくしのことは『ビッキー』でよろしくてよ! 『リア』はアルだけの愛称ですからね!」

「はい。ありがとうございます······」




     ◇     ◇     ◇




 大会は佳境を迎えていた。


 家族が心配しているという体で呼びに来たマリーとトビアスの演技力のおかげで、なんとかリアーナは王族席に向かわずに元の場所で観戦が出来ていた。「後で迎えに行くから続きを話しましょうね、カール!」と大きな声で約束されてしまったが。


「トビアス、団長様はなんて?」

「ええ。彼らは突然の来城だったようですが、把握されておりました。それと先程の部屋にビクトリア王女殿下と神官長達がともに居た、というのも分からないように監視がついていると聞きましたが······大丈夫でしたか?」

「なんとかね。神官長は明らかにビクトリア王女をアルフレッドの方に誘導しているようだったわ。お父様方にお伝えしといてくれる?」

「分かりました」


 一つ目の準決勝が終わり、次に出て来たのがアルフレッドだった。長身に黒髪が艶やかに光ってサーコートがとても良く似合う。相手はホフマン。同団の対戦となってしまい、周囲はここで戦うことになったのは勿体ないだとか、どちらが勝っても決勝に第三が行くんだなだとか、色々な事を言いながら始まりを待っている。


「お嬢様、この休憩時間でどれだけアルフレッド様の体力が戻りましたでしょうか······」

「そうね。食事をあまり摂れていないようだから心配だわ」

「信じましょう。必ず勝つとおっしゃってましたもの!」

「ええ」


 審判が対戦者の前に現れ、剣と防具の確認をする。そして二人に対して何事か口頭で注意事項を与え、各部隊の団長と統括長がいる席に合図を送る。


「準決勝第二試合、アルフレッド・ハンクス対デリック・ホフマン戦、開始!」


 身長はアルフレッドの方が高いが、随分細くなった気がする。その分体力が削がれているのではないかと思ったが、ホフマンの先制をうまくいなして、またすらりと身構える。

 刃を潰しているものを使用しているとはいえ、ガキリと剣同士が噛み合うと恐ろしい音が響くし、当たりどころが悪ければ重症になることだってある。

 それをまざまざと感じられるような、気迫の籠もった真剣試合が続けられている。

 

 試合の長期化を避けるためか、剣術大会では盾の使用は認められていない。あくまで剣のみで防御も攻撃も行うのだ。ホフマンの太い腕から繰り出される太刀は鋭く、アルフレッドの表情からも疲労がうかがえる。

 と、アルフレッドの足が滑って、体勢を崩しかける。勝機と見たホフマンの腕が振り上がり、観客の悲鳴と歓声が入り交じる。


「アルフレッド! アル! 約束守ってよ!」


 叫んだリアーナの声が聞こえたのかは分からない。だが、アルフレッドはホフマンの打ち下ろす剣の力を利用して、逆に剣をはじき飛ばした。そのまま下から首筋を狙われたホフマンはもう動けない。


「そこまで! 勝者アルフレッド・ハンクス!」


 一時の静寂の後、観客は大いに湧いた。

 

 



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