こころの薄氷

第19話 お嬢様の家出

 日が昇る前の早朝、新しくなった空調神具のおかげで快適なシャクティの城にて。


 戦闘の疲れもあり早めに眠っていたヴィッシュは、ふと寝苦しさを感じて目を覚ました。


「むぅ、何だシィタか……。って、シィタだと!?」


 不思議に感じた彼が膨らんだかけ布をめくれば、そこにはウィンダリアで別れたはずの幼馴染が、安らかな寝息を立てて眠っていた。


 余りに自然に居たので一度かけ布をかけ直した後、驚いてもう一度かけ布をめくったヴィッシュ。

 すると、叫び声とうっすらとした明かりに目を覚ました寝ぼけ眼のシィタが、桃色の目にかかった空色の髪を払いつつ身を起こして甘やかな声で問いかけてくる。


「んふぁ、なんですのぉ。うるさいですわぁ、ヴィッシュお兄さまぁ」


 思いもよらない状況に一気に覚醒したヴィッシュは風属性特有の知覚能力で、シィタの黄色い下着が彩る雪のように白い肌を目に焼き付けた。


「聞きたいのは、こちらだぞ! なぜシャクティ領に居る? 服はどうした!?」


 他にも色々と聞きたいことのあるヴィッシュだったが、うっすらとした朝日に照らされる目に毒な幼馴染の姿から、鋼の意志で目を逸らしつつ特に重要なことを尋ねる。


「むぅ、寝起きに、いろいろと聞かないでくださいまし。私、家出をいたしましたの」


「家出だと? 何があったというのだ。とりあえず、これを巻いておくといい」


 ヴィッシュは寝ぼけている幼馴染に後から折檻されてはたまらないので、かけ布を差し出すと人心地つき、動きづらい体に苦労しながらベッドの上で胡座をかいた。


「ありがとぅ、ヴィッシュお兄さまぁ。パパから、また次の婚約だなんて言われましたの。早すぎますわ。まだ前の婚約を破棄してから、一日も経っておりませんのよ?」 


「ふむ、それは、たしかに早急に過ぎるな」


 しかし、かけ布を巻いたシィタがぴったりと寄り添って甘えてくるので、甘い香りがしたり、柔らかかったり、その他諸々で、本人曰く感覚能力の鋭いヴィッシュの気が休まる事は無い。


「様子を見に来てくださったアイリに、無理を言って着の身着のまま家出をしましたの」


「流石は父上、連絡のため、即断でアイリを派遣していたのか。それで……。そんな格好で、俺のベッドに入っていた理由は?」


 自らの専属奉仕階級シュードラの独断行為を聞かなかったことにしたヴィッシュ。彼は昇りつつある朝日を眺めることで冷静さを装いつつ、最も重要なことを再度、幼馴染に問いかける。


 ヴィッシュの肩に手をかけて胡座の上に這い上がったシィタは、ひんやりした手で首にペタペタと触れながら答えた。


「どうしても眠れなくてアイリに相談したら、昔みたいにヴィッシュお兄様と一緒に眠るのを勧められましたの。流石の彼女でも氷属性用の寝間着は、早々用意できなくて……。嫌、でしたか?」


「う、うむ、嫌、とは、言わないが、眠っている相手に、これは無いだろう。せめて、一言、言って、欲しかった……!」


「だって、だって、恥ずかしいですわ!」


 動きづらさに苦しむヴィッシュは、透明度の高い氷のイバラで全身を拘束されていた。


 いやんいやんと恥ずかしがるシィタは寝ぼけて甘えながら、彼女曰く昔みたいに彼の全身を氷のイバラで締めあげていたのだ!


 そんな彼らがいちゃついている部屋のドアが、突然に開いた。


「ヴィッシュ~! あんたが寝た後にシィタちゃんが来たわよ~。って、ええ!?」


「ルドラか、どうした? 入り口で固まって」


 入り口で立ち尽くすルドラの目に飛び込んできたのは。


 まず、昨夜シィタの着ていた青いドレス。


 ドレスはベッド横にあるサイドテーブルに脱ぎ捨てられており、申し訳程度にかけ布を巻いたシィタが何も着ていないのでは無いか、という疑念をルドラに抱かせた。


 更に、目を潤ませてヴィッシュにのし掛かるシィタの姿。


 ヴィッシュにのし掛かるシィタは白魚のような指で褐色の首をなで回しており、妖しげな雰囲気をルドラに感じさせる。


 ルドラの思考が戦闘時のように高速回転し、様々な想定を導き出す!


「な、な、なぁ!?」


「どうしたというのだ? ルドラ」


「あんた達! お互いに婚約者を持ちながら、そーゆー関係なの!?」


「このくらい。普通ですわ。ね、ねぇ? ヴィッシュぉにコホン」


「少々、過激ではあるがな」


「普通ぅ!? 少々ぅ!? 過激ぃ!?」


 クワッと青い目を見開いたルドラの勘ぐりに、余りよくわかっていないヴィッシュと人前で猫かぶりをするのに忙しいシィタは、氷属性的には良くある親愛表現ぼうりょくだと当たり前な調子で返事をした。


 ヴィッシュを締め上げる透明度の高い氷のイバラが見えていないルドラは、二人の関係を勘違いして発言を拾っては叫び真っ赤になっていく。


「あら、ルドラ様も二人の微笑ましい関係が気になるのですか? アイリの観察日誌、ご覧になります?」


「微笑ましぃかんけぇ!? かんさつ!? か、きけけけここ! 結構よぉぉおおおお!!!」


 タイミングを計っていたかのように現れたサイドテールのメイド、アイリがとろける様な笑顔で冊子を差し出す。


 彼女の差し出したハートの書かれた分厚い冊子とベッドの上の二人を見比べたルドラは、冊子を押し出すように突き返すと、真っ赤になって逃げ出した。


「ルドラ様は、朝からどうなさったのでしょうか?」


「わからん。ドアを開けた途端、赤面しだしたからな。熱があるのかもしれん」


「というか、アイリは私たちの観察日誌なんて付けていらっしゃるの?」


「はい! ご主人様の周囲を見守るのも、奉仕階級シュードラの勤めです!」


 まさかルドラが関係を勘違いしているとは夢にも思わず、のほほんと朝の会話を楽しんでいる二人と、喜ばしそうなメイド。


 後にルドラの様子がおかしい事に気がついた二人は、勘違いを聞き出して正すのに大変な努力を要するのであった。


 確信犯なメイドだけが、観察日記のネタが増えてニコニコと笑っている。


 ――あとがき――

 今回の章ではヴィッシュの幼馴染である氷属性のお嬢様シィタが大活躍しました。


 愛するが故に殴る蹴るの暴行を加えてしまう氷属性なお嬢様を楽しんで貰えましたでしょうか?

 

 もし良ければ、下のリンクから星での評価をしてもらえると嬉しいです。

https://kakuyomu.jp/works/16818093074177482491/reviews


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