色違い、解釈違い、勘違い。【KAC20247】

かがみゆえ

色違い、解釈違い、勘違い。

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 俺には好きな子がいる。

 好きな子の名前は小鳥遊たかなし美幸みゆきさん。

 残念ながら同じクラスじゃなくて隣のクラスにいる。

 学校のマドンナというわけではないし顔は美人ではなく素朴な感じだけど、立ち振舞いが美しくて喋り方がおっとりしていて、“名は体を表す”を実体化したような女子だ。


 一度も染めたことがないであろう肩くらいまで伸びた黒髪。

 厚化粧で爛れていないきめ細やかな肌。

 鼻をおさえたくなるような香水ではなく、柔軟剤の匂い。

 “令和の大和撫子”とは小鳥遊さんのことだろう。


(小鳥遊さんに似合うのは水色や薄桃色、黄緑もしくは白……。彼女には淡い色が良く似合う)


 小鳥遊さんの持ち物は校則をきっちり守っていて、リップクリームも色つきやラメつきではないし、制汗剤も日焼け止めも無香料のものだ。

 周囲に気を遣える小鳥遊さんはすばらしい。


 そんな小鳥遊さんだけど、どうやらつきまとい被害に遭っているらしい。

 くそっ、小鳥遊さんにつきまとうなんて一体何処の馬の骨だ!

 小鳥遊さんは男子たちの中で密かに人気が高い女子である。

 そんなライバルを出し抜いて小鳥遊さんを自分のものにしようと考えてるに違いない。

 俺が小鳥遊さんを守らないと!


 こうして、俺は小鳥遊さんを見守ることにした。





 小鳥遊さんが誰かにつきまといされていると分かった日曜日。

 俺は朝から小鳥遊さんを見守っていた。

 もしも小鳥遊さんに襲いかかる奴がいたら、すぐに助けられるようにだ。

 俺は喧嘩が強いとか何か武道をやっているわけじゃないけど、好きな子のためなら身体を張って守ってみせる。


(小鳥遊さんは今日、一人で映画を観に行くと言っていた。つまりは暗い密室の中で小鳥遊さんは野晒しにされる時間が約2時間もあると言うわけだ。小鳥遊さんは映画館で直接チケットを買う派だからまだ席は決まってない。周りを見渡せて、小鳥遊さんに何かあった時に駆け付けられる席を選ばないと!)


 俺は小鳥遊さんがやって来るのを待っていた。


(あれ? おかしいな。小鳥遊さんは午前中に映画を観るはずなのにいないぞ?)


 映画館の館内を見渡すけど、小鳥遊さんは見当たらない。

 そろそろチケットを買わないと、小鳥遊さんが観たい映画が始まる時間になる。

 俺はまだチケットを買えてない。


(トイレか? いや、まだ来てないはず。俺が小鳥遊さんを見逃すはずがない。何処だ?)


 俺は再度館内を凝視する。


「あっれー、下田?」

「!」


 後ろから誰かが俺の名前を呼んだ。

 振り返ると、そこにはギャルがいた。

 うちの高校は同級生女子のギャル率が高めだが、見覚えのないギャルだった。

 最悪だ、大嫌いなギャルに声を掛けられてしまった。


 何処に売ってるんだと問いたくなるよれよれの蛍光灯ピンクのTシャツ。

 ダメージを与えすぎだろうと突っ込みたくなるダメージジーンズ。

 両手が疲れないかと心配になるくらいに付けられた天然石のブレスレットの数。

 誰か刺すのかと聞けないくらいの尖ったつけ爪に目が痛くなる黒と紫のネイルにラメ。

 染まり切っていない金髪にヒョウ柄のシュシュで結ばれた前髪。

 パイナップルヘアーというやつだろうか?

 どんだけ塗ったんだと聞きたくなるファンデーションと、目の周りは黒く塗られていた。

 これはパンダメイクというやつだろうか?


 まだまだあるが、ここまで見ても誰か分からない。

 いや、パンダメイクの時点で誰か分かるわけがない。

 考えても、知ってる同級生ギャルたちにこんなギャルはいない。


「すみません、誰ですか?」


 怒られるのを承知で俺は尋ねる。

 どうせ、『せっかく声を掛けてやったのになんだその態度』とかいちゃもんをつけられるのは目に見えている。


「やっだー、あーしが分かんないの? あーしだよあーし」


 あーしあーし詐欺?

 おれおれ詐欺の新しいバージョンか。


「あーし、隣のクラスの小鳥遊美幸! ひっどいなぁ、すれ違ったら挨拶くらいはするっしょ!」

「………」


 俺の息が止まった。

 いや、思考が停止した。


『あっ。おはよう、下田くん。来るの早いね。私は今日、日直なの。え、下田くんも?』


 三日前に声を掛けられた時の小鳥遊さんを思い出す。

 『大変だけど、お互い日直頑張ろうね』と言った小鳥遊さん。

 誰にでも優しい小鳥遊さん。


「………た、かなしさん……?」

「そっ。小鳥遊だよ。下田も映画観に来たの?」


 小鳥遊さんが俺を呼び捨て?

 小鳥遊さんは俺のことを下田くんって呼んでだよな?


「小鳥遊さん、その格好は……?」

「格好? あぁ、これ? 可愛いっしょ~。映画楽しみ過ぎて寝坊しちった。席殆どなさそうだし、次の時間にしようっと」


 何事もないように小鳥遊さんが喋る。

 彼女はこんな喋り方だっただろうか?

 いや、目の前にいるのは本当に小鳥遊さんなのか?


「小鳥遊さん、なにその格好……」

「ん? だから可愛っしょ?」

「なんで今日に限ってそんな変な格好してんの!?」


 シーン……と、ガヤガヤと騒がしかった館内が静かになる。

 俺に視線が集まった気がするが気にしない。


「は? あーし、休日はこの格好なんだけど」

「先週の土曜日は普通の格好だったじゃないか!」

「先週……?」


 頭を左右にゆっくり揺らす小鳥遊さん。

 何かを考えている時の小鳥遊さんの癖が出て、小鳥遊さんなんだと自覚しそうになる。


「あっ、先週の土曜日ならおばあちゃんのお見舞いに行ったわ」

「お見舞いに行く時はその格好してないじゃん!」

「おばあちゃん、認知症だからね。この格好のあーし知らないし。知らない人がお見舞いに来ても迷惑じゃん」

「それはそうだけど……っ」


 正論を言われて反論出来ない。

 確かにその格好で老人ホームに行ったら大騒ぎになるよな。


「だいたいあーしがどんな格好しても下田に関係ないじゃん」

「親に怒られるだろ! 小鳥遊さんの家、厳しいじゃん!」

「うちは成績キープしてたら土日は好きにして良いんだよ~ん。親知ってるし。高校生にもなっていちいち親の許可いらないっしょ?」

「うぐっ」


 親が認めてるだって?

 大事な娘が変なギャルの格好してるのに、止めないなんて!


「に、似合ってないよ!」

「は?」

「小鳥遊さんに似合ってないよ、その格好!」

「は?」

「似合ってないから、やめなよ!」

「は?」

「だ、だから!」

「は?」


 小鳥遊さんに似合うのは淡い色なんだ!

 そんな蛍光灯ピンクとか黒とか紫色とか目が痛くなる色は小鳥遊さんには似合わない!


「は? 下田の意見なんていらないんだけど。あーしはあーしが好きな格好して何が悪いの?」

「バラすよ!」

「は?」

「小鳥遊さんが学校以外ではギャルだってことバラしてやる!」

「別にバラしても良いよ。あーし、隠してないし」

「え!?」


 バラされたら困るのは小鳥遊さんなのに、強がっているのか?


「下田ってそんな人だったんだー。引くわー」

「なっ」

「同級生見つけたから声掛けただけなのに、マジ萎えたわー。声掛けなきゃ良かったー」

「っ」


 はぁー、と大きなため息を吐かれた。


「まぁいいや。映画観に来たのなら楽しんでよ。あーしはグッズとパンフレット買ったり、やりたいことたくさんあるからさ。じゃあにぃ~」

「えっ、ちょっと!」


 小鳥遊さんは俺に言うだけ言うと、俺から立ち去って行った。


「そんな……そんな……」


 俺の大好きな小鳥遊さんが俺が大嫌いなギャルだったなんて……。

 ショック過ぎて、俺は映画を観ずにそのまま帰路につくのだった。

 何かとても大切なミッションがあったはずなのに、頭から抜け落ちてしまうのだった。





 次の日、学校で小鳥遊さんが実はギャルなことをバラしたけど、信じる人間は誰もいなかった。

 小鳥遊さんがつきまとい被害に遭ったとか絶対に嘘だ。

 あんな格好の小鳥遊さんにつきまとう男がいるわけない。

 百年の恋も冷めてしまった。

 せっかく助けてあげようと思ったけど、俺はもう小鳥遊さんを好きじゃないから勝手にやってろと心の中で毒付くのだった。





.





 小鳥遊さんが日曜日にクラスのギャルたちに協力を仰いで、わざとギャルの格好をして俺の前に現れて、俺から関心を無くそうと必死だったということを俺が知ることはないのだった。


 - END -

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