第2話 わかったぞ! 勇者の伝えたかった最後の言葉!
翌日は墓地への埋葬だった。
邸宅から棺桶を持って墓地まで向かう。
「私の身体はミッセに埋めてもらいたい」
当初、祖父の葬儀は王都オトッキリーの礼拝堂をすべてはしごして、国民総出で最後の別れをする盛大な葬式の予定だった。
が、祖父は慣れ親しんだ村ミッセでの簡素なものを希望した。
ミッセはロマンピーチ家が与えられた領地だ。
王都オトッキリーを丘から一望できる小さな村で、立地として悪くないし、広大な森や土地もあり、自然にも恵まれている。
ただディンに不満がないと言えば嘘になる。祖父のやったことなら本来もっとでかい領地を与えられるはずだが、祖父はそれを固辞したのだ。祖父は偉大で尊敬できる人物だが、慎ましさに関しては未だ文句を並べたくなる。
名だけは誰よりも売れているが、領地や富に余裕があるわけではない。
とはいえ、葬儀に参列する人物たちを見て、祖父の偉大さを改めて思い知る。
王都から比較的近いとはいえ、有力貴族や大商人、大祭司が田舎村に顔をそろえるのはありえない光景だ。
が、異様なのはそれだけではない。
隊列を成す列の中、ロマンピーチ邸の前に止まった馬車。
降りてきたのは第一王子ライオネル・ローズ。
「この度は偉大なる勇者エルマー・ロマンピーチのご逝去に対し、お悔み申し上げます」
ライオネルの言葉に皆が委縮し、黙って一礼し、ディンもそれに続いた。祖父との最後の別れはつつがなく終わった。
墓地に埋葬する際は、皆の涙につられて思わずディンも涙ぐんだ。
「本日はわざわざ足を運んでいただきありがとうございました」
ロマンピーチ邸宅内の一室。
相対するのは第一王子ライオネル・ローズ。
ライオネルはよそゆきの顔と姿勢を崩して、ソファに深く座る。
「お疲れ、ディン。ようやく一息つけるな」
「まだこれからやるべきことがたくさんあります」
「ディン、いいよ。僕らの仲だろ? ここにいるのは、身内だけだ」
そう言って目配せする。部屋にいるのは、ライオネルの護衛であるベンジャのみだ。
「ですが……」
「ディン。立場の違いはあれど僕らは友人だろ?」
まっすぐな目で見られ、ディンは目を閉じ、ライオネルを再び見る。
「そうだな。固いのはよそう。今日はわざわざありがとう、ライオネル」
ライオネルは嬉しそうに笑みをこぼす。
祖父が魔王を倒したことがきっかけで王族との交流が始まった。
特にライオネルの父である現国王が祖父に心から敬意を示し、何度もロマンピーチ家を食事会に招待した。同じ年だったディンとライオネルは家族ぐるみの交流で自然と打ち解け、王宮で遊び、友人と呼べる仲になった。
公式の場ではお互い言葉を選ぶが、他者の目が消えれば自然と昔に戻る。
が、今はお互い子供ではなく、ディンの中で打算がないわけではない。
確かにライオネルは立場を引き抜けば、純粋に気の合う友人だ。
かといって、ライオネルは順調にいけば国王になる男。
ディンとして立場は絶対に引き抜けない。ならば割り切るのが正しい。
自分に優位な方に転がすことに旨味があるのだ。
ロマンピーチ家の家長となった今、自分にはその責務がある。
リラックスして会話するライオネルと相対するディンは、いつも通り会話しつつもどこかぎこちなさをあえて出す。
「何かあったのか?」
そのわずかな機微にライオネルは気づく。
「ないと言えば嘘になる」
「何?」
「立場上の関係性もあるし……」
「ここではそういうのはなし。だろ?」
念を押す言葉にディンはうなずき、切り出す。
「問題と言えるか正直わからない」
「何だよ、それ?」
「ライオネルは魔王討伐の件についてどこまで知ってる?」
不思議そうにディンを見ながら、ライオネルは答える。それはディンが知っている知識をなぞるような回答だった。
「俺の聞いた内容と同じだ」
「うん。で? これがなんなんだ? ディン、まどろっこしいのはなしだ」
「まあ、祖父の残した言葉だよ。国王に伝えないといけないんだが、少し半端でね。正確に伝えるべきなのか悩んでる」
ライオネルはぴんとこないようで首を傾けた。
「どういう内容なんだ?」
「私は魔王を倒していない……じいちゃんは最後にそう言って亡くなった」
ポカーンとした表情でライオネルは固まった。
「その一言だけ?」
「いや……もちろん……そのあとに何かモゴモゴと言いたそうな雰囲気だった」
ディンは少し話を都合のいい方に盛ったが、嘘はついてない。
そういう風に自分には見えたのだと解釈した。
「なるほど。言いたいことをすべて言い切れなかったということか」
「おそらくな。これを正確に伝えるというのは……少し誤解を招きそうな言葉だろう?」
「はははっ。ディンは意外にまじめだな」
ライオネルは冗談を飛ばされた後のように笑う。
まるで問題視している様子はない。
「ただ国王に伝える内容に対して、個人の解釈を混ぜるのはどうかと思ってな」
「父は勇者に敬意を払っているからな。言葉を後世に記録として残そうとしているんだ」
ライオネルは腕組みをして少し考える。
「ディン。これはあくまで解釈の問題だろう。別に死に際の言葉に限定する必要はない。その日の間に会話した内容の一部でもいいんだ」
ライオネルの指摘は的確だった。確かに国王の言葉はそういう風にくみ取れる。
ディンは前日のことを思い出す。
祖父が亡くなったのは太陽が最も高く上がった正午。
午前中は、食事もままならなかったが、侍女が飲み物を口に含ませた時に一言言ったことを思い出した。
――ありがと
「今振り返ると、感謝の言葉を口にしていたな」
「それはディンに対してか?」
「なんというか……俺だけじゃなく、もっと広い意味での……今まで支えてくれたすべての人、国民に対する感謝。そんな感じだな」
拡大を超えた誇張解釈だが、ディンは気にしない。
(俺はそういう風に受け取ったんだ!)
「さすが勇者だな。自分の死に際に国民への感謝を言えるなんて」
ライオネルは心底感心しているようだった。
「ただ国王にどう伝えるべきか。やや途切れ途切れなので、難しいな」
「ふむ。まず『私は魔王を倒していない』というのはおそらくうまく言葉を言えなかったんだろうな。正確には『私一人の力では魔王を倒せなかった』って感じじゃないか?」
「俺もそう思う。というか、そんな感じだったかもしれない」
間違いなくディンの聞いた言葉ではないが、気にしないことにした。
「そしてそのあとにも何か言おうとした……おそらく続くのは、『魔王討伐を達成できたのは、私を支えてくれた仲間たちのおかげだ』って感じか?」
「流石だ、ライオネル。祖父が心の中で感じていたのは間違いない」
「だが、まだ不完全だろうな。国民への感謝の言葉も口にしていたんだろう?」
ディンに乗せられたのか、真剣な眼差しでライオネルは考え込む。
大人二人が真顔で勝手な妄想を広げる異様な光景。
静寂に少しの間包まれ、ライオネルは唐突に立ち上がる。
「わかったぞ! 勇者の伝えたかった最後の言葉!」
霧が晴れたようにすがすがしい表情でライオネルは続ける。
「私一人の力では魔王を倒せなかった。それを達成できたのは、私を支えてくれた仲間たち、およびすべての国民のおかげだ。この国にいるすべての国民に感謝したい」
「それだ!」
ディンは反射的に同意する。原型を完全にとどめてないが、祖父がこういうことを考えていてもおかしくない。
「ありがとう。ライオネル。やはり国王に会う前に相談してよかった」
「ははっ。役に立てたなら何よりだ」
ライオネルは少し照れて肩をすくめる。
偉大な祖父の喪失感から、ネガティブに考えすぎていたのかもしれない。最初にポールという馬鹿が喚きたてたのもそれに拍車をかけた。冷静に考えて、そこまで大げさに問題視することじゃない。
何より第一王子からお墨付きを得られた。ディンがここで欲しかったのは、第一王子と公式面談をして、同じ解釈を共有したという事実だ。
(これは万が一の予防線に必ずなる)
話が落ち着いたところでライオネルは少し姿勢を正して尋ねる。
「そんなことより……お見舞いしてもいいかな?」
その意味を察し、ディンは表情を変えずにうなずいた。
ライオネルとその護衛と共に二階へ移動する。
二階の隅にある一室は日当たりがよく風もよく通る。
ドアを開けると、ベッドの傍に侍女がいた。
「何か変わった様子は?」
「特にありません」
業務報告のような言葉使いだが、無理もない。このやり取りをどれだけしたのか数えきれない。
「もう三年だっけ?」
「ああ」
ベッドの傍にある椅子にライオネルは腰かけ、そこで眠る妹を見る。
三年前と何も変わらない。
ディンは眠り姫の口に手を添える。
息をしているのがわかり安心するが、自然と不安も湧いてくる。
「このまま目覚めなかったらどうしようってたまに怖い考えが出てくる」
「病状は安定してるんだろ? 必ず目覚めるさ」
「ああ」
「魔術師団さえなければ……」
ライオネルは苛立ちを吐き出すようにつぶやく。
ディンも同じ気持ちだ。
国が誇るゼゼ魔術師団は魔術の才能を集めた世界最強のエリート軍団だ。
ディンに魔術の才能はなかったが妹のユナには類まれな才能があった。誘われるのは必然であったが、今でもその時に全力で止めなかったことを後悔している。
「事故の詳細なんとか聞き出せないか?」
「無理だ。魔術師団は軍の機密ということになってる。特にゼゼ関連のものはすべてだ。父も下手に手を出せないし、そもそも出す気もない」
何度となく繰り返された受け答え。
ゼゼ魔術師団は王宮戦士団と共に形式上、王族の下にある。が、魔術師団の命令系統は特殊で、実質ゼゼというエルフが全権を握っていた。
それだけの権利を有するのは、魔獣が
実際、祖父と共に世界平和に多大な貢献をしたのは間違いないし、特にゼゼは魔術師界隈の中でも知らない者はいない。
だが、機密の一言で妹の事故の詳細すら教えてもらえないのは納得できなかった。ディンがゼゼ魔術師団へ不信を募らせるのは必然のことだ。
「ゼゼ魔術師団は魔族が跋扈した時代、その貢献度は極めて高かった。だが、平和となった現在、果たしてその存在が必要なのか、今一度議論の必要があると思っている」
「頼む。どちらにしろ……魔術師は時代遅れの産物だ」
ディンの言葉にライオネルはうなずく。
「父は何もしないだろうが……僕の代ではそうはいかない」
それは固い決意表明のように聞こえた。
ライオネルはその後、足早に村を去った。ディンはライオネルとの面談で、最後の言葉の解釈を共有できたことで安心していた。あとは念のためポールの口を封じれば、完璧だ。
(ライオネルも大した問題だと捉えてなかったし、杞憂だったな)
肩の力が抜けて、余裕が生まれる。ディンは会食の席にて有力貴族たちを中心に挨拶していった。
「この度はご愁傷様です。心よりお悔み申し上げます」
会食の終わり、目の前に立っていたのはゼゼ魔術師団に所属するジョエルだった。年は祖父と変わらない八十前後、杖をついているが足元はしっかりしており、背筋もピンと伸びている。
「お気遣いありがとうございます。ジョエルさん」
魔術師団に対し嫌悪感があるのは事実だが、ジョエルの前では一切表情に出すことはない。ジョエルは回復魔術のエキスパートであり、定期的に家を尋ねて、ユナを診察してくれていた。
ユナのために感情をぶつけるより良好な関係を築く方を優先するのは当然の選択だ。
少しの間、当たり障りない話題をした後、ジョエルはさらりと切り出す。
「ところでこの後、少々お時間よろしいでしょうか?」
「なんでしょうか?」
「ゼゼ様がお悔みの言葉を申し上げたいとのことです」
思わぬ言葉に顔が引きつりそうになるのをこらえる。
「残念なことにここには来られなかったのですが、勇者様とは交流がありましたから」
「この後、王宮で国王と面会予定ですので」
「それはすでに調整してあるので大丈夫です」
強引に時間をねじ込んでいることに驚く。
一言嫌味でも言ってやりたいが、ジョエルにだけは露骨に嫌悪を押し出せない。
おそらくそこまで計算しているのだとディンは察する。
「無論、あまり時間はとらせません」
「そういうことなら断る理由がありません。ちなみに要件はそれだけですか?」
口元だけ微笑み、言葉を返す。
「実はもう一つ」
ジョエルは少し顔を近づけ、声量を落として続ける。
「勇者の最後の言葉を伺いたい、とのことです」
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