氷属性なお嬢様

第15話 愛するが故に殴る蹴る

 いくつもの風車の見下ろす石畳の小道で、先を行こうとしたヴィッシュの前を青いドレスを着た少女、シィタが通せんぼしている。


「クロエお姉様の婚約者が……退学、だなんて、ありえませんわよね?」


 桃色の目を細めて意地悪そうに笑う彼女は、肩まである水色の髪をかき上げると耳に手を当て、挑発的に問いかけてきた。


「シィタ、心配は無用だ。以前に失礼なことをしてしまったこの女性、ルドラが急に領主になったので、罪滅ぼしに手伝っている所でな。学校からは授業扱いにされている」


「し、心配なんてしていませんわ! そんなことより、女性に失礼なことをですって!?」


 ヴィッシュの返事に余裕の表情を崩したシィタは、聞き捨てならない単語を聞き返した。


「うむ。ルドラは階級外アウトカースト出身でな。その出身で毛嫌いした俺は彼女に色々と嫌がらせをしたのだ」


「色々だなんて省略しないでよね! 人がうたた寝している隙に変な張り紙を貼ってみたり、風の神術で髪をボサボサにしてみたりと本当に恥ずかしかったんだから! それに――後は――」


 被害者ルドラから明かされる悪戯小僧ヴィッシュの悪行の数々に、シィタの頬が引きつり桃色の目が段々と険しくなっていく。


「どうやら馬鹿ヴィッシュへのっ、し・つ・け! が足りなかったみたいですわっ」


「おい、止めろ、ここは街中だぞ!?」


「問答無用ですわ!」


「っぐ! やめっ!」


 プルプルと震えて顔を赤くしたシィタが一瞬で両手両足に氷を纏うと、反射的に風を纏って守りを固めたヴィッシュへ殴る蹴るの暴行を加え始める。


 攻撃の余波で石造りの壁は崩れ、石畳が割れていく。


 連続する鈍い音にちょっと心配になったルドラは、隣で微笑ましそうに暴行現場を眺めているメイドに尋ねた。


「ねぇ。愛しのご主人様がボコボコにされてるけど、良いの?」


「あっ、初めて見る方はビックリしますよね! 私も初めて見たときは決死で止めたのですが、氷属性の方にとって暴力は、なんと! 親愛表現なんです!!!」


「暴力が親愛表現んん!? あの頑丈なヴィッシュが普通に痛がってるけど、どうして暴力が親愛表現になるのよ!?」


 メイドの言い草に驚愕したルドラは、青い目をこすって暴行現場を見つめる。


 しかし、どう見てもそこで起きているのは彼女の言うような生やさしいモノでは無く、全力で肉体を打つ暴力だったのだが――


「おい、シィタ! 新しい婚約者はどうした! 婚約者に悪いと思わないのか!?」


「あんなひ弱なカスは、もう知りませんわ! 信じられます? 初日に音を上げましたの!」


「また今回はひどいな。氷属性を知らなかったのだろうか。これで何人目だ?」


「これで十人目ですっ! それもっこれもっ世間に出回っている『お嬢様は氷属性』とかいう小説のっせいですわ! それに! これはお馬鹿な幼馴染をしつけているだけですから、ノーカンですの♪」


 慣れてきたヴィッシュは叫び混じりの雑談をしながら、楽しげなシィタの繰り出す氷の拳撃と氷の蹴りを受けている。

 痴話喧嘩じみたそれを見たルドラは、心配をしていたのが馬鹿らしくなってきた。


 突然発生した町並みを破壊しながらの氷属性コミュニケーションに、彼女の後ろで控えていたアリサはプルプルと震えて縋り付いている。


 ちなみに『お嬢様は氷属性』は氷属性の親愛表現ぼうりょくを照れ隠しと解釈し、世の氷属性の者達を困らせている問題作である。



「クロエお姉様達の時間を取り過ぎるのも悪いですから、今日の所は次で【しつけ】は終わりにしますわ!」


「ようやくか。次がない方がありがたいから、今度の婚約者はマシだといいな」


「……少し本気を出します」


「何故だ!?」


 しばらくヴィッシュをサンドバックにして正気に戻ったシィタは、カチンとくる言い方に百面相をした後、処刑宣言をしつつ氷の足場を足裏から伸ばすことで飛び上がった。


 空中で体を捻り遠心力を付けた少女は、つま先から太股までに氷の円錐を展開すると、驚き戸惑う少年めがけて神力での加速込みのキックを仕掛ける。


 しかし、氷でガードしているとはいえ風属性特有の知覚能力で見上げているヴィッシュの目の前で、スカートを全開にするのは失策だ。


 普段は完璧にシィタの下半身をガードしているドレスだが、真下に居る存在に対しては無力であり、結果として普段は隠されている白い太股とその奥にある溌剌とした黄を透明度の高い氷円錐越しに惜しげも無く晒してしまう。


 少年の目に少女の黄が瞬いた。


 次の瞬間、黄の瞬きに防御を忘れていたヴィッシュの腹へ氷の円錐が直撃し、無防備な体を地面にめり込ませる。


「ヴィッシュ! 大丈夫!? ヴィッシュが受け損ねるなんて不調だったのかしら、気がつかなくて、ごめんなさい」


「……溌剌とした黄であった」


「なっ! どこを見ているの馬鹿ヴィッシュ! 心配して損しましたわ!」


 思わぬヴィッシュの惨状にオロオロと謝っていたシィタは、地面にめり込んだ変態の返事に顔を真っ赤にしてプンスコと怒りだし、肩を怒らせながら去って行った。


「帰ってきていたのかヴィッシュ。ラクシュミー家のお嬢様を相手にするのは大変そうだ。お疲れさんだゼ」


「ツークか。シィタの相手は慣れっこだから問題ない。だが、騒がせて悪かったな。それに街の修繕感謝する」


「なぁに。媒体が破壊されてなければ見習いのオレでも軽いゼ」


 シィタが帰るのを待っていたように現れた小柄で燃えるような赤毛の人物は、指を鳴らすと折檻に巻き込まれて破壊された街の惨状を逆再生させる様に修復し、鉄色の目を細めてニヤリと笑い自己紹介した。


「お嬢様方は初めましてだな。オレはツーク=ワカルマ。生産階級ヴァイシャ見習いのツークだ。ごひいきに頼むゼ」

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