#3
無事に加護の除去───と言っても、御札のようなものを持ったラシェルさんが、魔法の詠唱らしきものをひとつ唱えただけで終わった───を終えて、俺達は再びディガッド山脈を下り、ハーヴェスへと戻ってきていた。
遺跡内部で発見したものと、先日聞いたラシェルさんの話を、ギルドに報告するためと、装備などを整えるためにだ。
特に、ラシェルさんが言っていた───
『ユプシロンとシグマも、遺跡のどこかにいるのかもな。そして、イドラの存在を抹消するために動いている君たちを、敵と見做す可能性がある』
この予想が正しければ、他の冒険者達も、その目的が何であっても、彼らに襲われる可能性は十分にある。
それに、どんな存在であるのかの情報が少ないからこそ、名前だけでも知っておかなければ、新たな情報を手に入れることができないだろう……というのが、ルフィナの意見らしい。
確かに、正体不明の謎の存在が彷徨いている、というのと、こういう名前の生物がどこかに潜んでいるかもしれない、というのとでは、調査難易度は格段に違ってくる気がする。
「機械と融合した生物と、魔神と融合した生物、かぁ。アンドロスコーピオンとディアボロみたいな……と言うほど、簡単な存在でもないんだろうねぇ」
結果、久しぶりにジャスティンさんのもとを訪れることになったという訳だ。
……そこそこ重要な情報だと思うんだけど、しかしその口調は変わらずのんびりとしていて、もしかして俺達が緊張し過ぎているだけなのか?という気持ちになってくるな。
それとも、この豪胆(なのか?)さこそが、ギルド長を務めるのに必要な能力ということなんだろうか。
「おそらく、スペリオルを作り出す実験に使われていたのも、人族……ルーンフォークではないかと。そう考えると、ギルド長が挙げた二種族とは、全く異なる外見や性質をしているものだと予測できます」
「ふむ……ともかく、既存の魔物とは、似ても似つかないものだと考えておいたよさそうだねぇ。遺跡の調査にあたってる人たちに情報を共有するよう、伝えておくよ」
「えぇ。よろしくお願いします」
続くルフィナの提言に、ジャスティンさんは頷く。
とりあえず、スペリオルについてはこれくらいだとして……
「それで……イドラ、だっけ。人工神様の方は、どうしたものやら……」
真に問題となる点───あの遺跡を攻略すべき最大の理由。
これについては、正直、まだ情報不足感が否めないところだ。
「少なくとも、本体である魔動機を破壊するつもりではいますけれど……」
「だねぇ。しかし、相手の強大さに対して、情報が足りてない。ミューくんだっけ、彼のように協力的な存在と出会える可能性もあるし、もっと調査をしてみないとだ」
「ですね……すると、イドラの本体を発見するよりも、遺跡の隅々まで調べていくことを優先すべきでしょうか」
「そうなる、かなぁ。今のところ、君たち二人が一番あの遺跡に詳しいと思ってるけど、何か見つけられそうな場所に心当たりは?」
ジャスティンさんにそう尋ねられると、ここまで一人で報告を進めてくれていたルフィナの視線が、初めて俺に向けられた。
……意見を求められている、でいいのかな。まぁ、無言で去るのもなんだし、少しくらい発言しておくか。
「現状、俺達が調査を行えているのは、連絡通路と居住区、と呼ばれている二つの区画だけなんですけど……遺跡の規模からして、他にもまだ区画があるはずなので、そちらを調べてみるのもいいかなぁ、と」
遺跡の中で見かけた文字列の中には、『研究実験区』『中央制御区』というものもあった。既に調査をある程度進めている二つの区画と比べると、情報が多く眠っていそうな響きだ。
そちらの方が、イドラとスペリオルに関する情報を手に入れるのに適している……かもしれない。何の根拠もない、ただの勘ではあるけど。
「なるほど。では、次はそっちを調べてもらう、ということで。他には何かある?」
話に一区切りついて、ジャスティンさんが俺達に問う。
俺の方からは特にない……というか、上手く言語化するのも話をまとめるのも苦手なので、この手の仕事はルフィナに任せっきりにしている。
故に、彼女の返答を待っていたのだが……一向に、言葉が発されない。
不思議に思って顔を見ると……なんというか、視線はジャスティンさんに向けられているけど、ジャスティンさんのことを見てはいないというか……いわゆる、上の空って感じの様子だった。
「……ルフィナ?」
「へ?……あ、あぁ。すみません、調査とは別件で、少し考え事をしていました。報告については、これ以上は特に」
ルフィナにもそういう時があるんだな……いやまぁ、誰だって、いつ如何なる時も完璧に、とはいかないものだけども。
コンビを組んでから初めて見た姿に、少し驚きつつも、俺達はジャスティンさんに一礼した後、ギルドを後にした。
それからまた数日後。休養と装備新調、それから訓練をしながらハーヴェスで過ごした後に、再び遺跡へと戻ってきていた。
「コントロールルームは、っと……お、反応があった」
賦術に続いて、魔動機術に関する知識・技術も学んだ俺は、ついに遺跡内の魔動機の操作を、難なくこなせるようになっていた。
魔動機の遺跡を探索するのに、それが出来ないんじゃ、冒険者としても斥候としてもお話にならないだろう、という問題は、ようやく解決しそうだ。
知識自体はルフィナが持ち合わせていたけど、やっぱり前衛かつ斥候の俺がこなせるようにならないと、陣形的な問題で困ることがあるだろうし。
「レーダーによると、ここから南東の方にあるみたいだ。ちょっと遠いけど、頑張ろうか」
さて、その結果を伝えるために振り返ってみると……またルフィナが、心此処にあらず、といった様子で、明後日の方向を見つめていた。
「……ルフィナ。もしかして、俺の知らないところで何かあった?それとも、風邪でもひいたとか……」
先日のギルドでの件といい、この調子が続いているのは、流石に心配になる。場合によっては、しばらく調査は止めておいたほうがいいかもしれない。
そう思いながら声をかけると、ようやく我に返ったのか、慌てた様子で、
「ご……ごめんなさい。体調は問題ないし、何かトラブルがあった訳でもないの」
素直に謝罪し、頭を下げるその姿は、嘘をついているようには感じられない……けど、じゃあ本当に何もないのかと言えば、そんなことはないんだろう。
そうでなきゃ、今まであんなに頼りがいのあった彼女が、突然こんな風にはならないだろうから。
「……そっか。とりあえず、今回は研究実験区か中央制御区に繋がるゲートを見つけるまでにしておこうか」
しかし、なんだかあまり訊いてほしくない、という雰囲気を感じるので……自分から話してくれるまで様子見、かなぁ。
そもそも、俺に相談すべきかどうか、というところから、一人で悩んでいる可能性だってあるのだ。それを当の俺が教えて欲しいと言ったところで、簡単には頷いてはくれないだろう。
それに、乙女は秘密を抱える生き物だ───ソレイユはそうでもない、とみんな笑ってたけど───と里の皆も言っていた記憶がある。だから、今の俺にできるのは、打ち明けてくれるのを待つことのみだ。
「……ねぇ。ひとつ、お願いをしていいかしら」
導き出した結論に、一人でうんうん頷いていると、ルフィナは返事の代わりに、そんな言葉を発した。
「今後の探索中に、魔神か……蛮族でもいいか。そのどちらかに遭遇したら、少し試してみたいことがあるの。だから、すぐには殺さないで欲しい」
「それは……別に、構わないけど。でも、どうして?」
「……共有できるくらいに話をまとめられるまで、待ってもらえないかしら」
それこそ、断るような理由もないので、俺は小さく首肯した。
した……けど、本当になんだろう。まさか、突然生物実験でもしたくなった訳でもないだろうし。
「ありがとう。……それじゃ、行きましょう。他の区画に進んで、もっとスペリオルとイドラに関する情報を集めなくちゃ」
「あ、あぁ……無茶はしないでな?」
なんだかやる気になった彼女を、ますます疑問に思いつつも先導する。
その途中で、通路に並ぶ機械を見やっているうちに、ふと、突拍子もない考えが頭に浮かぶ。
人の魂を、機械に移すことは、可能だったんだろうか、と。
ラシェルさんが実現した、と言っていた通り、ルーンフォークからも魂を移せるのなら、決して不可能ではない……気がするけど。
「……イドラは、本当に架空の存在、なのかな」
その答えは、まだ分からない。
正しいのか、間違っているのか。この遺跡の中で、判明するのかも。
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