第37話 ユナのわからずや

 オークション当日の朝、ディンはいつもどおりの時間に起き、朝食をとり、身支度を終えた。そのタイミングで玄関のドアが叩かれる。

 最近の習慣通り、立っていたのは、ルゥとアイリスだった。


 アイリスはいつも通り明るいテンションで、ルゥもいつも通り存在感が薄く、たまにつぶやくように会話に入る。わずかな時間だが阿吽の呼吸ができつつある。

 活気ある街中を三人で歩いてると、何やら雰囲気が物々しい。戦士団や魔術師団が駆け回っており、何かが起きていることを察する。


「なんだろうね?」

「今が人の量のピーク。色々トラブルがあるのは普通」


 ルゥの説明に納得していたが、オークション会場からも大量に駆り出される魔術師団員を見て、異常事態が起きていると確信する。


「もしかして街の外に魔獣が?」

「間違いないっすよ!」


 三人で顔を見合わせる。


「女子三人、見―つけた!」


 覆いかぶさるように三人まとめて後ろから抱きしめてくる。

 誰かと振り返ると、エリィだ。

 その後ろにはいつもの護衛八人もついていた。


「エリィ様! お久しぶりっす」

「よっ! アイリス。元気で何よりね」


 双方気軽に挨拶をかわす。お互い身分の高い者同士だからか、相性が良いようで、妙に気心知れたやり取りに見えた。


「エリィ様。もしかして魔獣が出たんですか?」

 

 ディンの質問に意味深な笑みを見せて、あえて間を空ける。


「ユナが心配することじゃありませーん。あなたはお兄ちゃんのこと考えておけばいいの! で、ディンはやっぱりいない?」


 三人の沈黙でエリィは答えを悟る。


「じゃあ、ここで三人の役割を教えまーす」


 エリィはにっこり微笑み、一人ずつに笑顔を振りまく。


「ユナとルゥはこのままオークション会場へ。お兄さんを見つけることに専念してほしい。ただアイリスは少々作戦変更!」

「はいっす!」


 アイリスは背筋を伸ばして、腹から声を出す。


「アルメニーア東部の援軍として参加してほしい。今、そこの玄関口に魔獣が押し寄せてて一番危ない状況なの」


 玄関口と聞いて目と鼻の先に魔獣がいることを察する。笑顔を振りまくエリィとは裏腹に想像以上に自体は緊迫しており、動悸が高鳴る。


「大丈夫なんですか?」

「うーん。経験上、問題ないかなぁ。タンタンが当たってるし。でも、あのくそチビ仕事が雑だから、一匹二匹通す可能性があるのよねぇ。それのための対応という感じ」


 エリィの言葉にあまり緊張感がない。タンタンへの信頼とアイリスはあくまで念のための保険という意図が読み取れた。

 ただ人命がかかっているため、それに対してアイリスは不満を一切出さない。


「わかりました! 私はそこの応援に入ります! ユナちゃん! 協力できるのはここまでみたいっす!」

「全然、大丈夫だよ。手伝ってくれてありがとう。アイリスも気を付けてね」

「ユナ。心配なら選別に何か魔道具を渡せば? 役に立つかもしれない」


 ルゥの言葉にアイリスは首をぶんぶん横に振る。


「ご心配なく! 私は私なりの戦い方があるんでね!」


 そう言って、アイリスは満面の笑みで別の部隊と合流していく。


「彼らに任せておけば大丈夫! さあ、私たちはオークションへ向かいましょう!」


 エリィに連れられ、ディンはオークション会場へ向かった。





【ひゅぅぅ。はじめて来たぜぇ】


 ポケットの中で一人興奮するシーザを無視して一年ぶりのオークション会場へ入った。 

 オークション会場はダーリア王国最大の闘技場で行われる。

 本来、格闘の観覧試合として使用されることが多いが、歴史ある闘技場のため、あらゆるイベントで使用される。


 円形の中心部でオークションが開催され、オークション当日は360度人で埋まる。参加できるのは一階席の人間のみ。ほぼ上流階級の人間で占められ、よほどのコネがないと一般人は参加できない。


 二階席は単純に観覧のみ。ここは一般人も多く、単純にオークションの様子を楽しんでいる人が多い。

 三階はぐるりと一周できる通路となっている。

 三階から観客を見張るように一定間隔で警備の人間が立っていた。


「私は参加者側に行くわ。ディンがいたら教えるから」


 王族であるエリィは魔術師団の仕事としてきているが、王族であるので警備ではなくゲストの立場だ。エリィは思い出したようにディンに魔銃を手渡す。


「一応警備だから武器は持っててね」


 入口でエリィと別れ、ディン達は観覧側に向かった。オークション開催前からぐるっと二階席を見てまわり、一通り確認を終えた時にはすでにオークションは始まっていた。


 三階からルゥと並んでオークション会場を眺める。この距離だと中心部は豆粒のように小さい。


「観客席の方、もう少し探す? お兄さん、どこかにいるかも」

「観客席にはいないと思うよ」


 気遣うルゥに対して、ディンはそっけなく答える。別のことに頭がまわっていた。

 オークション会場は活気と熱気に満ちており、続々と商品が落札されていく。


「盗賊団は本当に来るのかな」


 ポツリとディンはつぶやく。


「厳重だけど、可能性はある」

「そういえばセツナもここに来てるって聞いたけど」

「どこ情報? 私は何も聞いてない」


 未だ姿を見せぬ魔術師団六天花の序列二番。

 キクからの情報にも進展がなく、正直、ここまで情報がないとは思わなかった。 


「ユナって妙にセツナを気にするね。そんなに気になる?」

「そりゃ五十二年前から在籍する魔術師だからね。どんな人か気になるよ」

「ふーん」

「ほかにも気になることあるけどね」


 そう言ってルゥの背中に近づき、魔銃を当てる。


「君は何者だ?」


 完全なる沈黙。聞こえるのは遠くから響く歓声のみ。


「さっきアイリスに『心配なら選別に何か魔道具を渡せば?』とルゥは言ったね」

「それが何?」

「私が魔道具を人に貸せるだけ大量に持ち歩いてると確信した言い方だ」


 ディンは普段、見た目には全く魔道具を身につけていない。

 魔道具を自由に取り出せることを知ってる人間はまだそう多くない。


「エリィ殿下からそういう話をちらりと聞いただけ」

「私が魔道具を自由に取り出せることを知ってたら、さっき私に武器を渡さないと思うけど?」

 

 エリィはディンが魔道具を取り出すところを見ていない。


「この街に来て、私が魔道具を取り出すところを見たのは、アイリスと……クロユリの盗賊団」


 ルゥは何も答えない。

 すでに背中は取った。妙な真似すれば、撃てる。


「弁明は?」

「今は言えない。でも、信じてほしい。私には責務がある」

「責務? 魔王の血を狙ってるの? 何のため?」


 それには答えない。

 挙動が怪しく、こちらに振り返ろうとしたタイミングでディンは容赦なく撃った。

 ゼロ距離で的中……のはずが、目の前の人間は溶けるように崩れていく。


(はっ? なんだこれ?)


「ユナ。聞いてほしい」


 後ろにルゥが立っていた。一瞬で背後を取られる。

 危険な相手だと悟り、ディンは両手に魔銃を構え、魔弾を連射。

 的中するが、また溶けるように崩れる。

 よく見ると、崩れたものが黒い液体のようになり、地面を這って動いていた。


「まさか影魔術? 時空魔術以上のレアモンだぞ」


 シーザは驚きの声をあげる。


「どういう魔術だ?」

「知らねぇ」

「肝心のところで使えねぇな!」


 ディンは地面を這う影を追いながら走る。


「ただ一つ。極めて珍しい特質魔術は、先人が研究してない部分が多い。つまり、魔術師の才能に大きく左右される」


 影は三階のさらに上に行き、ディンも反発魔術で上に飛ぶ。

 四階は天幕用ポールが並ぶ細い通路で立ち入り禁止となっており、現在人はいない。

 そこで影は止まり、ルゥは実態を現した。


「未知の魔術の使い手と単独で戦うな。いったん引け」


 その危険性を知らないディンはシーザの警告を聞き流す。


「ルゥがクロユリなんだね?」

「……ユナ。私がクロユリなのは認める。でも、一つ誤解があ――」


 ディンは即座に魔弾を連射し、ルゥは魔壁を展開。


「魔壁を展開したってことは実体か」

「話してる途中に攻撃するのは良くない」

「盗賊団ってことがわかればそれで充分。捕らえた後に話は聞くよ」


 ディンは両手を合わせる。


「ユナのわからずや」


 ルゥも同じく両手を合わせる。


「魔術解放」


 同時に発し、双方の魔力がうねりを上げた。

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