KAC20247 今私の世界は色あせて
久遠 れんり
第1話 最悪の状況で、最高の出会い
いつもは、仕事の時間。
だけど、体調が悪く。
私は早退をして、家路を急ぐ。
いつもと違う角を曲がる。
ここは、飲食店やホテルが混在するところで、物騒なので普段は通らない。
だけど、近道。
つい、足を踏み入れた。
――こんな所を通らなければ良かった。
いつもの道を通っていれば……
そう、そこで、見てしまう。
あの人と知らない女……
楽しそうに、腕を組み。真っ昼間からホテルへと足を踏み入れる二人。
見たくなかった、知りたくなど無かった。
でも見てしまい、私は……
その瞬間に、急激に世界は色あせ、私は、意識を失った。
「――ここは?」
「気が付いた? 救急車でも呼ぼうかと思ったが、場所が場所なので、勝手だが家へ連れ帰った。何もしていないから安心をして」
そういう彼は、四十歳くらいのおじさん。
口ひげを生やした、少しダンディなひと。
ちなみに、私は二十六歳。
「何か持病でもあるの?」
「いえ…… 少し体調が悪くて。その…… 帰る途中だったんです」
「そうか。でもあそこで倒れるのは、その、危なかったね。あまり通らない方が良いよ」
少し言い辛そうに、教えてくれる。
「ありがとう、ございます」
「熱は?」
「測っていません」
「ご家族には連絡をした?」
「いえ。一人暮らしで」
そう答えると、非接触式の体温計が出てくる。
測ると、三十六度五分。
いつもより、少しだけ高い。
そう言えば、頭痛が治まっている。
「大丈夫そうなら帰るかい? 私はこれから仕事でね」
時計を見ると、もう十八時。
半日寝ていたらしい。
「もうこんな時間。すみませんでした。これから、お店ですか?」
つい見た目で、そう聞いてしまった。
だけど彼は、笑みを浮かべて、優しく答えてくれる。
「店とは少し違う。私は医者でね」
「すみません。あっ奥様とか」
少し眉が上がり、やれやれという感じで答えてくれる。
「私も今は、一人暮らしなんだ」
「あっ。重ね重ね。すみません」
そう言って、彼が出るときに一緒に部屋を出る。
あの通りにある雑居ビル。
その最上階。
「こんな所に住宅が?」
「少し縁があってね、このビルは私の持ち物なんだ」
少しビックリ。
安くはないだろうに。
「あの、また後日。御礼に伺います」
「言っただろ。若い女の子がうろうろしていると、あまり良くない。調子を見て良くないなら病院へ行ってね。じゃあお大事に」
そう言って、エレベーターを出る。
つい気になって、ホテルの方を見るが、出入りはなく。すでにネオンが灯っている。
その様子で気が付いたのか、言葉をかけてくれる。
「殴り込んじゃ駄目だよ。何なら弁護士さんを紹介しよう。連絡をして」
そう言って、名刺をもらった。
何処までで気が付いたのか。相変わらず優しい笑顔。
「ありがとうございます」
そう言って、その日は別れた。
家に帰って携帯を見ると、奴から、連絡が入っていた。しれっと。
『今日は忙しくて、行けそうにない』
来なくていい。
そんな文を、返しそうになる。
悩んだ末に、『OK』のキャラだけを返す。
浴槽に浸かり、考える。
馬鹿な彼とは三年。
元々は大学の先輩。
色んなことを知っていて、あの頃はキラキラしていた。
だけど最近は倦怠期の夫婦のよう。
まさか浮気をしていたとは、思わなかったけれど。
お風呂から出て、色々と調べてみる。
盗聴器にGPS。
スマホの位置情報。
色々書いてある。
だけど、気が乗らない。
それどころか、どこか冷めたのか。好きかどうかも判らなくなる。
あの時、写真を撮れば良かった。
それを突きつけ、別れることも出来たかもしれない。
そんな事ばかりが、頭の中に湧き上がってくる。
ふと、名刺を見るとEメールのアドレスを書いてある。
そう言えば、助けていただいて、名乗ってもいない。
とんだ社会人失格野郎だ。
あわてて、文章を書き始める。
「名前と、連絡先。住所は必要ないわね」
なんだかワクワクしながら書いていて、あいつの浮気のことも書き連ねる。
連絡をくれるかも知れない。
そんな下心を持って。
「どうしたんだろう私」
あの優しそうな笑顔が、ふとしたときに思い出せる。
少しもだえながら眠る。
普通じゃない。
彼が浮気をしたのよ。
だけど。全く気にならない。これは何?
翌日、駄目だと言われたのに、手土産を持って尋ねる。
十八時前。
だけど居なかった。
ひょっとすると、昨日は私が居たから時間を遅らせてくれた?
「あああっ。バカね私」
置き手紙を付けて、ドアノブにぶら下げて帰る。
帰ると、パソコンメールに返事が来ていた。
『調べたいなら、調査会社も紹介しましょう』
「良し。携帯のメールも送っておこう」
妙なテンションで、お願いを送る。
そして、会うことが出来たが、家に行ったことを叱られる。
「危ないと言ったのに」
「すみません」
謝るものの、なんだか嬉しくて、反省などしていない。
それでまあ、今日は、ファミレス。
興信所さんは、結構お高い。
「あの別れたいだけで。結婚もしていませんし」
「いや、そもそも結婚をなさっていないなら、養育義務もありませんし。慰謝料は取れませんよ」
「「えっ」」
「そりゃ知らなかった。ごめんね」
彼が、焦って謝ってくれる。
結局、最低金額で浮気の証拠だけ、集めてくれることになった。
それでも結構お高いけれど。
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