求愛パーティ

鷹野ツミ

求愛パーティ

「求愛の季節がやってきたなあ!」

「ちょ、うるせえ」

「盛り上がっていこーぜえ!」


 木の枝で寛いでいた僕の隣に、先輩がよっこいシュビドゥバと羽を休めた。

 やけに気合いの入った彼は、毎年求愛パーティでメスに振られ続けている童貞だ。


「お前の羽は、相変わらず綺麗だなあ……」

 先輩は僕の背中に顔を埋めた。澄んだ空のような色の羽は僕の長所と言える。

「大丈夫すか?急にしおらしくなっちゃって。情緒不安定かよ」

「……オレもお前みたいに綺麗な色だったらモテたのになあ」

 ぐすぐすと泣き出す先輩に、少しだけ同情した。


 僕たちの一族は、羽が生え揃う年齢になると、一年に一回の求愛パーティに参加しなければならない。そして、初参加から三年経っても誰とも関係を持てなかったオスは『森の大蛇に捧げられる』のだ。これは無闇に一族が襲われないようにする為の大蛇との契約で、森で平和に生きる為に必要なことだ。

 捧げられるほとんどが若いオスということになるが、若い肉が良いという大蛇に対し、文句を言えるものはいない。


「先輩は今年失敗したら……」

 大蛇に捧げられるんですねと言いかけてやめた。僕は泣いている鳥をさらに追い詰めて悦ぶようなサディストではない。

「……ふう。泣いたらスッキリしたよ。じゃ、パーティ会場へ行くかっ!」

 鬱陶しい程の空元気だ。こんな姿見ていられない。

「先輩。僕の羽、良かったら使いませんか?」

 クチバシで少量の羽をちぎり、先輩に差し出した。澄んだ空のような色が目の前で揺れる。

「……ありがとな。でもオレ、そういう小細工はしないって決めてるんだ。つーかメスにバレた時痛い目みる」

 嬉しさを滲ませて微笑む先輩は、太陽のように輝いて見える。こういう顔はメスウケが良さそうなのにな。

「先輩のそういうとこ、僕は好きですよ」

「ははっ、お前に言われても嬉しくねーよ」

「そっすね」


 パーティ会場は上空からでも分かる程に盛り上がっていた。ふわっと着地すれば、派手な色の羽を持つオスの周りにはメスが群がっていた。

 見た目に自信のない鳥たちは、ダンスや歌でアピールをしている。

 木の実を食べたり、振られているオスを見たり、それなりに満喫しているうちに僕の周りにはメスが集まってきた。所謂勝ち組である僕は、自分からアピールをしたことがない。先輩には悪いが、何らかのアドバイスをしようにもできないのだ。

「あー、先輩。一緒に行きませんか?」

 先程までの威勢の良さはどこへ行ったのか、おろおろしている先輩に声を掛けると、僕を囲むメスが嫌な顔をした。

 先輩はふっと苦しそうな微笑みを浮かべると、空へと羽ばたいてしまった。

「先輩っ!」

 僕はメスたちを振り払って先輩を追った。


 着いた先は、大蛇の住処だった。

「先輩っ!待って!何してんの!」

「なんで付いてくるんだ。どうせオレは明日の朝には捧げられる運命なんだ。仲間に見られながら喰われるくらいなら今喰われた方が、良い」

「まだパーティは終わってない!チャンスはありますよ!」

 こんなに声を荒らげたのは初めてかもしれない。喉が痛む。

「……見ただろあのメスたちの顔。オレはもう疲れた」

「僕は先輩が好きだよ!」

 先輩は怪訝な顔をしたが、僕の言葉は止まらなかった。

「先輩はうるさいし、情緒不安定だし、泣き虫だし、モテないし、ダンスも歌も下手だけど、絶対誰かを憎んだり悪口言ったりしないじゃん!他のどの鳥とも比べ物にならないくらい綺麗だよ!」

 まとまらない言葉を言い切ると噎せた。先輩はぱちぱちと瞬きをしている。

「……貶すのか褒めるのかどっちかにしろよ」

 照れたように視線を逸らす先輩が、どうしようもなく愛おしく思えた。

「先輩……今めちゃくちゃ可愛い」

「はあ?なんなんだよお前、気色わる……っ」

 先輩の言葉を遮るようにして、先輩のふわふわした背中に顔を埋めた。

「……今日はこのまま、二人で過ごしませんか」

 沈黙が数秒続く。流石に駄目かなと思った時、先輩はぽそりと呟いた。

「…………お前となら……別にかまわない」


 大蛇の住処で、夜の闇が僕たちを纏った。闇の中では僕の羽も闇の色に染まっている。重なり合う影も、揺れる木々も、星が散らばった空も、全て同じ色だ。

 そんな中でも、先輩は太陽のように輝いて見える気がした。

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