第4話

「いいなあ。副団長だけ、可愛い婚約者と一緒だなんて」

「ずるいよなあ」

「リアは王都に用があるんだ。何がずるいだ!」


 王都にリアーナ達も同行するとなった騎士団一行は、馬車と馬に別れて向かうことになった。ここから王都までは馬で三日ほどかかるのだが、リアーナがいるため四日で進むと聞いて恐縮してしまった。


「私も馬に乗れば······」

「お嬢様、安全面から王都近くまでは馬車に乗っていただけませんか。騎士団が帯同して下されば危険なことはないでしょうが、この地域での騎乗は不安です」

「でも」


 真面目な面持ちのマリーにたしなめられていると、頭上からも加勢する声が降ってきた。


「そうだよ、カールソン嬢。道中何があるか分からないと言っただろう? 俺も侍女さんの意見に賛同だね」

「ノーヴィック団長様まで······」


 こう言われてしまえばリアーナも同意せざるを得ない。


「それにしてもカールソン嬢は馬に乗れるのかい?」

「ええ。田舎育ちですから、馬は幼い頃より親しんでおります」

「『俺のリア』は昔からアルフレッドの真似をして付いて回ってた、というものな。それならばアルフレッド直伝の腕前ということか」

「たしかに教わりましたけど、彼ほどうまくは乗りこなせませんわ」


 実際はものすこく得意だ。カールソン領の農業は家畜の力を借りて営まれていることもあって、その中には当然馬も含まれている。リアーナは幼い頃より当たり前のように馬と接していたため、乗るだけではなく世話や機嫌を取るのもうまいのだ。

 だが可愛らしい『リア』のイメージを損ねるかもしれないので、深く話すのは止めておき、曖昧に微笑んでおくことにする。


 とその時、不意に肩が引かれてリアーナの体勢がぐらりと揺らぐ。動揺しながらも受け身を取ろうと身構えていたら、すぐに柔らかいものに包まれた。


「団長、点呼終わりました」


 ぶっきらぼうなアルフレッドの声が耳元で聞こえて来た。何故かアルフレッドはリアーナの肩を抱いているのだ。なんでどうして、と混乱しながらも頬に血が集まってきているのを感じる。


「おう。じゃあアルフレッド、二班に分かれて出発しようか」

「その前に一言いいですか? すみませんが、いくら団長でも人の婚約者とそんなに長く話さないで下さい。俺だって今朝はまだそんなにリアと話してないんですから」

「お、おう······悪かった······」


 周りから「嫉妬だ······」「え、リアちゃんと話したらいけないってこと?」「うわぁ心狭い」などという声が聞こえてきて、居たたまれない。

 だがここで怯んではいけない。アルフレッドが迫真の演技をしてくれているのだから、こちらも『リア』らしく何かしなければ······。


「リア、今日は大人しく馬車に乗れ。俺も近くを走るからさみしがるなよ」

「う、うん、分かったわ」

「お利口さんだな。そうだ、この街道はリアの好きなミモザが二種類見られるぞ。走っていく内に白いミモザから徐々に黄色いミモザに変わるんだ。白は南部にはないから眺めて楽しんでくれ」


 リアーナが言葉を返す前に、「ミモザを見るとリアを思い出すんだ」なんていう追加の台詞が来てしまった。さらにアルフレッドの蕩けるような笑顔でリアーナの黄色みの強い金髪の頭をぽんぽんと叩くおまけ付き。

 それを周りに見られていると思うと、ますます頭が真っ白になってしまう。恥ずかしいのか演技が出来なくて悔しいのか、混乱しているリアーナにはよく分からない感情が目尻に溢れそうになる。


「目がうるうるしてて可愛い······」

「離れるの、そんなにさみしいのかな」

「あー······、もういいか? 出発だ」


 ノーヴィックの号令が響き、きちりと組まれた隊列が進み始めた。




     ◇     ◇     ◇




 せっかく頭の中で立てていた『俺のリア』の演技プランは何も活かせず、リアーナは馬車の中でがっくりと項垂れていた。


「付け焼き刃のお嬢様と、日頃から役作りをこなしていたアルフレッド様とでは違いますよ。これから巻き返しましょう!」

「······なんかそれもどうなのかしら?」


 意気消沈しているリアーナは早くもやる気を無くしていると見たマリーは、頬に手を当てながらいかにも残念そうにぼそりと呟く。


「アルフレッド様はさすがでした。頭ぽんぽんはナイスアドリブで、お嬢様には到底出来ないでしょう。これではお嬢様は······」


 負ける、という言葉を聞きたくなくて、リアーナはがばりと身を起こしてマリーに縋りついた。

 

「嫌よ悔しい! ねえマリー、私もアルフレッドを驚かせたいの!」

「では今の時間を使って、アルフレッド様を赤面させるような台詞や演技を考えましょう」

「分かったわ!」

「役に入りこまないと出来ませんよ? 恥ずかしさを忘れて女優になるのです!」

「私、女優になるわ! 『俺のリア』をやり切るわ! 打倒アルフレッドよ!」


 勢い込んでマリーに宣言するリアーナの瞳はキラキラと輝き、すっかりいつもの魅力的な彼女のそれに戻っている。

 よくよく作り込んで絶対にすごい台詞を言ってやるわ、と拳を固めるリアーナはやはり可愛いとマリーは内心思いつつ、主のためにあれこれ胸キュン案を出すのだった。




     ◇     ◇     ◇




 昼食は旅行者がよく利用する森を拓いた場所を利用して火を起こし、病院食堂に用意してもらったサンドイッチを食べることになった。

 団長、副団長との二班に分かれ、それぞれ見張りやをしつつ素早く食事を摂るのだが、リアーナはマリーとともにお茶を淹れるのを手伝った。


「うわあリアちゃんからのお茶!」

「あったかい······」

「皆さん、私達が同行することになってお手間を増やしてすみません。道中お手伝いできることがあればお声かけて下さいね」

「可愛い上に優しいとか······!」


 笑顔で一人一人に手渡していくと、わらわらと団員たちが集まってきてあっという間に行列になる。


「はいどうぞ。いつもお世話になってます」

「嬉しいなあ。普段は水だけだから、ホッとするよ」


 せっせとお茶を出していくと、行列の後ろの方から徐々に賑やかな声が減り、静かになっていく。

 どうしたんだろう、とようやくリアーナが思った時、カップを受け取った団員が蒼白な顔で話してきた。


「リアちゃん、嬉しいんだけど、俺らより副団長が先の方がいいかな······?」

「えっ?」


 ふと列の後方を見ると、アルフレッドが腕を組んで仁王立ちしている。いつもの仏頂面だ。リアーナにとっては通常運転に見えるが、あの甘々な態度を見ている団員達には強く感じるのだろう。

 リアーナはふふふ、と笑いかけると、後ろにも聞こえるように返答した。


「大丈夫ですよ、アルには後でちゃんと持って行きますから! ゆっくり一緒に飲もうと思ってるから後回しなの」

「そ、そうなのか······良かった」


 周囲にホッとしたような空気が流れ、どうやらアルフレッドにも伝わったらしい。すたすたと隣にやって来て、大雑把にお茶を注ぎ出した。


「副団長、雑です······」

「うるさいな、早く配り終えた方がいいだろう?」

「はあ、ごもっともです」


 リアーナから注いでもらえなかった者は明らかにがっかりしているが、それにも構わずアルフレッドはさっさと列を減らしていく。


「アル」

「······なんだ?」

「アルには後では蜂蜜も入れてあげるね」

「俺のもリアの好きな味にしてくれるのか?」

「そう。皆さんにお渡しした後で。ね?」


 そう言いながら隣に寄って行って、アルフレッドの肩に頭を乗せると、びっくりするほど肩が揺れた。


 あれ、嫌だったかな。これはマリーが鉄板の技だと言っていたのに、と思って見上げると、アルフレッドは耳を真っ赤にして震えていた。


「あー、またいちゃいちゃしてるー!」

「ずるいー」

「ずるくない! リアは甘えっ子なんだから仕方ないだろう! これは通常運転だ!」

「副団長もちょっと照れてます?」

「もうこの後からはリアの手渡しは止めだ! 俺の断りなくリアの笑顔を見るな!」

「横暴だー」


 わあわあと団員達に騒がれながらも、アルフレッドは手際よくお茶を配り続け、リアーナにここを離れるように指示を出されてしまった。


 突如手持ち無沙汰になってしまったリアーナは、まだ赤みの取れないアルフレッドの耳を見て達成感に浸りなからマリーのもとに駆け寄った。が、その時に一人の団員にぶつかってしまった。


「ごめんなさい、わたくしったら」

「いえ、こんな可愛らしい方が飛び込んできてくれるなら光栄ですよ」


 見上げるととても背の高い男性が微笑んでいる。アルフレッドよりも少し大きいだろうか。柔和な表情を浮かべてリアーナに挨拶してくれる。


「初めまして。ここ第三騎士団の隊長を務めております、デリック・ホフマンと申します」

「ホフマン様、ご丁寧にありがとうございます。リアーナ・カールソンでございます」

「ええ、アルフレッドの婚約者さんですよね? 噂には聞いておりましたが······そうですか、あなたが」

「何でしょうか」

「いえ、またお話させてもらいますよ。どこかに向かわれるところだったのでしょう?」


 そう言ってホフマンは軽く頭を下げて立ち去った。じろじろと見られているような感じが少し気になったが、『俺のリア』を見物する人は多かったのでひとまず放っておくことにしたリアーナは、マリーに先程の報告をしに行った。


「じらしてから甘える。お嬢様、素晴らしい連携技でした」

「でしょ? 早速成果が出たわね!」

 

 私達のお茶用に蜂蜜を取り出しているマリーに褒められたリアーナは、ニンマリと笑みを浮かべた。


 勝った。まずは一勝ね。

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