第89話 ログロイの変化とその理由

 ログロイによると、魔法具っていうのは特定の誰かの魔法を物に封入し、一時的に同じ力を誰でも使えるようにする物らしい。


 この国の魔道具が、“同じ魔法を誰でも発動出来るようにする”アイテムなのに対して、魔法具は“特定の誰かが発動した魔法を保存して誰でも使えるようにする”アイテムって感じかな?


 魔道具と違って完全な使い捨てである一方、魔道具では再現不能なスフィアの聖属性すら誰でも使えるように出来るっていうのは、確かな利点と言えそうだ。


「俺は今回、この魔法具を使い捨てじゃなくて、ある程度恒久的に使えるようにする技術を習得したくて、この国に来たんだ。魔道具っていうの? それを見れば何か参考になるかなって」


「そうだったのか」


 そういった説明を、俺はログロイを魔道具製作サークルに連れていく道中で聞かされていた。


 ちなみに、俺以外の同行者はマニラとスフィアだ。クロウとシルリアは、今回の調理室騒ぎの件で、報告書を纏める仕事があるんだと。


 ティルティも、何か用事があるって先に帰ったから、魔法具作りは俺達で進めなきゃならない。


「まあ、魔道具よりも先に、魔神流とかいう、魔法じゃないのに魔法みたいな力を発揮する謎剣術の存在を知ったから、それを先に調べてみようってなったんだけど」


 結局魔法具で魔神流の再現は不可能だったから、自力で習得することにしたらしい。


 そんな話をしていると、ログロイは少し眉を顰めながらマニラの方に目を向ける。


「それで……そっちの、マニラだっけ? あんたはどうしたんだ? さっきからずっと俺の方見てるけど」


「あ、ええと、そのですね……私、ログロイ君はもっとこう、控えめな性格? と聞いていたので……ちょっと意外だなー、と……」


 控えめな性格? と、俺は今目の前にいるログロイを見て首を傾げる。


 まだ十二歳だというのに堂々としたこの態度、とても控えめには見えないんだけど。


 スフィアも同意見のようで、俺と揃って首を傾げていると……当のログロイは、バツが悪そうに頬を掻いた。


「誰から聞いたんだよ……まあ、そうだよ。俺の国じゃ、魔法を使えないのは貴族の恥って感じだったからな。魔法具だって、貴族が奴隷に使わせるための武器って扱いで、貴族が使うなんてありえないって言われてて……まあ、居心地悪かったんだ」


 けど、とログロイは俺の顔を見上げる。


「先生に会って、剣術を教わったら、ちょっと自分に自信がついてさ。変なことでくよくよ悩むのはやめにしようって思えたんだ」


「へえ、そうなのか」


 俺も魔法が使えなくて剣術の道に進んだから、ちょっとシンパシーを覚えるな。


 でもそうか、マニラが驚いてたのは、このログロイの心境の変化が起きるのは、スフィアと関わった後だから……とか、そんな感じなのか。


 ゲームでは、父さんも俺もとっくに死んでるはずの人間だからな。それがまさか、こんな形で影響するとは、人生ってのは分からないもんだ。


 ……なんか、俺と父さんの二人で、スフィアに発生するべき恋愛フラグがほとんどへし折られてるような……ええと、これひょっとしてスフィアに謝った方がいいやつなんだろうか?


「? 師匠せんせい、どうしました?」


「……いや、何も?」


 急に謝られても、スフィアからすればなんのこっちゃって話だろうし、本当に謝りはしないけど。

 いやうん、今度俺が、へし折ったフラグの代わりに何かデートでもセッティングしてやるべきなのかもしれない。


「それより、魔法具作りに使える人材を紹介するって話だったけど、ちゃんと期待出来る連中なんだろうな、兄弟子?」


「そこは心配しなくていいよ、俺の剣を打ってくれた子がいるから」


 次元を切り開き、炎と氷を纏いながら鋼鉄を斬り裂いてもへっちゃらな剣を打ってくれたんだぞ、と説明すると、ログロイはドン引きしていた。


「話は聞いてたけどさぁ……兄弟子の技もめちゃくちゃなら、それに耐えられる剣の方も十分ヤバいだろ。俺、魔神流のさわり部分しか習得出来てないけど、それでも木剣がしょっちゅう折れるんだぞ?」


「剣の道を極めれば、ちょっとした理屈くらい超越出来るってことだ。剣を打つ人間もそれは同じだよ」


「その理屈はおかしいだろ……」


「お前もすぐに分かるようになるさ。そうすれば、お前ならすぐに技も使えるようになる」


「本当かよ……」


 半信半疑といった様子のログロイに、そんなに気になるならと俺の愛剣を少し握らせてやった。


 間違いなく普通の剣なんだけどなぁ、とボヤくログロイを微笑ましく思いながら、俺達は魔道具製作サークルの工房へと足を踏み入れて……。


「フレイくぅぅぅん!? 君は何度言えば分かるのかな? 魔道具は魔法を使うための道具なの!! 込める魔法よりも、“ガワ”で斬りかかった方が強いなんて本末転倒な代物を作らないでくれるかな!? お陰で僕らは今、魔道具職人じゃなくて刀匠か何かだと思われているんだが!?」


「先輩が刻む魔法がへっぽこなだけじゃない、もっとちゃんとしたの刻めばいいでしょ!」


「自分で刻めない癖になんでそんなに偉そうなんだ!? しかも事実として君の剣の斬れ味には敵わないから腹立つぅぅぅ!!」


 フレイと、サークルの長であるコード先輩が言い争っている場面に遭遇してしまった。


 その何ともコメントに困る内容に、俺は苦笑を浮かべ……やがて、こっちに気付いたフレイが、「あっ!」と声を上げる。


「ソルド! 遊びに来てくれたのね、会いたかったわ!」


 きゃっきゃとはしゃぎながら、幼い子供みたいに俺に抱き着いてくるフレイ。


 そんなフレイを見て、ログロイが一言。


「これが……理屈を超越した剣を打つ、最高の職人……?」


 ……まあ、そう言いたくなる気持ちは分かる。


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