学園一の美少女が地味子に恋をした

左原伊純

学園一の美少女が地味子に恋をした

「伊藤さんってさ」


 私なんかに佐藤学園ナンバーワンの美少女の水沢さんが話しかけてきた。

 大きな瞳に、ふっくらした唇の、本当に可愛い人だ。


「メイクとかしないわけ?」


「し……、しないけど」


 クラスのカーストが高い女子五人が水沢さんと私を遠巻きにじろじろ見てくる。

 怖い。めちゃくちゃ怖い。


「今のままでいいと思ってんの?」


「ええ? ええと……」


 どうしよう。なんて答えたらいいか分からない。


 水沢さんが制服のジャケットのポケットから、小さな細長い箱を取り出した。そして私の手に握らせた。その時に水沢さんの手が見えた。綺麗な桜色のネイルが施されている。やっぱり私とは違う人だ。


 箱に『ちゅるんリップ』と書いてある。


「開けて」


「うん」


 中は口紅だった。さらに開けろと水沢さんに目で促されて、リップの蓋を開けた。


 綺麗な桜色だった。


「これ……どうしたの?」


「伊藤さんにあげる」


「ふえ?」


 驚き過ぎて変な声が出た私に何も言わず、水沢さんはカーストナンバーワンの女子の群れにさっさと戻って行った。


 帰宅後、水沢さんから貰ったリップを唇に付けて鏡を見てみた。唇に綺麗な色が乗っているだけで、肌が白く見えるようになったし、変わらないはずの顔まで可愛くなったように感じた。


 一応校則では禁じられているけど皆が多少のメイクをしている学校だし……ということで、私はリップを学校に付けていくと決めた。


 翌日、いつもと違う私になれた気がして、何もないのに気分が良くて、友達とのお喋りも弾んだ気がした。男子たちも私をいつもよりしっかりと見て話しているように感じる。


 水沢さんが私の机の横を通り過ぎる。


「水沢さん、ありがとう」


 声をかけてから、クラスのカーストナンバーワンの美少女にカーストを下から数えた方が早いような私が気さくに声をかけてしまったと気がついた。水沢さんが普段一緒にいる女子達の視線が痛い。


「……似合ってんじゃん」


 そう言う水沢さんの頬が赤いのは気のせいだろうか。

 きっとチークを変えたのだろう。

 凄く可愛い。


 やっぱりこの人は学園一の美少女だと、改めて感じたのだった。


 昼休みになった。


 いつも一緒の由紀と二人で向かい合ってお弁当を食べる。水筒の口にリップの跡が付いていてびっくりした。ティッシュで拭き取る。


「すみれ、どうしたの? いきなりリップなんか付けちゃって」


「えーとね……水沢さんから貰ったの」


「ええ? あの水沢さんから?」


「そう。あの水沢さんから」


「こっわ。よく素直に付けたね。裏で笑われてるかもしれないじゃん」


 はっとした。

 私はその可能性を考えていなかった。


 食後、トイレの鏡を見ながら落ち掛けのリップをティッシュで完全に落とした。


 六時間目が終わった後の掃除の時間に、ちょんと肩を叩かれた。振り返ると、水沢さんの友達、つまりクラス一カーストが上の女子達がいた。

 由紀が言っていたとおり影で笑っていたのだろうか。一気に恥ずかしくなって私は俯いてしまった。


「莉奈から物貰ったからって調子に乗るなよ」


「莉奈が伊藤さんのこと相手にするわけないじゃん」


「うん、分かってる」


「じゃあ、なんでリップ付けてきたの?」


「だって、せっかく水沢さんがくれたから……」


「はあ?」


 水沢さんの友達二人が笑い出す。クラスの他の人たちは遠巻きに様子を窺ってくる。


 ガラッと、乱暴に教室の扉が開かれた。


「伊藤さんに似合うと思ったからあげたの! あんた達には関係ない!」


 水沢さんが教室の皆に聞こえるような声で言うと、友達は私から離れていった。


 まさか私がこんなことに巻き込まれるなんて。

 でも、水沢さんがちょっと格好よかったな。


 放課後は図書委員の仕事をする。

 皆がバラバラに置いていった図書カードを整理してクラス別にまとめる。


 破れた表紙にテープを貼って直す。


「伊藤さんってさ」


「ふえ?」


 いきなり話しかけてきたのは水沢さんだ。いつからいたのだろう。また、驚き過ぎて変な声が出てしまった。


「そんなにちゃんとしなくても誰も見てないのに、よくやるよね」


 もしかして、悪く言われてる?


「嫌でやってるわけじゃないよ」


 水沢さんがポケットから平べったい小箱を取り出した。

 今度はチークだった。リップとお揃いの桜色だ。


「頑張ってる伊藤さんはもう少し目立ったほうがいい」


「もしかして、褒めてくれてるの?」


 期待して、私より少し背の高い水沢さんを見上げると、彼女は目を逸らした。そんな姿も様になる。


「伊藤さんはもっと自分に自信持った方がいいよ」


 それだけ言って、水沢さんは図書室から出て行った。


 それから半年後。


 私は今、校内の人通りが少ない裏庭に呼び出されていた。

 

「俺と付き合ってください!」


「ええと……ごめんなさい」


 私は何回か告白されるようになった。毎日水沢さんから貰ったリップとチークを付けているおかげだ。


 毎日つけていると、次第に由紀も皆も私に悪いことを言わなくなっていった。


「伊藤さん、また告白されたの?」


 なんと裏庭に水沢さんがいる。

 水沢さんが腕を組んで私をじっと見ている。


「またって、二回目だよ」


 またっていう程でもないと思う。水沢さんなんか告白された回数は二桁だろうし。下手すれば三桁にいってるかも。


 水沢さんは何かを考えているようだった。


「伊藤さんってさ……私の事どう思ってるの?」


「ふえ?」


 水沢さんが真っ直ぐに私を見つめてくる。大きな瞳にふっくらした唇。やっぱり美少女だなー。


「凄く可愛いと思ってるよ」


「ば、馬鹿」


「思った事を言っただけなのに」


 なぜか水沢さんは背を向けて走り去っていった。




 三ヶ月後に私たちは付き合うが、それはまた別のお話。


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