魔の森より来たるモノ

第6話 相性最悪で最高の二人

 クロエに導かれてドーム型の屋根が目立つ城から出てきた一行。


 彼らの前に広がるのは伸び放題な木により侵食された城下町の残骸だ。外壁や家屋はほとんど崩壊している。


「酷いことになってる……」


「仕方あるまい。時の流れとは残酷なものだ。……居るな」


 口もとに手を当てて絶句するルドラをヴィッシュが周囲を警戒しながら宥める。

 そして一点に視線を固定したと思えば、彼の視線の先に巨大な存在が現れた。


「アレはボーンペインボア。私達の神力に釣られてきた」


「大きい……!」


 現れた存在はかろうじて形の残っている家屋と同等の高さで、全身を白いモノで覆い隠したイノシシだ。

 全身から血を流しながら地面を蹴り、ヴィッシュ達に突進しようとしている。


「手負いなのかな? 誰にやられたんだろ」


「違う。ボーンペインボアは神力で無秩序に発達した骨が体表に突き出し、鎧のようになっている魔物。常に手負いで痛みに怒ってる」


「なにそれ!? っ来る!」


 巨大な骨付きイノシシは狂ったような叫び声を上げながら、家屋の残骸を破壊しつつヴィッシュ達に突っ込んでくる。


「『受け流せ』今は説明中。あっちにいってて」


「流石はクロエだ」


 しかし、説明の邪魔をされた無表情のクロエが邪魔そうに手を振るうと、イノシシは神術で現れた黒い剣に進行方向を逸らされ、そのまま全てを破壊しながら廃墟へ突っ込んでいった。


「二人も血統兵装を使えば、あの程度の魔物は大丈夫。頑張って」


「やってみるわ」


「腕が鳴るな」


 クロエに促されたルドラとヴィッシュの二人は、ノソノソと廃墟の残骸から戻ってきたボーンペインボアと相対する。


血統兵装ガルーダ! む?」


血統兵装トリシェーラ! あれ!?」


 言われたとおりに血統兵装で対応しようとした二人だったが、全力で使ったつもりの血統兵装は思わぬ形で現れた。


 ヴィッシュのガルーダは練習時の小鳥のような姿で主の肩に留まり、クチバシから吐息のような風を吹く。

 ルドラのトリシェーラは食事に使うフォークのような大きさで現れ、尖った三叉からシュボッと種火にしかならない火を噴いた。


 「「何で」だ!?」


 二人は顔を見合わせて同時に叫ぶ。


「むぅ……」


「どうなさいますか。クロエ様」

「しっぱい~?」


「もう少し様子を見る」


「かしこまりました」

「かしこまり~」


 その様子を見ていたクロエは隣のメリィに助け船を出すか聞かれるが、観察の続行を決定した。

 主の答えを受けて、収納の神術で神々しい剣を抜こうとしていたチュリは剣の柄を収納空間へ押し込みなおす。メリィは少したくし上げていたスカートを元に戻し、白く眩しい太股を隠した。


「合わせろルドラ! 風よ、風よ、風の二重吹き荒べ 『風衝』」


「あたしに指図しないでよね! 火よ、風よ、火風の相乗焼き払え『炎波』!」


 素早く立て直したヴィッシュの放つ暴風の神術に、文句を言いつつもしっかりと合わせたルドラの放つ熱風の相乗神術が合流し、燃えさかる業火がイノシシを襲う。


 二人の戦士階級クシャトリヤが協力して放つ複合神術はかつての城下町を火の海に変え、さらに火災旋風を引き起こして大規模火災を発生させた!


 火炎地獄の中から大きな影が進み出てくる。


 炎の中から飛び出してきたのは、炎上しつつも狂乱の叫びを上げるボーンペインボアだ!


「大して効いて無いじゃない!」


「っく! 頑丈だな!」


「なるほど。大体わかった。『なぎ払え』」


 炎上しながらデタラメに突撃を敢行してくる敵は、クロエの地を裂く神術により発生した地割れで盛大にすっ転んだ。


「『影歩法』えい」


「えっ」


 そして唐突にクロエは影から影を移動する神術で二人の間に現れ、ルドラのスカートを盛大にめくると同時に消える。


 結果として残されたのはふわりとまくれ上がったルドラの白いスカート。


 クロエが急に現れたのを風属性特有の知覚能力で認識していたヴィッシュは、婚約者が成した凶行の後もバッチリ見ていた。


 暴かれた白い太股の奥に隠されていた少女の深遠なる青に、少年の目が釘付けとなる。


「深遠なる青であった」


「変態! こんな時に何見てるの!?」


 ヴィッシュの胸に神力以外の彼曰く紳士の心がグツグツと煮えたぎる!


 すると、彼の肩にいた風の小鳥が飛び立ち、巨大化して天を覆う威容を見せつけた。


 そして恥辱と怒りで顔を真っ赤にしたルドラもフォークから巨大化した三叉矛を両手持ちにして敵に突きつける。ヴィッシュとどちらに向けるか迷ったようだが、後に回すことにしたらしい。


「やれる! 血統兵装ガルーダ!」


「ふざけんな! 血統兵装トリシェーラ!」


 その様子を見て赤いフレームの伊達メガネをクイッと持ち上げた女教師クロエは一言。


「計画通り」


「ほんとに~?」


 二人の放つ大技に飲まれたペインアーマーボアは抉り取る旋風で頑丈な骨鎧ごと掘削されつつ、三叉から伸びる三条の光線でウェルダンに焼かれ、その痛みに満ちた生命を散らした。


 周囲に肉の焼ける香ばしい香りが漂う。


 すると、焼け残った森からぼろ切れを着た人々がぞろぞろと現れ、焼きたてのイノシシに纏わり付いた。


 流民だろうか?


 彼、彼女らの薄汚れた金髪から覗く耳は長く伸びており、普通の人間ではない。


「こんな浅い森で不可触民ダリットだと!?」


「……違う。ヴィッシュ君、彼らの頭をよく見て」


 目を見開き驚愕したヴィッシュの言葉をクロエが珍しく苦い表情で訂正する。


「なんということだ……」

「古代イド人の罪、魂を汚すモノ。パペットマッシュルーム。……多分手遅れ」


 耳の長い彼らの頭頂部には見事な純白のキノコが生えていた。

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