僕達の恋愛には問題がある ~中学生の時からずっと好きだった娘に振られたばかりの俺と、最低大学生に振られたばかりの彼女~

尾津嘉寿夫 ーおづかずおー

振られた貴女×振られた貴方=最高の青春への道

 その瞬間、俺の世界から色が失われた。


 「ごめんなさい。」16年間生きてきて、何度と無く耳にした言葉だ。まあ、日本に住んでいれば日常的に耳にするし、ふとした瞬間、意識をしなくとも口から漏れ出る――それ程までに耳馴染みのある言葉。


 しかし、コイツの後ろに「私、好きな人がいるの。」と追加された瞬間、俺の心を一瞬で崩壊させる残酷な言葉へと変貌した。


 俺、渋谷 文人(シブヤ アヤト)は、中学生の頃からずっと好きだった、品川 紗穂(シナガワ サホ)との下校中にそれとなく告白をした……。

 

 中学に入学して間もない頃、紗穂と俺は席が隣同士だった。


 紗穂の第一印象は、いけ好かないお嬢様――艶のある長い黒髪に黒縁眼鏡をかけている、他よりも少しだけ大人っぽい女子。しかし、立ち振舞が庶民のそれとはまるで違っていたのだ。事実、話をしてみると紗穂の家は裕福だった。


 しかしそれ以上に俺を驚かせたこと――それは、紗穂自身はかなり庶民的で、アニメやゲームの趣味が俺と近かったのだ。


 その結果、紗穂の外見や振る舞いと性格のギャップに、俺の心は風穴が空く程、盛大に射抜かれてしまったのだ。


 もちろん、紗穂に対し俺と同じ感情を抱く者は少なくなかった。しかし、紗穂に告白をした男子は少ない。


 何故なら、俺と紗穂の仲が良すぎたため、周囲から(あの2人は絶対に付き合っているだろう。)という空気が作られていたためだ。


 俺自身も、少しだけ――いや、かなり、付き合っているつもりになっていた。


 紗穂と同じ陸上部で汗を流し、毎日一緒に下校した。休みの日は月に数回、2人で買物や遊びに出かける。


 高校受験の時は志望校が同じだったため、平日・休日問わず、一緒に勉強を行い、合格をした時は一緒に喜びを分かち合った。


 そんな関係を続けていたら、誰だって勘違いして当然だろう。


 高校に入学し、ある程度落ち着いてきたため、紗穂と下校時、いつも別れる公園の前の丁字路で「俺達、そろそろ正式に付き合わない?」とそれとなく切り出した。


 並んで歩いていた紗穂は、垂れ目気味の大きな瞳を、眼鏡越しに更に大きく見開き俺を見上げる。夕日に照らされながら俺のことを見上げる彼女の姿は、まるで絵画のような美しさだった。


「ごめんなさい。私、好きな人がいるの。」


 何を言われたか分からなかった……。告白をすればOKが貰える……俺と紗穂はそんな関係だと思っていた。


 俺の世界が……日常が……灰色へと変わった……。


◆◆◆◆


 いつもの丁字路で紗穂を見送った。


 普段であれば紗穂とは逆の方向へと歩きだすのだが、今日は公園の中へと入り真っ直ぐに進む。様々な遊具と豊かな自然が調和した公園を突き抜けると、大きな川が見えてきた。その川辺に座り込んだ。


 眼の前の川は穏やかに流れているが、俺の心はグチャグチャだった。


 何がいけなかったのか……思い当たる節がまるで無い……。そもそも、告白する前まで楽しく談笑していたし、嫌がるような素振りも見せなかった。


 それに別れ際の紗穂の言葉が、俺の心を更にかき乱した。


「これまで通り、変わらない関係でいよ。」


 これまで通り……告白をして振られたのに……これまでみたいに……まるで彼氏彼女のような距離感で一緒にいようということ……? ということは、明日の同じ時間、俺はいつも通り紗穂と一緒に下校しているのか……? その時俺は、どんな会話をしているのだろう……? っていうか、紗穂の好きな人って誰? 俺以外に特別に親しくしている男性なんて見たことないけど……?


 そんなことが頭の中をぐるぐると駆け巡る……その時、ポンと肩を叩かれ声を掛けられた。


「君の今の気持ち、メッチャ分かるよ。」


 声の方を振り返ると、俺の通う高校の制服を着た女子が仁王立ちで立っていた。顔立ちはキリッとしており全体的にバランスが良い。確か……。


「あ、私のこと覚えていないな? 私は、大塚 葉月(オオツカ ハヅキ)、君の隣のクラスの生徒だよ。」


 思い出した。


 確か入学して早々、隣のクラスにメチャメチャ可愛い娘がいると噂になって、他の男子達と一緒に見に行った”あの”女子だ。


 しかし例え相手が可愛い女子だったとしても、今は1人にして欲しい……。


「悪いけど、今は1人にして欲しいんだ。それに、君みたいな可愛い女子に、俺の気持ちなんて分かってたまるか。」


「君、いつも品川 紗穂と一緒にいる男の子だよね? 確か……渋谷 文人。一部始終を見ていたよ。てっきり君達は付き合っていたと思っていたんだけど、そうじゃなかったんだね。意外。でも、あんな態度を取っておきながら、君のことを振る品川さんも、中々の小悪魔だね。」


「紗穂の悪口はよしてくれないか?」


 俺は葉月のことを睨みつける。


「ごめんごめん。悪気はなかったんだよ。でも、君、振られたのに、そんなに品川さんのことが好きなんだ。」


 彼女は腰を屈めて、真剣な表情で俺の顔を覗き込む。彼女の本気の顔と声色に、普段であればドキッとしていただろう。しかし、今の俺には、そんな余裕はない。


「見ていたんなら、1人にして欲しい気持ちくらい分かるだろ。それとも、俺をからかうためについて来たのか?」


「別について来た分けじゃないよ。たまたま目的地が同じだっただけ。振られたときって、川辺に来ちゃうよね。」


 葉月は、風でなびくウエーブの掛かったロングヘアーを手で抑え、目を細めて川を眺める。


「私もさ、たった今、振られたばかりなんだよね。」


 (適当なことを言いやがって)と思い彼女の顔を良く見ると、目の周りが腫れており、メイクが少し崩れている。恐らく少し前まで泣いていたのだろう。

 

「大塚さんみたいな娘でも振られるんだね。相手は?」


「中学の時に勉強を教えてくれた幼馴染で大学生のお兄さん。『志望校に合格したら付き合ってくれる』って約束したから頑張ったのに……。合格したことを伝えたら、ヤルことだけヤッて、実は、ずっと前から彼女がいたので付き合えないだってさ。」


「それは最悪だったね。」


 葉月は、”そう言って”立ち去ろうとする俺の手を掴み、逆の手で俺の肩を抑える。無理やり葉月の方を向かせられた俺に話し始めた。


「ねえ、私達付き合わない?」


「は?」


 何を言っているのか分からなかった。


 あまりも唐突で、突拍子が無くて、意味不明だった。そんな俺の反応を無視して彼女は話を続ける。


「だって私悔しいの。青春は短いのに、あんな男のことをずっと好きだったなんて……。だから、私達で青春をやり直そ! 私、貴方のことをめいいっぱい好きになる! だから、貴方も私のことをめいいっぱい好きになって! 私達2人で、お兄さんや品川 紗穂が羨むような、最高の青春を送ろ!」


 俺という男は、本当に……嫌になるくらいチョロいようだ。


 自信満々だけれど必死で、快活だけれど寂しそうな彼女の言葉を受けて、灰色だった世界が再び色づいた。


 夕焼けは沈み、紫色のグラデーションに染まる空の下で、彼女のブロンドに煌めく髪が、一番星のようにキラキラと輝いていた。

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僕達の恋愛には問題がある ~中学生の時からずっと好きだった娘に振られたばかりの俺と、最低大学生に振られたばかりの彼女~ 尾津嘉寿夫 ーおづかずおー @Oz_Kazuo

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