第8話 鍛治少女の出会い

 私の名前はフレイ・ドワルゴン。ガストの町で、鍛冶屋を営んでるわ。……パパが。


 でも、私だって立派な職人なのよ。パパもすごい才能だって褒めてくれてるし、パパはともかくそこら辺の鍛冶師には負けない自信だってある。


 でも……ある日気付いてしまった。今の時代、鍛治の才能なんて誰も求めてないんだってこと。


 パパが作ったすごい剣より、詐欺師同然のへっぽこが作った、ただキラキラ光ってる鉄と宝石の棒切れの方がありがたがられる世界。


 貴族は戦いの場では魔法を使うから、剣を抜くことはない。だから、“剣”としての性能よりも、派手で目立つカッコ良い見た目の方がみんな大事なんだ。


 ……だったらそんなの、剣じゃなくてもいいじゃない。


 適当な宝石をじゃらじゃらぶら下げてるのと、何が違うっていうのよ。


 そんな現実を知ってしまった直後、また新しいお客さんが店にやって来た。

 侯爵の紹介だっていうその男は……見るからに、剣なんてとても振れそうにない優男だ。


 なんていうか、お遊びで振ってますっていうのが一目で分かるわ。貴族って大体こんな感じだもの。


 しかも、そんな男が剣を贈る相手は、隣に立ってるちっこいガキンチョらしい。


 そんなガキンチョが、生意気にも実戦重視の剣なんてものを要求してきた。頭に来ちゃって、思わず突っかかっていったんだけど……そしたら、なんかおかしな流れになっちゃった。


 そのガキンチョが、私達に剣術を披露してくれるらしい。


「…………」


 お店の中にある、試し斬りのためのスペース。藁人形が立てられているだけのちょっとしたものだけど、もう随分と長いこと使われていなかった場所だ。


 そんな藁人形の前で静かに瞑想するガキンチョが手にしているのは、ただの木剣。剣ですらない。


 まだ本物は振ったことがないって……そんなんでよくあそこまで大見得を切れたもんね。


 でも……なぜかしら。集中している今の彼からは、不思議と目が離せない。


 あのガキンチョの父親とは違う……パパが剣に向き合う時と同じ、怖いくらいに真剣な“圧”を感じるの。


 そして……張り詰めた緊張の糸を断ち切るように、ガキンチョが木剣を抜き放つ。


「魔神流剣術、一の型……《氷狼一閃》!!」


 その瞬間、世界が上下に両断されたかのような錯覚を覚えた。


 ガキンチョの姿が一瞬掻き消えたかと思えば、藁人形が真っ二つに叩き斬られている。


 ただの木剣なのに。魔法を使った気配なんて全然しなかったのに。どんな名剣を使ったって再現出来ない、見惚れるほどに綺麗な断面がそこにあった。


「……やっぱり、ダメか……まだまだだな……」


 ボソリと呟かれたガキンチョの言葉に、私は更なる衝撃を受ける。


 今のとんでもない剣術で、まだ満足していないっていうの?


 こんなの……剣術道場の師範どころか、魔法で戦う騎士だって蹴散らせるんじゃないかってくらいすごい剣なのに。


 でも、ガキンチョの表情を見れば、それが嘘でも冗談でもないことくらいすぐに分かった。


 生きている限り、成長に終わりなんてない、技術は死ぬまで磨き続けてこそだ──パパの言っていたその言葉を、私と歳も変わらない男の子がごく自然に実践している。


 その姿は……あまりにも、眩しすぎた。


「っと、どうだった? 俺の剣、お前らのお眼鏡には適ったかな?」


「……ああ、文句なんてあるはずもないよ。むしろ、こちらから頭を下げなければならないだろうね……どうか、僕に君の剣を打たせて欲しい」


 パパが、素の口調で頭を下げるくらいに衝撃を受けてる。


 このまま行けば、何事もなくパパがあのガキンチョのために剣を打つだろう。きっと最高のひと振りになるって確信できる。


 でも……衝動的に、私はそれじゃあダメだって思ってしまった。


「パパ! それから、あんたにお願いが……!! あんたの剣、私にも打たせて欲しいの!!」


「フレイ、急に何を言い出すんだ?」


 さっきと言ってることが全然違うからか、パパはもちろんこのガキンチョまでびっくりしてる。


 でも、ここで引いたら一生後悔する気がするの。


「さっき言ったことは謝るわ、ごめんなさい! でも、私も本気なの! もちろん一人でやるなんて言わないわ、パパの手伝いって形でもいいから……とにかく、私にもあんたの剣の製作に関わらせて! お願い!」


 私はここのところずっと、剣を作り続けることに意味はあるのかって悩み続けてきた。


 でも、もしこいつの剣を作ることが出来たなら、その意味を見つけられる気がするの。


 だから、と必死にお願いする私に、ガキンチョは苦笑を浮かべた。


「それは俺が決めることじゃないよ、お前がどれくらいの腕前なのかも知らないし、鍛治は専門外だからな。親父さんに言ってくれ 」


 突き放すような物言いに、そりゃあそうか、って少し肩を落とす。

 けれどその後、ただ、とガキンチョは言葉を重ねた。


「いつか作るお前の剣がどんなものになるかは、楽しみにしてるよ」


「……!! うん!!」


 楽しみにしてる、その言葉だけで嬉しくなった私は、思わず笑みを浮かべる。


 そこでふと、私はまだちゃんと自己紹介していなかったことを思い出した。


「まだ言ってなかったけど、私の名前はフレイ・ドワルゴンよ。あんたは?」


「俺はソルド・レンジャーだ。よろしく、フレイ」


「こちらこそ!」


 差し出されたソルドの手を両手で握り締めながら、私は決意した。


 絶対にパパを納得させて……ソルドの剣を、私が作る!

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