元冒険者の"あの頃"レビュー~色師編~

雨水四郎

最強職・色師

 人魔融和を機に引退した元ベテランエルフ冒険者が”あの頃”を思い出して悦に浸るだけのシリーズコラム記事。

 今回は子供には聞かせられない、大人は知っていても触れない。文献にも残せない。

 結果的に歴史の中で葬られたあの職業。

 ”色師”についてご紹介いたします。

 

 かの職業が存在したのは、魔族と人族が和解するあの歴史的大偉業、人魔融和から30年ほど前の話です。

 それも存在したのはせいぜい5年間程度。

 冒険者たちの中で爆発的に隆盛し、そして一気に霧散した。そんな職業でした。


 その後はこの記事を読んでいるみなさんのほとんどが色師について知らないように、この職業についてあまり語られることはなくなりました。

 つまり"色師"を知っている方は実際にあの時代を生きた方ばかり。

 我々のような長命種か、あるいは相当のご老人か……。

 つまるところ、それだけ昔にあった職業なわけです。


 今の管理運営され、スポーツ化した迷宮探索とは違う、冒険が本当に命がけだった時代。

 であれば当然、他の職業と同じように"色師"もモンスターを効率よく殺害し、魔族に対抗する。

 それを求められた職業でした。

 ……むしろ、それを極めたとすら言える、ある意味で最も合理的な職業です。


 おっと失礼。前置きが長くなりましたね。

 皆さんが知りたいのは”色師”がどんな職業だったか、その一点でしょう。


 結論から申し上げますと、色師は「色を操る」職業でした。

 ……そのままじゃないか、という皆さんの声が聞こえてきそうですが、実際、そのままなのです。

 とはいっても赤、青、黄、そういう色ではございません。

 

 色師とは、”色情”を操る職業でした。

 

 これを聞いて、インキュバスやサキュバスなどの夢魔を思い浮かべた方も多いかと思います。

 今では色街にて行政から管理されたうえで、その能力で人間をはじめとする我ら人族の精を貪る彼ら彼女ら。

 確かに色師は、彼らに非常に近い技をもっていました。

 というか、実際かの職業は夢魔から採取したフェロモンを魔術によって増幅して利用していましたから、まさしく夢魔の真似をしていた、と言えるかもしれません。

 ひとつだけ違うのは、色師はあくまで、戦闘の手段としてそれを使用すること。

 夢魔の食欲のそれとはそこが違います。


 今のスポーツ化された冒険者だと、デバッファーというのでしょうか。

 色師の役割はそれでした。

 男性諸君であれば特にわかりやすいかと思いますが、性的に極度の興奮状態にある時に、戦闘を行うことは非常に難しいのです。

 集中力は削がれますし、体の一部が……と、そのあたりはいいでしょう。

 とにかく、どうやらそれは魔族や魔物も例外ではないようで。

 敵を興奮させて弱体化させる。有り体にいえばそんな職業でした。


 とはいえ、色師の本領はただ興奮させるだけではありませんでした。

 優れた色師は敵を魅了し従わせ、そして最後には味方同士で同士討ちすら起こさせるのです。

 しかも、その対象はかなり幅広いものでした。

 魔族はもちろん、動物系や植物系の魔物、なんなら霊魂の魔物にすらその効果は及びました。

 効かないのは器物系などの魔力で動く、意思なき魔物くらいです。

 それも動かしている魔力の元が迷宮の主であれば、その主には効いてしまうんですから……。


 当時の魔王軍最高幹部である四天王の一人が、色師の魅了によって無抵抗で殺されてしまった、なんて話すらまことしやかに語られたほどです。

 まあ、それについては悪質なデマで、実際は単純に実力で倒しただけのようですがね。


 でも色師に"そうできる"と思わせるほどの力があったことは紛れもない事実です。

 全盛期の彼らはまさに最強職。

 色師であるというだけで引っ張りだこ、1パーティに1人は必ず色師がいる、というような状態にすらなりました。

 わたしが覚えている限り、あれほどまでに人族が魔族に対して優位に立っていた時期は他にありません。

 もちろん、人魔融和を成し遂げた勇者エルデルのパーティが発足したあとを除けば、ですが。


 では、なぜそれほど強大な色師が忽然と姿を消し、もはや誰も語らぬ存在にまでなってしまったのか。


 それは、彼らがあまりに不和を産みすぎたからでした。


 敵の色情を操る、凄まじいスキルです。

 その元となるのは夢魔のフェロモンと、それを強化する魔術の力。

 ……それは本当に、敵にのみ指向性を持つものでしょうか。

 答えは、概ね是です。

 ただし、どれだけ優秀な色師でも完全ではない、という注釈がつきます。


 特に色師と異性のパーティメンバーは、色師が術を使っている間、彼女らのことがかなり魅力的に見えたものでした。

 最もさきほど概ね指向性を持たせている、といった通り、よほど未熟でない限り、色師自身が望まぬ形でメンバーに襲われる、なんてことはなかったはずです。


 ただ、そもそもの話、当時の冒険者パーティなんてよっぽど本気のパーティでもなければ団内恋愛なんて当たり前だったんですよ。

 公然とした関係まではいかなくても命を預け合う仲間です。そういった感情が芽生えるのは自然なことでした。

 僧侶のあの子はリーダーの戦士に夢中、そんなのは定番中の定番だったわけです。

 それがどうです。迷宮で色師の女が術を使うと、かっこよかったはずの彼は鼻息荒く、チラチラと色師の身体を盗み見る。

 食事の時もやたらと色師に話しかけて、気を引こうとする。

 自分には変わりないように見えても、色師に対するそれと比べると少し冷たく感じる……。

 かと思えば、迷宮から戻ってみれば、いつものように自分に優しく微笑みかけ、色師のことなど気にもしない。

 ……どんな想いでも、覚めるとは思いませんか。

 もちろんこのエピソードはだいぶ”軽い方”で、たとえば色師の方にも戦士の彼に気持ちがあれば、どうなるかなど想像に難くありませんよね?


 当時は特に、冒険の全盛期でもあります。

 冒険者は掃いて捨てるほどいましたから、人間関係の不和は、パーティ解散に直結したんです。

 なにせ、代わりはいくらでもいたのですから。

 色師という職業が認められてからパーティの解散数が例年の5倍ほどに膨れ上がったというのですから、今から思えば笑うしかありません。


 そうして色師が問題視され始めた頃、当時の冒険者組合はおかしなことに気づきました。

 色師がいくらなんでも多すぎるのです。

 もちろん、当時の最強職でしたから、他の職業から色師に転向する者も多くいました。

 ただ、だとしてもいくらなんでも多すぎました。

 気が付いたときには冒険者の5分の1が色師という状況という有り様です。

 役職として認められて数年の、新しい職がです。


 怪しんだ組合が調査に乗り出したところ、恐るべき事実が判明しました。

 色師の半分は、純正のサキュバス・インキュバスだったのです。


 元々色師は彼らのフェロモンを用いた職。本物である夢魔達であれば、当然ながら同じことができます。

 メンバーと恋仲となって精をもらうのも"色師あるある"なので問題ありません。

 彼らに取っては理想的な職場と言えました。


 もちろん、ほとんどのパーティが夢魔だと知っていて彼らを雇ったわけではないでしょう。

 知っていたら、人魔の対立が激しい当時です。流石に雇わなかったと思います。

 ただ、途中で気づいても見てみぬふりをした……という意味であれば、そうしていたパーティはかなり多かったと思います。


 もちろん、”恋仲”になった夢魔と離れがたかったのもあるのでしょうが、なにせ色師は最強職。

 色師がいれば冒険は楽になる。金銭での報酬はあまり求めず、”恋仲”となっているものの精のみが目的……。

 とあらば、かなり都合の良いパーティーメンバーだと思いませんか?

 ある意味で、最初の人魔融和だったのかもしれません。


 この頃になると、色師がいるパーティでの風紀の乱れも社会問題になっていきます。

 なにせ、夢魔の目的はあくまで精。

 そういう関係になりがちだった、という程度の人間の色師とはわけが違います。

 サキュバスのいるパーティでは、夜な夜なパーティ総出で乱痴気騒ぎが行われた、なんて話もよく聞く話になっていました。


 こうなってくると、世間の色師を見る目はかなり厳しくなっていきます。

 冒険者のイメージそのものが、色師によって悪くなり始めていました。


 とはいえ、本当の終わりは、調査判明から2年が経った頃でした。

 当時のエルフ国の第一王子、彼は変わり者で、王位を継承するまでという条件付きで冒険者をしていました。

 そして……彼もまた、色師に扮したサキュバスと”恋仲”になった一人でした。

 ここまでくればもう想像がつくでしょう。

 まさにその通りのことが起きました。


 サキュバスに骨抜きになった王子は、国を捨て、冒険者として色師と生きていくと宣言したのです。

 もちろん、正体に気づいていながら気づいて居ないふりをして。

 当然、エルフの王は激怒します。

 王子は廃嫡・絶縁されたうえ、王は人族全ての国に働きかけ、色師という職業を禁止にしました。

 しかも、それについて語るのも、文章に残すのも禁止。破ったものは重罪という厳しさでした。

 エルフの王主導の政策ではありましたが、人間の国としても色師はもはや社会問題でしたから、それに反対するものはいませんでした。

 また、語ることすら許されないという苛烈さも、まごうことなき最強職である色師を規制するためにはそのくらいは必要、という判断だったそうです。


 こうして色師は禁止されました。


 当然色師に扮していたサキュバスたちは姿を消し、人間の色師も黒魔術師など、別の職に就くか、あるいは引退したようでした。

 最強職である色師が抜けた穴は大きいものでしたが、その頃の冒険者は皆むしろどこかスッキリとしていて、落ち着きを取り戻したかのようでした。

 罪になっているのもありますが、色々な意味で様々な思い出があるからでしょう。

 あえて色師について語ろうとするものはいませんでした。


 そうして、色師は忘れられていきました。


 先月には人魔融和前の法律の改正が、大まかな部分はほぼ終わり、それ以前の不要な法は全て廃棄されました。

 その中に、「色師の禁止」法も含まれています。

 もはや冒険はスポーツになり、色師なんて禁止するまでもなく出てくるはずもない。そういうことなのでしょう。

 あるいは、立法側が色師のことなど忘れているのかもしれません。

 いずれにせよ、だから今、この記事を書くことも合法的に出来ています。昔であれば重罪だったでしょうね。


 それほどの、時間が経ちました。


 ああそうそう、廃嫡されたエルフの王子はその後、人魔融和が果たされるまでは一冒険者として活躍をしたそうです。

 特に絶縁は解かれないまま当時の王は天に召されたので、今は一人で静かに本を読むか、文章でも書いて生活しているんじゃないかと思います。


 それこそ、元ベテラン冒険者として。

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