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駅への応援コメント
なるほど。
いわゆる臨死体験のひとときを描いたストーリーですね。「浮遊している魂のための観光列車」、なんと優しい響きでしょうか。そんな心温まるものが存在するのなら――と、つい思いを馳せたくなります。終盤、深夜の雪景色のモノクロームから春景色へと切り替わっていくところなど、書き方としてはもっと多色な画面になるよう言葉を並べる手法もあるのでしょうが、「桜」と「祭り」の単語が出た辺りでスッと語りを終わらせる、これはこれで、つぼみがほころんだ瞬間をいちばん輝けるショットに仕上げたような効果があって、とてもいいです。昏睡の中での束の間の夢、というイメージにも合いますし。
タイトルがまた、読後に改めて訴えてくるような響きがありますね。
ところでこれは指摘と言うよりは確認なんですが、ランドセルの「そりすべり」、この場面はランドセルの上に腰を下ろしてソリにしているという理解でいいんでしょうかね? 足を輪っかにくぐらせるのはランドセルから体が離れないようにする、つまりはあぶみ代わりということで? で、靴底も雪面に着けている姿勢なんですよね? おそらくは左右バランサーと舵取りの代わりに?
ソリという以上はしゃがんで載っかってるんだろうなと思いましたが、立ったままの姿勢で足の間にスノーボード代わりにランドセルを置く、という滑り方もできるんだろうか、などと想像してしまいました。ちなに私は親の転勤で小学校の三年間、雪国にいたことがありますが、最後までミニスキーすら会得できませんでした 笑。今でもウィンタースポーツには全く意欲が湧きません……。
作者からの返信
お読みいただきありがとうございます。
ランドセルの件、朝、会社の駐車場で書き直しました。
よくよく思い出すと腕を通す部分に足を通してはいなかった気がします。理想としてはそうしたかったけれど、実際には足は通らなかったような、、
何しろン十年前の記憶なので(笑) 曖昧です。
この小学校では冬の間の体育の授業はほとんど裏山でスキーでした。
冬になると成長著しい子供たちにスキー板を新調しなければならない親は大変だっただろうな、と思います。
編集済
駅への応援コメント
>そしてあの駅は―
>この町に初めて鉄道が開通した日、父と並んで旗を振った場所だった。
ここ、多分改行ミスかと。
一文字下げがなく、「──」が一文字だけです。
ううむ。実体験かはわかりませんが、雪国の過去話が生き生きとしていて読ませますねー。ランドセルの話なんか、フィクションではないかと思えるほどですが、子供は案外やってそうw
オチも一捻りありますが、仮に本当に旅立ってしまう話でも、満足できたと思います。素晴らしい。絶賛します。
作者からの返信
お読み頂きありがとうございます。
教えていただいた部分、まだ締め切り前だったので慌てて直しました。
実は、ダッシュは偶数で使うというルールを知りませんでした。
感謝、感謝です。
ランドセルの件は、その通り実話ですwww
ほぼ毎日、そうやって帰ってました。
今の子はやってないでしょうね、きっと。
どこかから指導が入りそうですよね。
駅への応援コメント
初めまして。ちびゴリさんのフォローからこちらにお邪魔しました。
いやな思いでしかないと思っていたのに、本当は忘れていただけだった。
迷える魂の観光列車で見たことは楽しいことがあったことを思い出させてくれた。
私も還暦を過ぎつらいことの方が多かったのですが、いいことは忘れていただけと思えました。
ほかの作品も読ませていただきます。大切なことを思い出させていただいてありがとうございました。
作者からの返信
コメント、ありがとうございます。
瞳さんの自己紹介読みました。もしかしたら同年代かもしれないですね。
私もこの年になってから書き始めました。
この話は「色」のお題で何か、と考えている内に生まれ故郷の重くて暗い冬の空を思い出してしまったので、そのまま書いてみました。
書くことで、自分の中に埋まっているいろんなものを引っ張り出してしまうのかも、と少し怖くもなったのですが、何が出てくるか楽しみでもあったりします(笑)
瞳さんの書かれるお話にもちょっとそんな怖さと楽しみを感じました。
また、読みにお伺いしますね。
ありがとうございました(^^)