色を纏う

ritsuca

第1話

 今年の観梅会は、雨に降られてしまった。傘をさしてそぞろ歩いたものの、雨の中でもバーベキューができるような設備があるわけでもなく、そのまま昼日中の市中に三々五々、分かれている。

 阿賀野は同期と世代の近い先輩、後輩のグループ――社内では、中堅世代として扱われている――とともに、ファミレスに腰を落ち着けた。荻野は部署で居酒屋になだれ込んだらしい。夕飯はお茶漬けにしたい、と届いたメッセージにリアクションボタンを押して、スマホをポケットにしまう。

 と、その様子をじっと見ていた後輩が、向かいから問いかけてきた。


「先輩、色味変わりました?」

「俺、そんなに日焼けしてる?」

「いや、そういうんじゃないです。そうじゃなくて、うーん?」


 えーと、うーんと、と言葉を探してぐるぐると目を回しているところへ、カツ、カツ、とヒールの音が響く。

 音の方を見れば入社当時、メンターとして世話になっていた先輩が歩いてきたので、独り占めしていた二人掛けのソファの片側に身体をずらせば、ありがと、と先輩が滑り込んでくる。


「それで、何見つめ合って首傾げてるの」

「あ、いいところにオシャレ番長が! 先輩の色味、変わったと思いません?」

「あぁ。ワイシャツが白一辺倒じゃなくなったよね。たまに濃い色のも着てるの、彼女の趣味が良いのかなと思ってた」


 オシャレ番長、と呼ばれた先輩は、一歩間違えれば野暮ったくなってしまいそうな、華やかな服を纏っていることが多い。今日も観梅会に寄せてか、梅の花が散ったクリーム色のスカートに、トップスは黒のタートルネックとわずかに緑がかった、やはり暗い色のカーディガンを合わせている。

 その先輩から視線を向けられた阿賀野はと言えば、たしかに数年前まではワイシャツは白い無地のものをまとめ買い、ネクタイもスーツもネイビーかブラックのものを交代交代で着ていたが、今日はほとんど黒に近いダークグレーに薄いストライプの入ったスリーピーススーツ、ライトグレーのワイシャツ、紅梅を思わせるピンク色のネクタイのセットで、以前と比べれば色彩豊かになっている。

 なるほど、とこちらを見た後輩があまりにもじっとこちらを見るので、段々居心地が悪くなってくる。誤魔化すように、ドリンクバーから持ってきたアイスティーを口に運んだ。


「それだ! やっぱり彼女さんもオシャレなんですか?」

「うん? いや、いないけど」

「え?」

「いないって、彼女なんて。ここ数年ずっといないよ」

「えー? じゃぁ、研究したんですか? 趣味が変わった?」


 なんでそんなに急にオシャレ番長も認める隠れオシャレになったんですか、俺にも服選びの極意を教えてくださいー! と向かいから掴みかからんばかりの後輩は、つい先日、服のセンスがちょっと、と付き合い始めたばかりで初めて部屋に来た彼女にドン引かれたそうだ。と隣の先輩に耳打ちされ、あぁ、と苦笑いを零す。

 阿賀野にも覚えのある経験だった。数年前の引越しのとき、段ボールを開けて久しぶりの服に袖を通すたびに、荻野の顔が引きつっていったのだ。その後、半ば強制的に荻野と一緒に服を買うようになって、ついこの間やっと、それ以前の服が家からなくなった。


「あー、どっちかっつーと趣味が変わった、かな」

「へぇ〜。でも、似合ってますよ、先輩」

「おう、ありがとな」


 お礼にドリンクバーでお代わり持ってきてやろうか、と立ち上がろうとしたのを、隣の先輩――現在は人事部に所属している――が訳知り顔で見ていることは気がつかないことにした。

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